今日はこの秋一番の冷え込みだったんじゃなかろうか。

そろそろ通学に手袋が要るなと痛感。

学際も終わり、冬休みまで何も無い日常かと思うと少し気が滅入るしみたんです。

 

 

 

突然だが、ウチの住所には豊島という地名が入り、豊島の字の入る小学校が玄関から見えるところにあり、歩いていけるところに豊島の字が入る郵便局があったりする。

 

なんの話かというと、最近小学生や中学生のいじめによる自殺のニュースをよく耳にする。

つい最近も文部大臣宛に自殺予告の手紙が送られたとか。

 

消印に「豊」の文字が刻印されてたそうで、「豊」の字のつく郵便局付近の学校を中心に色々大変だとか。

 

 

不快に思う方もいらっしゃるかもですが、自分は大前提としていじめるほうがもちろん悪い、しかしいじめられるほうにも多少なりとも問題はあると思っている側の人間です。幾つになってもごく少数ではあるが変な人っていうのは必ず居るもので、例えば挨拶しても返事しない人間だったり。

 

分別のある年齢になれば近づかない、相手にしなければいいだけと思えるのですが、これがやって良いこと悪いことの把握力の乏しい小学生だったりしたら。。。

常識的に考えて普通の人がイジメを受けることになることは少ないと思う。

 

ま、これは人それぞれ捉え方は違うのでこの辺にして、今回書こうとしていることは報道の仕方に問題があるんじゃないかなということ。

 

 

いじめを苦に自殺したというニュースは大概感傷的・同情的に報道され、真っ先に加害者への非難になる。

もちろん加害者は一生自分のやってきたことを反省していかねばならないと思う。

自殺した人は他人には推し量ることの出来ない苦悩があってのことなのだろう。

 

しかしこれを可哀想に、同情的に報道してしまうと、今現在いじめを受けて苦しんでいる人がそのニュースを見ると

「あ、自分も死ねばやっと可哀想にって振り向いてくれるのか、今までいじめてた奴らが非難されるのか」

と思い、いわゆる模倣犯的行動に出てしまうんじゃないだろうか。

現に最近小中学生の自殺が急増している。

 

死者に鞭を打つわけではないが、世間が自殺する奴は大馬鹿なんだというスタンスでいなければまだまだこの手のニュースは続きそうな気がする。

 

なにがあっても自殺はあかんよ。自殺は。

 

誰にも相談できずに死を選ぶしか道は無かったんだろうか。合掌。