先日の党首討論。

野田首相が解散の近いうちを明示する条件として、衆議院の定数削減を自民党に確約させることをあげてきました。「確約すれば、近いうちを提示する」と。

結局、自民党がそれを飲んで、16日という日付がこの党首討論で明示され、今日の解散となりました。

あの党首討論を見ていて、思い出したことがあります。


今年の、1月だったと思います。

長女のぞんさんは、この4月から、幼稚園「年少」の学年になるので、ろう学校から幼稚部に入るように勧められていました。勧められていたというより、「当然、来るんでしょ」みたいに半ば「それが当たり前」的なことをろう学校から言われていました。

私は声援隊の皆さんと勉強していく中で、ろう学校の指導方針に疑問を感じている部分がありました。

また、人工内耳手術に対する意見の相違があることも感じていましたので、不信感があったと言ってもいいかもしれません。

しかし、1月になり「のぞんさんを、4月からどうするのか?」と、言うのは我が家の大きな課題でした。

選択肢としては

①ろう学校幼稚部に行く

②普通幼稚園へ行く

③家で見る

の、3つです。ただ、うちの場合、次女ようかはんの人工内耳手術が4月に控えていましたので、とりあえず4月は保育園継続というものでした。

さて、どうするのか?

夫婦で何度も話しあい、ようかはんの術後が落ち着いたら、「ろう学校の幼稚部へ」という事に決めました。

だけど、幼稚部入園にあたっては、ひとつ条件をつけようと決めました。

それは、幼稚部で手話と使わない支援をしてもらう事でした。

音への反応も健著で、しっかり聴覚活用し、言葉を伸ばそうと思っていたからです。

そして1月、夫婦でろう学校にいきました。

担当の先生に、「ろう学校幼稚部の入園にあたって、のぞんさんには手話はしない教育してほしい・・・」

と、こちらの希望をお願いしました。

結果は「ノー」。

しかも即答でした。「もう少し、学校の中で話しあいをもったりして決めてもよさそうなもんじゃないか」と、思いましたが・・・

「お父さん、幼稚部に来ないと、教育相談をいうことになるので、ろう学校に来れる日も少なくなっちゃうよ。教育相談だと、当初の予定もキャンセルされることも結構あるし・・・」とも、言われていました。当初の予定の変更はろう学校の都合であります。いちいち、そんなこと宣言する必要はありません。

私もその答えを受けて、その場で即答しました。

「じゃ、幼稚部には行きません」と。

相当、ろう学校では浮いていた親だと思います。

私は今でも疑問に思います。なぜ、幼稚部進学にあたり保護者の希望を、1人の教員の考えで返答できるのか?と。たとえ「出来ない」という答えであったとしても、話しがあってもよさそうなものです。

結局、岡山に転勤になってしまいました。

幼稚部への選択。その選択が○だったのか、×だったのか?


党首討論をみて、私が思い出した事でした。