朝、夜は随分寒くなってきましたね。
今週は残業が続き、子どもと夕飯を食べることができなさそうです。
さて、岡山市障害者週間福祉コンテストで最優秀賞に選考された、私の作文をアップします。
聴こえなくても…
私は妻と、五歳、三歳、一歳の子どもたちとの五人家族です。
三人の子どもを育てるということは、本当に大変ですが。妻と協力をしながら。毎日が楽しく充実した日々です。この三人の子どものうち、下の二人の子どもには、聴覚障がいがあり、生まれた時から耳が聴こえていません。それは二〇一〇年の夏の出来事でした。長女は一歳半検診の時に、先天性聴覚障がいであることが判りました。そして、長女の難聴発覚後に産まれた次女も、生後八カ月の時に、長女と同じく耳が聴こえていないことが判りました。 現在、聴覚障がいのある二人の子どもは、片耳に補聴器を装着し、もう片方の耳には人工内耳を装着して生活しています。
長女は昨年七月に、次女は今年四月に、それぞれ人工内耳のインプラント手術をおこないました。その後、難聴児通園施設で聴覚活用の療育をしていただく中で、徐々にではありますが、音や言葉への反応が出てきました。また、長女は言葉らしきものも、少しずつ出てきました。
しかしながら、同じ年代の子どもさんたちに比べると、話せる言葉の数も少なく、親子といえども上手くコミュニケーションが取れないこともしょっちゅうです。身振り手振りも取り入れながら、悪戦苦闘の毎日が続いています。
親として、最初の長女の耳が聴こえていないと判った時、さすがに言葉を失いました。しかし、もともと知的障がい児施設で、ハンディキャップを持った方々の中で働いていた経験のあった私たち夫婦は、「絶対に使命のある子。夫婦協力して、しっかり育てていこう!」と、すぐに心を入れ替えることができました。しかしながら、二人目の子どもさえまでもが、耳が聴こえていないと判った時は「腰が抜けるほどのショックとは、まさにこんなことなんだろう」と、思えるほどの大きな衝撃だったことを覚えています。 医師からは、「今の医学では、先天性の聴覚障がいを聴こえるようにすることはできません。」と、告げられていましたが、「世界中のどこかに、先天性聴覚障がいを治すことができる魔法の薬があるかもしれない。」と、毎日毎日、インターネットで検索していたことを、昨日のことのように思い出します。
「どうして、我が家ばかりこんなに試練が起こるんだ!」と、運命の不条理のようなものさえ感じました。
悶々とした日々が続いていたある日、著名な哲人の言葉に出会いました。その言葉は、「桜梅桃李。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李には李。花にもそれぞれ個性がある。人もまた同じである。さまざまな個性の人が自分らしく花を咲かせ、しかも互いに尊重し、調和を保っていくのが人間協和の社会であり、平和の要諦といえよう」と、いうものでした。この哲人の言葉に「ハッ」と、あることにきがつきました。「いくら頑張っても桃の花は桜の花にはなれない。また、桜の花になる必要もない。桃は桃でいい。李は李のままでいい。聴こえないことも、子どもの個性として受入れ、前を向いて歩きだそう」と、思えるようになりました。またそれと同時に、それまで「聴こえないこと」が、不幸であると思っていた私は、「聴こえないこと、この事じたいが不幸なわけではない。不幸なのは聴こえないという現実から逃げ、そのことに負けてしまう生き方なんだ」と、いうことでした。耳が聴こえていても、不幸な人生を送る人はたくさんいます。人間の幸、不幸には、耳が聴こえることなんて関係ありません。そして、聴こえなくとも親子ともども成長し、社会にお役にたてる生き方ができるよう、幸せな人生を送っていこうと思っています。
「桜梅桃李」子どもの障がいを、個性ととらえられるようになり、前向きに生きていけるようになりました。しかしながら、これから先も、小学校入学のこと、中学校入学のこと、そして就職のこと、結婚のこと…。まだまだ心配なことが無くなったわけではありません。
三重苦で有名なヘレンケラーは、「人生で一番楽しいことは」との問いに、「それは苦難を乗り越えていくことです」と、答えています。私たちも、そしてなにより我が子たちも、どんなことがあろうとも、子どもたちが自分のハンディキャップに負けない、人生の勝利者になってもらいたいと思います。