昨年は最優秀賞を受賞させていただいた、福祉作品コンテスト。

今年は「佳作」でした。



福祉」現実の中で正直感じたこと~私を成長させてくれた娘たちへ~

「福祉は聖業。福祉に携わる仕事がしたいと」、私は大学卒業後に、知的障がい関係の施設に就職しました。しかし、現実の福祉現場は、私が想像していたものとは違いました。施設内では毎日のように、お金や家族間、性や就職先などの様々な問題が起き、想像していた福祉施設での仕事とは大きくかけ離れていました。目の前で起こる現実の出来事に、新社会人として厳しさを思いしらされました。しかしながら、利用者さんの日々の生活の中で、「就職できたよ」「今度、施設から出て、グループホームで生活できるよ」「スポーツ大会で優勝したよ」などの、喜ぶ顔を見ると「福祉に携われて本当に良かった」と、やりがいを感じ「福祉に携われて本当に良かった!」と、思えていました。

また、先輩職員や同僚職員からの触発もあり、福祉施設職員としての専門性を高めていこうと、福祉関係の書籍や各種研修会に参加し、制度や障がいに関する勉強もしていきました。文章の中で「障害」の「害」の字を、ひらがなで書くことにもこだわったりしていました。

二〇〇九年夏。長女に聴覚障がいがあり、耳が聴こえていないことが判りました。その一年後、次女にも同様の聴覚障がいと診断され、長女と同世に耳が聴こえていないことが判りました。私自身が、障がいのある子を持つ親になりました。

テレビなどで、「障がいを持つ子の親になって良かった。我が子に『ありがとう』と言いたい。」と、親御さんたちが言われている場面を観ることがあります。私も当事者になる前は、このような言葉を聞いて、心打たれて感動・感心していました。しかし、当事者になった私がまず感じたことは、「なぜ、我が子の耳が聴こえないんだろう。」と、思うばかりで正直、子どもに対して、「ありがとう」なんていう気持ちには、とてもなれませんでした。

障がいがあったがゆえの、悩みにも直面しました。子どもとのコミュニケーションの取り方、療育先の選択、補装具費支給制度ではまかないきれない高額な補聴器を購入するかどうかということ、悩み悩んだすえ人工内耳手術の決断したこと…等々。これから先も、難聴学級のある学校に進学するか、それとも聾学校に進学するか、はたまた思いきって地元の小学校に入れてもらうか…等々。その先は、就職のこと、結婚のことでも悩むことでしょう。私がこれまで、福祉の専門性を高めるために勉強してきたことは、当事者となった今、現実にぶつかる悩みを解決することには、ほとんど役に立ちませんでした。

長女の難聴が判り3年、そして次女の難聴が判り2年が経ちました。長女は間もなく5歳になり、次女は3歳になります。子どもとの現実生活は、悪戦苦闘の連続です。しかしながら、少しずつ成長していく娘たちの姿は、親としては最高の喜びです。

聴こえない娘たちを育てていく中で、私たち夫婦はたくさんの幸せに気が付きました。その幸せは娘たちが、「おしゃべりできるようになった」とか「指文字や手話ができるようになった」とか「自分で、人工内耳や補聴器を着けれるようになった」などというものではありません。その幸せは、目には見えない、耳にも聴こえない、お金や宝石などの財産でもないものでした。そして、そのことに気づけたことが幸福だと実感しています。

鎌倉時代の先哲は、「蔵の財よりも身の財すぐれたり・身の財より心の財第一なり」と、言われています。私たち家族は娘のハンディキャップのおかげで、「心の財」を手に入れました。これからも「心の財」を大切に、使命の道を歩んでいこうと思います。

のんちゃん、ようちゃん、ありがとう。