柔と耕作(松田)の新婚日記 13日目(午後編第2部)

            文書量(文字数)が膨大な為、一日を分割で表記しています。





      駐車場に着いた2人は車に乗り込むと高校へ向かった。

      柔「これにしたのね。」

      耕作「2人しか乗らないし、小さい車でも良いかと思ったんだ。」

      柔「うふふ。」

      耕作「どうしたの?急に。」

      柔「いえ、この車だと2人の距離も近いな~って思ったの。」

      耕作「あ~、そう言う意味で笑ったんだ。」

      柔「うん、そうだよ~。」

      柔「だって、あなたとの距離は出来るだけ近い方が良いんだもん。」

      耕作「だから、どこでも俺に寄り添う様に座ってたんだ。」

      柔「うふ、そうなのよ~。」

      耕作「そろそろ着くよ。」

      柔「さて、気を引き締めなくちゃ。」

      耕作「相変わらずの切り替えの早さだ。」

      柔「だって、柔道する時にへらへらしてたら示しが付かないじゃない?」

      耕作「それもそうだ。」

      耕作が車を学校の駐車場に停めると2人は車から降りて柔道場へ向かった。


      柔道場に着くと三浦と佐藤が待っていた。

      耕作「待たせたな~。」

      柔「こんにちは~、今日もよろしくお願いします。」

      三浦「こんにちは、こちらこそ、よろしくお願いします。」

      佐藤「こんにちは、頑張って下さい。」

      耕作「また、俺に何も無しなんだな~。」

      佐藤「いやいや、そんな事は無いよ、良く柔さんを連れて来てくれたよ。」

      耕作「俺は柔のお抱え運転手か!」

      柔「うふふ、そう言う意味じゃないと思うんだけど。」

      耕作「いや、今のは絶対そう思って言ってたぞ。」

      佐藤「違うよ、感謝してるって意味だから。」

      耕作「まあ、良いや。」

      三浦「松田?俺も佐藤も柔さんを独り占めしてるお前が羨ましいんだよ。」

      耕作「仕方無いだろう?結婚したんだから。」

      柔「あ・な・た?」

      柔「仕方無いって、どういう意味なのかな~?」

      耕作「あ、ごめん、仕方無いは無かったね。」

      柔「うむ、分かればよろしい。」

      三浦「柔さん、奥さんになると怖いんだな。」

      耕作「いや?凄く可愛いよ?」

      佐藤「あ~、もう、惚気は止め、止め~。」

      柔「うふふ、どうも、すみませ~ん。」

      柔「先生、既に柔道着に着替えてやる気満々のようですね。」

      三浦「はい、それに指導する所を見るのに背広じゃ変ですから。」

      柔「それじゃ、あたしも着替えてきます。」

      柔は道場に入る前に一礼すると中に入って更衣室に向かった。

      三浦「松田?尻に敷かれてるのか?」

      耕作「いや?何時もあんな感じだよ?」

      佐藤「あれで尻に敷かれてるって言わないのか?」

      耕作「言わないんじゃない?あれが普通だから。」

      三浦「本当かな~?」

      耕作「大体さ、外でイチャイチャしてる夫婦とか見た事有るか?」

      佐藤「確かに、そう言われたら殆ど見た事は無いな。」

      耕作「そうだろう?まあ、2人きりの時とは別なんだよ、夫婦って。」

      三浦「妙に説得力あるな。」

      耕作「そんな事より、柔の強さの秘密は知りたくないのか?」

      三浦「あ~、それそれ、是非聞かせてくれ。」

      佐藤「俺もそれを知りたかった。」

      耕作「柔の柔道はだな・・。」

      三浦「うん、それで?」

      耕作「一言で表すと・・。」

      佐藤「一言で表すと?」

      耕作「空気を相手にしてる様なもんなんだ。」

      三浦「はあ?どういう意味なんだ?それ。」

      耕作「つまり掴み処が無いんだよ、柔と対戦する相手にとっては。」

      佐藤「う~ん、いまいち分からん。」

      耕作「柔の能力の中に相手の動きを事前に察知するって言うのが有るんだ。」

      三浦「ちょっと待て、それだと技を掛けても全部外されるって事にならないか?」

      耕作「だから言っただろう?空気を相手にしてるって。」

      佐藤「あ~、分かった、技を掛けても空気に掛ける様なものって事か。」

      耕作「そう、正にその通りなんだ。」

      耕作「この前の試合を見たんだろう?」

      三浦「ああ、見た、確かに相手の技は空かされるか封じられてたな。」

      耕作「あれって本人は意識して無いけど事前に体では察知して自然に
          技を空かしたり封じたりしてるのさ。」

      佐藤「おいおい、それじゃ、柔さんには誰も勝てないって事になるんじゃないのか?」

      耕作「そうだよ?この前の試合が正にそうだっただろう?」

      三浦「恐るべし、猪熊 柔・・だな。」

      耕作「あ~、三浦?今は松田 柔、だからな?」

      三浦「あ、そうだったな、すまん。」

      柔が更衣室から出て来て耕作達の元にやって来た。

      柔「お待たせ~、今から始めるね。」

      耕作「頑張って。」

      柔「はい!」

      柔はトレーニングを開始した。

      耕作「ところで、柔が三浦、お前と対戦しても良いそうだぞ。」

      三浦「いや、この前は今の話を聞く前だったから気軽に言ったが、
          今の話を聞くとやる気が無くなるよ?」

      耕作「あ~、それじゃ、困るんだな~。」

      三浦「何故困るんだ?」

      耕作「部員達の中で体格の良いのが居るだろう?」

      三浦「あ~、居るな~、確か鈴木だったか、それがどうしたんだ?」

      耕作「お前、気付いて無いのか?」

      三浦「え?何を気付いて無いって言うんだ?」

      耕作「鈴木君の柔道が腕力に頼ってるって事がだよ。」

      三浦「あ、そう言われれば。」

      耕作「柔は鈴木君の腕力に頼った柔道を改めさせようとしてるんだ。」

      三浦「それと俺が柔さんと対戦する事が何か関係有るのか?」

      耕作「柔のもう一つの能力が関係してくるんだよ。」

      佐藤「まだ別な能力が有るのか?柔さんには。」

      耕作「そうだよ、最初に話したのは先天的な能力で今から話すのは後天的、
          つまり練習で培われた能力だから。」

      三浦「どう言う能力なんだ?」

      耕作「柔道て言うのは基本、テコの原理で投げる物だろう?」

      三浦「どこかで習った気がするが、それが柔さんの柔道と何か関係が有るのか?」

      佐藤「つまり、小さな力で重い物を動かすって事だよな?」

      耕作「その通り、柔は技を掛ける時、主に投げ技だが、殆ど自分の腕力は
          使わずに投げてるんだよ。」

      耕作「何を代わりに使ってるかと言えば体全体の瞬発力で投げてる訳なんだ。」

      三浦「言わんとする事は分かったんだが、本当にそんな事が出来るのか?」

      耕作「だから、それを三浦、お前自身で体験して欲しいんだ。」

      三浦「投げられる前提なんだな。」

      耕作「お前、柔に勝つつもりなのか?」

      三浦「いや、今迄の話を聞いたら絶対無理だって分かってるさ。」

      耕作「今言った事と鈴木君の関係が分かっただろう?」

      三浦「なるほど、そう言う事か。」

      三浦「俺が投げられる事で鈴木に柔さんの技を手本として見せ、腕力だけでは
          勝てない場合も有ると分からせるんだな?」

      耕作「そう言う事だから、対戦してやってくれ。」

      三浦「分かった、是非対戦させて貰うよ。」

      耕作「頼む、あ、それと柔が鈴木君と女子を戦わせるみたいなんだが、
          それをお前主導でやらせてくれないか?」

      三浦「大丈夫か?女子じゃ無理だろう?」

      耕作「そこは柔が女子に何か秘策を授けるみたいだから大丈夫なはずだ。」

      三浦「本当に大丈夫なんだろうな?女子が勝て無かったら無意味だろう?」

      耕作「柔が鈴木君の弱点を見付けてるみたいで、そこを突いて攻めさせると
          言っていたから、多分、女子が負ける事は無いさ。」

      三浦「それなら大丈夫そうだ。」

      三浦「つまり、俺が鈴木に力技云々を伝えた後、それが通用しないんだと話して、
          試しに女子とやってみろって言うんだな?」

      耕作「そうそう、それで恐らく勝てないだろうから、何でなんだと思っている所に、
          お前と柔の対戦を見せるんだ。」

      三浦「なるほど、事前に良く説明した後に見せたら分かりそうだ。」

      耕作「頼んだぞ、三浦。」

      耕作「柔は部員達にお前がその説明をする事で手本としてお前が投げられる事に
          意味が有るから対戦出来ると言ってたんだ。」

      三浦「あ~、そう言う事だったのか、教える為に投げられる訳なんだ。」

      佐藤「柔さんって、そんな事まで考えてるのか、凄いな。」

      耕作「ああ、俺も柔がそこまで考えてた事には驚いてる。」

      三浦「それにしても、あの若さでそこまでの事が考えられるなんて
          凄いとしか言い様が無いよ。」

      佐藤「それもこれも、柔さんがお前と結婚したからなのか?」

      耕作「どうだろう?」

      耕作「結婚云々って言うよりは、2人で色々と対外折衝した事が柔の考え方や
          行動に変化をもたらした可能性の方が高いかも。」

      佐藤「なるほど、対外折衝か。」

      佐藤「確かに、相手の立場とか考慮しないと上手くいかないよな。」

      三浦「常に相手の立場に立って物事を考えてると、それにどう対応するとか
          色々考えないといけないから成長出来るのかもしれない。」

      耕作「それを俺達は2人で相談しながらやってたから出来てたんだと思う。」

      柔「終わったよ~。」

      耕作「うわっ、いきなり話しかけたら駄目だって。」

      柔「もう~、お話に夢中になり過ぎだよ~。」

      耕作「そうそう、来る前に話してた三浦の件は了解を貰ったから。」

      柔「そうなんだ、あなた、ありがとう~。」

      柔「先生もありがとうございます。」

      三浦「いえいえ、柔さんの考え方に納得しましたから。」

      柔「あなた?全部お話したの?」

      耕作「そうだよ、君が話した事は全部三浦に伝えたから。」

      柔「なるほど、それじゃ、先生、説明の方もよろしくお願いします。」

      三浦「分かりました、腕力に頼っては駄目だと全員に納得して貰う様に頑張ります。」

      柔「あたしの柔道の秘密もお聞きになったんですか?」

      佐藤「はい、分かり易く説明して貰ったので理解出来ました。」

      耕作「さっき言った腕力を殆ど使わないって言うのは練習で培ったって言ったけど、
          正しい投げ方を修得していたから出来た事なんだ。」

      耕作「正しい投げ方を修得する為には正しい投げ方を繰り返し練習する以外
          無いって事も部員達に伝えて欲しい。」

      柔「その為の打ち込みなんですよ。」

      三浦「なるほど、だから必要なんですね。」

      柔「そう言う事です。」

      柔「乱取りは相手が居ないと出来ないけど、打ち込みは一人で何時でも出来ますから、
        時間が有る限りやった方が良いです。」

      佐藤「ちなみに、柔さんは打ち込みはどれ位やってたんですか?」

      柔「特に体調不良とか無い限りは毎日500本やってます。」

      佐藤「え?」

      三浦「え?さっきので500なんですか?」

      柔「そうですけど、どうしてですか?」

      佐藤「いや、余りにも早く終わってたから、そんな本数とは思いませんでした。」

      耕作「2人とも、柔の打ち込みの速さは常人の倍以上だから。」

      三浦「え?そんなに早く?」

      柔「あたしは小さい頃からやってたので。」

      柔「ここの皆は200位で構わないかと、1度に無理なら分けても良いですし。」

      三浦「200ですか・・。」

      柔「あ、それなら100から始めて最終的に200になる様に何か月か掛けて
        構いませんから、無理しない程度にやれば良いかと。」

      三浦「それなら何とかやってくれるでしょう。」

      耕作「三浦さ~、勝手に部員達の限界の線引きしちゃ駄目だよ。」

      柔「あのですね、個人差が有るのでいきなり100って言うのも無理な人が居ると思うんです。」

      柔「だから、そう言う人は少な目から始める様にすれば無理が無いと思います。」

      柔「さすがに10とかからは駄目だけど50位から始めて200を目指せば良いかと思うんです。」

      柔「肝心なのは無理をさせないって事と継続する事ですから。」

      三浦「怪我をさせない為ですね?」

      柔「はい、その通りです、怪我しちゃったら継続する事も出来ませんしね。」

      柔「柔軟も受け身も自分のぺ-スでする様に、この前お話しましたので、
        それと同じ感じで打ち込みもする様に説明して下さい。」

      三浦「分かりました、その様に説明します。」

      部員達が声を掛けてきた。

      部員達「先生~、柔さんは来てますか~?」

      三浦「ああ、もう既に来てトレーニングから打ち込みまで終わって、今ここに居るよ。」

      部員達「分かりました、直ぐ始める様にします。」

      部員達は急いで道場の入り口に来ると柔に対して挨拶し道場に入ると更衣室に向かった。

      柔「そんなに慌てなくても良いのに。」

      三浦「早く指導して欲しいからじゃないですか?」

      柔「あら?今日は先生がご指導するんじゃ無かったんですか?」

      三浦「あ、そうだった。」

      柔「お手並み拝見させて頂きます。」

      三浦「そう言われると緊張してしまいますよ。」

      耕作「さっき、聞いた通りに説明すれば良いんだよ。」

      柔「まずは柔軟、次に受け身、そして打ち込み、今日は50本やって貰おうかな?」

      柔「それをやってる最中に、あたしが修正する箇所を指摘していきます。」

      柔「それが終わったら乱取り、この時にさっきのお話を部員達にして、乱取り中に、
        体格の大きな子に力技云々を話してみて下さい。」

      三浦「あ、その子は鈴木って言います。」

      柔「あ、そうなんですね。」

      柔「それで鈴木君は納得しないと思いますので、女子との対戦を伝えて下さい。」

      柔「対戦する女子は、あたしが選んで、その子に指示を与えますから。」

      柔「鈴木君が力だけでは駄目だと分かるまで対戦して貰います。」

      三浦「え?1対1でずっと対戦させるんですか?」

      柔「女子の方が体力は低いので女子は交代でする様にしますから。」

      三浦「なるほど、そこまで考えてましたか。」

      耕作「三浦~、まだ、柔の事を分かって無いんだな。」

      柔「あなた?昨日今日会って分かれば苦労しないよ?」

      耕作「うっ、すまん、そうだな。」

      柔「ごめんね、きつい事言って。」

      耕作「いや、俺が横から口出すべきじゃ無かったよ。」

      三浦「あ~、俺のせいで喧嘩なんかしないで欲しいんだけど。」

      柔「先生は心配しなくても良いですから、何時もの事なんで。」

      佐藤「何時も?なんですか?」

      柔「しょっちゅうって程では無いんですけどね。」

      耕作「たまにかな?」

      柔「そうね~、たまにだよね~。」

      三浦「柔さん、目がマジなんですけど。」

      柔「あら、いけない、いけない。」

      耕作「事、柔道に関しては、柔に全部任せてるから。」

      佐藤「なるほど、だから今みたいに変に横から口を挟むのは駄目なんだ。」

      部員達が更衣室から着替え終わって出てきた。

      部員達「先生、今から始めます。」

      三浦「分かった、この前柔さんから言われた様に個々人のペースでする様に。」

      三浦「それと打ち込みに関してだが今日は50本やって貰いたい。」

      部員達「50本ですか?」

      柔「はい、それは最低50本って言う事で、それ以上出来そうなら
        やって貰って構いませんから。」

      部員達「それ以上・・。」

      柔「これは正しい投げ方を身に付ける為なので、それを考えながらやってれば、
        あっと言う間に終わりますから。」

      女子部員「なるほど、正しい投げ方を身に付ける為なんですね。」

      柔「なので、皆が打ち込みしてる間に修正する箇所が有ったら、あたしが直接お話します。」

      男子部員「柔さんが直接ご指導して下さるんですか?」

      柔「はい、その方が分かり易いと思いますので。」

      部員達「よろしくお願いします。」

      柔「あ、先生、すみません、お話の途中で。」

      三浦「いえ、補足感謝します。」

      三浦「今、柔さんが仰った事を頭に置いて打ち込みして欲しい。」

      部員達「分かりました。」

      三浦「打ち込みに関しても自分のペースで良いから、誰かと張り合ったりするんじゃないぞ。」

      部員達「はい。」

      三浦「それじゃ、始めてくれ。」

      部員達「分かりました。」

      部員達はそれぞれ散らばって柔軟を開始した。

      柔「先生、途中ですみませんでした。」

      三浦「いえ、50本と聞いて部員達が二の足踏みそうだったのを納得させて
          貰ったので感謝してますから。」

      柔「さっき、あたしが口出ししたのは、先生よりあたしの方が説得力が
        有るかな~って思ったからなんです。」

      柔「差し出がましくて、すみませんでした。」

      三浦「あ、それは全然気にしてませんので、俺より世界制覇した人の言葉の方が
          説得力あるのは事実ですし。」

      柔「あなた?何か言いたそうにしてるけど?」

      耕作「え?俺?そんな顔してた?」

      柔「いえ、何か考え込んでた気がしたの、違った?」

      耕作「いや、そう言う所まで気を回してたんだって感心してたんだ。」

      柔「あ~、口出しした理由の事ね。」

      耕作「うん、急に話し出してどうしてかなって思ってたからさ。」

      耕作「理由を聞いて納得すると共に感心してたんだよ。」

      柔「うふふ、少しは見直した?」

      耕作「少しどころか、かなりだよ?」

      柔「それは大変嬉しゅうございます。」

      佐藤「なるほど~、2人の時はいつもこんな感じで話してるんですね。」

      柔「あ、すみません、つい。」

      佐藤「いえいえ、全然気にしてませんから。」

      柔「先生、あの子、受け身をもう少し真剣にやる様に注意して下さい。」

      柔は指さしながら三浦にそう言った。

      三浦「分かりました。」

      三浦は柔が指摘した部員の所へ行き注意した。

      佐藤「凄い、いつ見てたんですか?」

      柔「ずっと見てましたよ、全員を。」

      佐藤「恐るべし、柔さん。」

      三浦「柔さん、注意してきましたけど、本人驚いてましたよ。」

      柔「何で驚いてたんですか?」

      三浦「柔さんが見てたのが気付かなかったみたいで。」

      柔「部員達にお話して下さい、あたしは常に全員見てますって。」

      柔「だから、真剣に気を抜かないでする様にと。」

      三浦「分かりました、必ず話しておきます。」

      三浦「それにしても、いつ見てたのか気が付きませんでしたよ。」

      柔「あたしの立ち位置を見れば、お分かりになると思うんですけど。」

      耕作「柔は部員達に対しては、この前からずっと正対してたんだよ。」

      三浦「あ、そう言う事だったのか。」

      佐藤「なるほど、全体を見渡せる様に立ってたんだ。」

      柔「そうなんです、常に指導する人を見てる様にしないと何が起きるか
        分かりませんから、用心に越した事は無いんです。」

      柔「あ、打ち込みを始めたので見て回ってきます。」

      三浦「俺もついて行って構いませんか?」

      柔「はい、良いですよ。」

      柔「もし、あたしの指摘がお分かりにならなかったら質問されて構いませんから。」

      三浦「はい、勉強させて頂きます。」

      柔と三浦は打ち込みをしている部員達の元に行った。

      佐藤「なあ、柔さんって凄過ぎないか?」

      耕作「まあ、普通ならそう思うよ。」

      耕作「今の柔には柔道に関して妥協って言う言葉が無い位だと思う。」

      耕作「それは俺も恐縮してしまう時が有る位だから。」

      佐藤「しかし、良く結婚に踏み切ったよな。」

      耕作「まあ、お互いを必要とした結果なんだけどね、結婚って言う形になったのは。」

      佐藤「なるほど~、そういうもんなのか。」

      耕作「お前にもそう言う人は必ず現れると思うよ。」

      耕作「ただし、自分でそう言う人を見付る努力はしないといけないけど。」

      佐藤「お前が言うと重みが違うな~、心に留めておく事にするよ。」

      耕作「それにしても見てみろよ。」

      佐藤「うん?三浦の事か?」

      耕作「柔が指摘する度に首を傾げて聞いてるぞ。」

      佐藤「余りに細か過ぎて分からないんじゃないか?」

      耕作「いや、常日頃から注意して見てれば分かる様な事ばかりだよ。」

      佐藤「お前でも分かる様な、そんな簡単な事なのか?」

      耕作「そうだな、三浦ももう少し熱心に部員達を見てやる必要が有ると思う。」

      佐藤「あ~、確かに、今迄は部員達に任せっきりにしてる部分が多かったからな~。」

      耕作「これは三浦には内緒にしておいてくれよ。」

      佐藤「どう言った事なんだ?」

      耕作「実は、柔は三浦をもう少し真面に指導出来る様に教えるそうだ。」

      佐藤「そうだったのか、だから、あんな風に丁寧に教えてるのか。」

      耕作「そう言う事だ。」

      耕作「それと、今日の大半の話を三浦にさせるのも、その一環だと俺は睨んでる。」

      佐藤「あ~、今の話でそれも納得出来るよ。」

      耕作「おっ、打ち込みが終わった、次は乱取りか。」

      佐藤「以外と早く終わった感じだ。」

      耕作「柔が指摘した後はペースが早くなった子が多かったし、それでだろう。」

      柔は部員達を整列させ話し掛けた後、三浦が先程の内容を説明し始めたが、
      時折柔が補足していた。
      柔と三浦が話し終わり、三浦の号令で部員達が乱取りを始めた。

      柔と三浦は一緒になって部員達の乱取りを見て回りながら、柔が1組づつ乱取りを
      止めさせて色々と指摘していた。
      一通り見て回った後、柔が三浦に話し掛けた。

      すると三浦が鈴木の所へ行き乱取りを止めさせ暫く話し込んだ。
      鈴木は三浦の話を聞いていたが時々首を横に振っていた。

      三浦が乱取りを終了させて全員を集め話し始めた。
      柔が女子部員を一人呼び色々と指示していると、
      三浦は鈴木を開始線の所へ連れて行き試合する旨を伝えていた。

      他の部員は取り囲む様にしてその様子を見ていた。

      佐藤「いよいよ始まるんだ。」

      耕作「そうだな、さて、どうなるか。」

      柔が主審、三浦と部員の一人が副審を務める形で試合の準備が整い鈴木と
      女子部員が開始線に立って柔の開始の合図で試合が始まった。

      勝負は一瞬だった、鈴木は女子部員と組むといきなり前に出たが、その瞬間に
      女子部員の出足払いが見事に決まり鈴木は背中から崩れ落ちた。
      柔が一本勝ちを宣言して試合は終了した。

      柔が女子部員に労いの言葉を掛けると女子部員は柔に握手を求め、柔はそれに応じた後
      女子部員に皆の所へ戻る様に促し戻らせた。

      三浦が鈴木の所に行き起こしながら話し掛けていたが、鈴木は首を
      横に振りながらもう一回やらせて欲しいと頼んでいた。

      三浦が柔に声を掛けると柔は別の女子部員を呼び寄せ色々と指示した後、
      2人を開始線に立たせ試合を始める用意を整えた。
      柔の開始の合図で試合が始まり鈴木が女子部員と組んで後ろに引いた瞬間、
      女子部員の小内刈りが決まり鈴木はまたも背中から崩れ落ちた。

      先程と同様に柔は女子部員に労いの言葉を掛けて握手をして皆の所へ戻らせた。

      その後、今度は柔が鈴木の元へ歩み寄り、起こしながら話し掛けた。
      鈴木は神妙な面持ちで話に耳を傾けていた。
      柔は次に鈴木に組んだ時の姿勢について指摘していた、それに対しても
      鈴木は神妙な面持ちでいちいち頷いて聞き入っていた。
      柔が改めて鈴木に話し掛けると頷きながら笑顔で柔に握手を求め、柔もそれに応じた。

      柔は皆に向かって今の試合の内容と要点を身振り手振りで説明した。
      その後、柔は三浦を相手に今の試合の再現を順を追って動きを止めながら皆に説明した。

      それが終わって柔が部員達に話し掛けると歓声が沸き起こった。

      佐藤「いよいよ、三浦対柔さんの試合か。」

      耕作「佐藤はどうなると思う?」

      佐藤「一瞬で決まるんじゃないの?」

      耕作「まあ、普通はそう思うだろうな、どうなるかは見たら分かるよ。」

      柔「佐藤さん、主審を務めて頂けませんか?」

      佐藤「分かりました。」

      佐藤「じゃあ、行ってくる。」

      耕作「間近でしっかり見てくると良いよ。」

      佐藤「分かった、そうする。」

      佐藤が主審の位置に着き柔と三浦が開始線に立った。

      佐藤「礼!」

      柔と三浦が一礼した。

      佐藤「始め!」

      柔が何時もの自然体で三浦に正対した、三浦はそれを見て同じ様に腰を落とし
      少しずつ柔に近づいて行った。
      柔は相変わらず動かないで三浦の動きを注視したままだった。
      三浦の方が根負けしたのか組みに行ったが繰り出す手を全て払われた。
      暫くそれが続いたが柔はわざと片袖と奥襟を掴ませ不利な体勢に持って行った。

      部員達から溜息が漏れた。

      三浦はここぞとばかりに技を繰り出すが全て空かされるか封じられてしまった。
      三浦の攻勢が止むと今度は一転、柔が攻勢を掛けた、その余りの速さに三浦は
      体勢を崩されて徐々に腰が引けていった。
      次の瞬間、柔が一気に前に出ると一本背負いが見事に決まった。

      佐藤「それまで!」

      部員達は歓声と拍手を送った。

      柔が三浦を起こしながら労いの言葉を掛けていた。
      柔は部員達を前に今の試合に関して詳しく経過を説明し、部員達からの質問に答えた。
      次に投げられた三浦が状況を詳しく部員達に伝えていた、部員達は真剣な表情で
      聞き入っていて、投げられた瞬間の話をした時は部員達から感嘆の声が漏れた。
      最後に柔が今日の事を忘れない様に念を押して部員達が整列し挨拶して終了になった。

      部員達「今日もありがとうございました。」

      柔「皆、長い時間、お疲れ様でした。」

      三浦「皆、お疲れ様、さっきも聞いた様に今日の事は忘れるなよ。」

      部員達「分かりました。」

      三浦「それじゃ、解散、着替えて良いぞ。」

      部員達「はい。」

      部員達はさっきの試合の状況を話しながら更衣室に向かった。