2005年3月からの日記 -25ページ目

2005年3月からの日記

何事もあまり続かない私がダラダラながらも10年以上続けている日記です。こだわり症なので日々忙しくしていることもあり1年に数回しか記事をアップしない時もあるかもしれません。

今郵便局で働いています。夜勤をしているのですが毎日とっても忙しいです。

8月中旬ぐらいから続けています。

もうすぐ仕事を休んで4泊5日で新婚旅行に行く計画をしています。2年以上経つのにまだ行ってなかったので。

行き先は二人とも初の沖縄です。

前回流産の記事をダラダラと書き殴るような感じで書いてしまったが、ここで一連の流れを整理して書いておく。


4月15日 初めて産婦人科で妊娠確定との診断を受ける。このときの内診で傷ついたのかそれまでなかった出血がトイレで尿をするたび少量出るようになる。初対面で医師に挨拶するも無言で下を向いたままかわされ嫌な印象を受ける。診察後、「41歳け?」と医師から驚いたように言われる。「大事にせんと」と言われ、ちょっと遅れてから少し笑って「おめでとうございます」と言われたのでこの時はこんなもんかと思っていた。


4月18日 別の産婦人科で出血のことを聞きにいくと、問題ないとの診断を受ける。エコーで初めて心拍確認が出来、うさぎのようにピョンピョン跳ねている感じが可愛く映った。受付が閉まった直後に予約無しにいきなり行ったのに丁寧に対応してくれ、医師も優しく丁寧な感じで何を聞いても分かりやすく答えてくれた。このままこの病院に変えるつもりならまた一週間後に来てと言われるが、設備の古さなどが気になり、迷った末元の病院に行くことに決める。


4月30日 最初の病院で2度目の受診。黄~茶系のおりものがずっと出てるのが気になってたので問診の時言おうと思っていたのにいきなり内診される。赤ちゃんはちゃんと育っていると言われ動いているのが分かるか聞かれたが分かり辛かったので「ちょっと分かりません」と答えたらしばらくエコーを映していたがその後無言で終られた。

(診察台から降りた後、茶色のおりものは出血してるからだと言われ、私が茶色というか黄色っぽいような茶色っぽいような感じなので細菌が入ったのかと思った事を伝えると遮られるように、「とにかく出血は流産しないとも限らないから褒められたことじゃない」とちょっと強めに言われ、嫌な感じを受けた。エコー写真を渡してくれなかったので今日は貰えないのか聞くと後であげると言われた。
受診後の看護師との面談で、母子手帳貰ってからでも病院変われるか聞いたら全然構わないと言われた。お産は人生において数少ない貴重なものなので自分が信じれる所を納得いくまで探すのもいいと思うと言われた。私が不妊治療に通おうかと前に訪ねた医者ではFSHというのが高いから妊娠し辛いと言われたのにその後すぐ妊娠したことを話したら、「先生によって全然言う事は違うし、私ももう生理こないと言われたのにその後すぐ来た」と言ってた。私が先生が冷たく感じたと話すと、「自分は30年近く看護師をしていてここは3箇所目だがここの医師は少し無愛想かもしれないけど優しいとこもあるし良く勉強されている方だと思う」との事。「サービスもいいし、入院食ではここが一番おいしいと思う」と言ってたが、確かにそれは私もネットでそう見たからここに決めたわけだけど、自分は里帰り出産も考えていたためそうなると入院は関係なくなるし。「でも今はちょうど血液検査前だし、そう思われたのだったら変わるのも全く問題ない」と言ってた。エコー写真をさっきあげると言われたのに貰ってない事を伝えると、ちょっと待っててと言われどっか聞きに言って戻ってきてから「今日は渡せない」と言われたのでどうしてか聞くと「渡せる時と渡せないときがある」と言うので理由が知りたいと言うとまたどこか行ってしまい、今度は違う看護師が来て無言で渡してきて「これからは渡せる時と渡せない時がある」と言われて、また感じ悪いなと思った。
会計で名前呼ばれて、聞いてないのにいきなり飲み薬の説明始めたので何の薬か聞くと止血剤だと言われ別の病院で貰ったのがあるからと一回断ったが迷って結局貰う事にした。次の予約を言って来たので一応とったが、やっぱり気分悪いし病院変わろうと思った。

今にして思えばこのときのエコー写真が一番形に残るものになったので無理言ってでも貰って良かったと思った。その前のは嚢と卵のようなものしか見えていないし、このとき初めて頭と手足が別れているような感じで次に見たときははもう亡くなっていたので。)


5月12日 更に違う病院(今度は総合病院)に無痛分娩の話を聞きに行くがそこで思いがけず流産が発覚する。


5月13日 元の病院で流産確定と受け止める。


5月16日 夜、少し出血あり。ナプキンにはっきり血と分かる生理開始ぐらいの量がついてた。


5月17日 昼前起きてトイレに行くとまた出血してドロッとしたものがほんの少しついてきた。腹痛は無し。

5月19日 少量の出血はごく僅か。トイレ(大)の後またヌルッとした血の塊が極少量便器についてた。風呂入った時にも同じような感じのが極少量出た。数日前から出血がどんどんひどくなるかと思いきや、相変わらずナプキンに出血の後、変色して茶色くなる程度の筋がついていたりという感じ。


5月20日 元の嫌な病院で再度受診。やっぱり赤ちゃんは成長していないし心拍も止まっているからもう諦めた方がいいと言われる。手術を勧められたが、もうしばらく待つと言った。その後、生理ぐらいの出血あり。


5月28日 出血と腹痛あり、レバーのような血の塊が出たため、嫌な病院に行くが結局本当にただの血の塊で流産も進んでなかったのでそのまま返される。


5月29日 日付が変わってすぐの夜中に腹痛と出血がひどくなり、手も痺れてきて救急車を呼ぶ始末に。そのまま手術&入院。


5月30日 退院。


6月8日 昨夜というか日付変わる頃うたた寝してしまい、起きたら下痢&出血してた。手術後は出血殆ど無く自宅に帰って2~3日した頃から生理日1日くらいの出血が数回あり、ここ2~3日は治まってようやく出血が終ったかなと思っていたが、また生理日1日くらいの出血があった。だけど10日に術後検診に行くまでにはもう止まってそれからは全く出なくなった。


6月10日 術後検診に行く。血はどうかと聞かれたので「何回かありました」と答えた。だけど内診で「もう出血は止まっているみたいだね。赤みもなくなってるし。」というようなことを言われた。
エコーが見れなかったので自分の子宮がどうなってるのか中身を見たくて机の上の写真が見えたので見せてもらった。「ほら、もう袋もないし綺麗でしょ」というような事を言われた。確かに何も写ってなかった。
もうお風呂も大丈夫と言われた。夫婦生活は2回の生理をみてから再開していいと言われた。
病理に出した結果、流産の原因分かったか聞くと「分からない」と言われた。出したものの中にポリープと判定されたものも無かったらしくちゃんと胎嚢など問題ないものだったらしい。
「これでいったん区切り(終わり)になるけど」と言われ不育症検査の事を聞くと、まだ流産は一回目だからしなくてもいいけどしとくのもいいと言われたのですることにした。パソコン上でこれも入れておくかといろいろ数値を調べる項目を選択していた。その後別の場所での採血となった。注射器5本分も血抜かれた。


6月17日 40分ちょっと待たされたのに診察は15秒未満で終った。というかこの間の不育症検査の診断結果が「異常なし」と聞いただけだった。聞く前から既にパソコン画面に「異常なし」と書かれていたのが目に入ったし。あまりにあっけなかったのでどうしようと思ったが、いったんカーテンの向こうに出た後すぐ戻って「診断の紙か何か貰えますか?」と医師に聞くと、「じゃあこれ印刷してあげるわ」とパソコンの画面を印刷してくれた。英文字羅列で「よく分からないと思うけど」と渡してくれた。


6月30日 ちゃんと生理くるか心配だったがこの日予定ぴったりできた。この時の生理は凄まじい出血量でびっくりした。まるで学生の時以来のような。特大ナプキンが3時間程でタプタプになるくらい血が出た。最近じゃ4~5日で終わってしまう生理だが、結局この時は9~10日間もあった。


7月27日 予定より1日早く2度目の生理が来た。今回は前回ほどの出血では無さそうだ。今度は何日続くのやら。医師は2回見送ればもう子作りしていいと言ってたけど、10日近くも生理があったり出血がひどかったりというのはまだ身体が安定していない証拠なのか。もう一回くらい見送ったほうがいいのかなという気もするがネットで気になる記事を発見!


http://www.karadasalon.com/index.php?option=com_content&view=article&id=30:2010812&catid=11:2010-08-08-16-23-10&Itemid=17


これによれば、「初めての妊娠で流産し、その後再度妊娠した女性3万937人のデータを収集。その結果、流産後6カ月以内に再度妊娠した女性は、流産後6~12カ月に妊娠した女性に比べ、再度の流産、妊娠中絶、異所性妊娠(ectopic pregnancy)の比率が低かった。(ただし、誘発分娩のリスクは高かった)。また、帝王切開、早産、低出生体重児のリスクも低かったという。この関連は、社会的因子や個人的因子、妊娠中の喫煙などの問題とは無関係であった。」とのことだ。

正直、次の妊娠も子宮外妊娠や2度目の流産など恐ろしくてたまらないのだが、それじゃ早くした方がいいということなのか。でも慌てて作ると出来やすいのも出来やすいが同じくらい流れやすいとも何かで見たのでいったいどっちなんだろう?

ここからは長くなるので「ですます調」を省き淡々と書きます。


救急車はすぐに来た。立って玄関まで行ったら、歩けるのかと聞かれちょっと具合が良くなった気がしたのでやっぱり病院には行きたくないと思ったがここまで来て貰って帰ってもらうのも決まり悪かったし、とにかく乗ってと急かされたので仕方なく乗った。起きてられると言ってるのに、寝ててと寝かされタンカーで運ばれた。指に何かつけられ、血圧計を腕にまかれて旦那も戸締りだけして早く一緒に乗るように言われ乗ってきた。私の血圧は後で旦那に聞いたらこの時は低かったようだ。
最初かかりつけ医を聞かれ、いつもの個人病院名を挙げたらそこに電話していたが、総合病院である○○病院にも行ったと言うと、じゃあかかりつけ医が駄目ならそこにかけてみると言った。救急隊のおっさんの息が臭かった。いつもの病院は最初誰も出なかったようだがもう一度かけると出たらしく、私の名前を言って受けてくれるか聞いていたが駄目なら○○病院に聞いてみるとおっさんが言うとそうしてくれと言ったみたいで、日曜の早朝4時頃だったせいか結局受け入れを拒否され○○病院に行く事になった。私も心の中でその方がいいと思っていた。
救急隊のおっさんは切迫流産だの貧血だの滅茶苦茶な説明をしていた。本当は進行流産だったのに。

その後、○○病院に着くと緊急の入り口に通され、いきなり上服を脱がされ下着だけになり心拍測るものなど身体にいろいろつけられた。医師か看護師か分からないが若い男性が顔の上で喋ると唾が目に入って嫌だった。そこの責任者のような人に採血とCTをしますと言われ、私は意識はしっかりあったし腹痛も治まって下手になんでもされたら嫌だったので、断るとムッとされた。採血もCTもお金が高いし無駄な出費は避けたいと言うとそんなにお金ないのかと聞かれ「はい」と答えた。「家族はいないの?」と聞かれ旦那が来てるというとご主人に話をすると言い、旦那が呼ばれた。

私が血はこの間とったばかりだし、CTも撮る必要ないと言うと血はいつ頃採ったか聞かれ一週間ほど前と答えると、腹痛と言っても流産の他に何か原因あるかもしれないからと言うので、自分で分かるが流産以外考えられないと言うと、急患で来てる以上普通は患者が選択したりというのはないんですよねと言われ、私が産婦人科の人に診て貰えないかやソウハの手術を今日受けたりは出来ないか聞くと、「だから~」と呆れたような怒ったような感じで、まず採血やCTなど最初に検査をした後に産婦人科の先生を呼ぶという感じなら出来るけど普通は流産でいきなり来てこういうのはないですよというような事を言われた。ずっと最初からこの病院で受診していたんだったら話は別だけど、いつも通っていた病院に行ったらどうかと言われた。昨日行った事を言ったのだが「はぁ~?」て感じだった。

今回流産されたのは気の毒でしたけどというような前置きのあと結構いろいろ言われた。どうして急患できたんですかとか。私は初めての妊娠で手の痺れや寒気などは想定外でびっくりして命の危険を感じたので電話してしまったが、後悔しているみたいなことを答えたと思う。本人が拒否する以上、勝手には検査は出来ないからと、旦那に「それでいいんですか?」と聞くと「本人がそう言ってるなら」と言うので今度は私に最後の念押しのような感じでまたどうするかと聞いてきたので、もう答え辛くなって黙っていると、旦那が「帰る?」と聞いてきたので頷くと回りの看護師達がクスっと笑っているように感じた。

またお腹痛くなると思いますけど、と言いながら帰ろうと台を降りたら、外の廊下で待つように言われた。ナプキンの漏れがもうやばいと思っていたので、若い女性の看護師に血はまだ出ているかと聞かれたとき、今も出ているしナプキンを換えないとと言うと夜用ナプキンを2つ持ってきてくれた。トイレを借りたときまた結構出血した。その後廊下を出ようとするときさっきの責任者のような男性がこっちを見てたのでちょっと申し訳なく思っていたので頭を下げると向こうも一応頭を下げたようにみえた。
その後旦那と廊下で待っているとまたちょっと腹痛がしてきた。さっきの女性の看護師が出てきて、急患で深夜だしさっき先生ともお話されたしお金は多少かかってきますがいいですかと確認にしてきた。了解するとまたちょっと待ってるように言われ、その間に別の看護師がきて詳しい病状と言うか経緯を聞きに来た。その人は少し年配の女の人で優しい感じだった。その人が立ち去りまたさっきの看護師が来て支払いの説明が書かれた紙を持ってきた。またお腹が痛くなったらその時はまた来て貰ってもいいけど今度は急患ではなく普通にと言われた。痛み止めを貰えないか聞くと、聞いてきますとまた部屋に入っていき戻ってくると今度は産婦人科の先生を呼んで貰えるそうなのでと言ってきた。その後さっきの責任者のような男性がやってきてさっきの態度とは変わって「今産婦人科の先生を呼んだのでもうしばらくしたら来られると思うので待っててください」というような事を言って去って行った。その時は良かったと思ったが、後になって最初から呼んでくれたら良かったのにと思った。
しばらく待っていると優しそうな男の先生が来た。朝からの腹痛や出血など経緯を話すと「すぐ手術したほうがいいって言われなかった?」と聞かれ私が待ちたいということを言ったと言うと「本人さんが拒否してたからか」ということを言われた。すぐ内診になり、出血がひどかったのでティッシュで押さえながら診察台に上がった。

もう子供が出かかってると言われた。これはすぐ処置しないといけないとも言われた。何をしているか分からなかったが激痛がして「痛い!」と何回か叫んだ。これは後で聞いたが廊下にいた旦那にまで聞こえていたそう。器具で引っ張り出そうとしていたらしいが出てこなかったと後で言われた。私が麻酔をして貰えないかと聞くと「いいけど入院になるよ」と言われ「それでいいです」と答えると「じゃあ手術にしましょう!どうせ綺麗にしないといけないし」と言われた。その後看護師からオムツを手渡され履くように言われた。医者から「すぐ処置してあげるからね」というようなことを言われ、このまま降りてくるのを待っていたらどうなるか聞くと、出さない限り出血は止まらないし、いつ出てくるかも分からないしそのままだと貴方の命が危ないよと言われ、まだこの程度の出血段階で良かったと感染症にかかってないかが心配だと言われた。感染症にかかっていると厄介で子作りの再開も遅れるそう。出てきた子供を見たいと言うと、フクロ(胎嚢)が出ても切らないと中身が見えないよと言いそんな事しても意味ないしそんなことする人はいないと言われた。いつもの病院でついでに切っておくといいと言われていた小さいポリープの事も伝えるとみつかったら切っておくと言われた。何を言っても嫌な顔一つしないし感じのいい医者だと思った。
看護師から手術室へと運ばれるまでに旦那さんも来て貰うので話をしてあげてくださいと言われ、台車で運ばれている間、旦那に手術することになったと話したが既にもう聞いていたようだ。
服を入院着に着替えさせられ看護師が採血に来たが、私は身体は太っているのに血管が細いため埋もれて見つけ辛く、いつもきちんと腕からとってもらえることは少ないのだが、若い女性の看護師はやはり腕の血管は見つけにくかったようで手首の方で採られた。その後点滴をつけられた。
手術室は緊急のため仮なのかなんなのか分からないけどなんだか簡素な部屋だった。エコーも見れなかった。もうまな板の鯉の様な心境だった。医者に出てきた胎嚢というか子供というかは見れるか聞くと、見たいんだったら見せるけどという事を言われた。麻酔が途中で切れないか聞くと切れないよと言われた。

痛み止めの注射を入れると言われ点滴で入れられた気がする。その後麻酔するから意識無くなっていくからと言われ、すぐに意識がなくなっていくのが分かった。

その次に看護師の声で「終ったからね」と言われたのははっきり覚えているがそれまでの感覚が全く無く、これから始まるかぐらいの感じだった。全く痛みは感じなかったが後で痛がっていたから座薬を入れたと聞いてびっくりした。手術は15分ぐらいかかったそう。その後、看護師数人が重そうに私をベッドに運んでいる声がして、また意識失って2時間ぐらいベッドに横たわっていたようだ。

酸素吸入器のようなものを鼻につけられていた。しばらくして旦那が話しかけているのが分かったがまだ答えるのは身体に良くない気がして黙っていた。完全に意識が戻り始めると旦那とボチボチ喋り出した。後で旦那に聞いたのだが喋り始めのうちはずっと何故か私は敬語だったそう。
看護師が来てオムツの中の血の量を確認して点滴を外したように思う。それから入院する部屋に移され、トイレの位置等の説明を受け、もう普通に歩けるよと言われた。トイレも普通に出来たし、痛み止めが効いていたせいか特に痛くもなかった。出血は生理日2日目ぐらい出ると危ないと言われた。


手術自体は拍子抜けするほどあっけないものだった。あんなに恐怖に感じていたのが嘘のようだった。もう子宮口が開いていたせいかラミナリアも入れずに済んだし、前の晩ご飯を食べたのに麻酔をかけても大丈夫だと言われ、ちょっとびっくりだった。(普通、前日は麻酔に備え夕食禁止で食べちゃった場合は麻酔なしで手術を受ける羽目になるとネットで見たので)

ネットで散々怖い体験記を読んで心底恐れていたが、たまにあった全然平気だったほうの体験記と一緒だったので良かったと思った。でも、自分のことで精一杯で寸前に子供とお別れしなかったのを後で気付いた。それまでには何度か「ありがとう」など話しかけたりしていたのだが。


病院の入院食は質素すぎてびっくりした。箸もついてなくて自分で買わないといけなかったりケチりすぎだろと思った。テレビも有料で4人部屋だったが先に一人だけ85歳ぐらいのおばあさんが内科で入院していた。後で翌日私が退院する日に呼吸気科の若い女性も入ってきた。結局一泊二日で退院になった。救急車で来たため最初の日は台風で雨も降ってたが旦那はタクシー代が勿体無いと言い、かなり距離があったのに歩いてアパートまで帰ったようだ。財布を持ってきていなくて着払いでタクシーのればいいよと言ったのに。本当は電車を使うことも出来たのに500円玉がポケットに入っていたようだが二人分のおにぎりを買ったのでそれすら乗れなかったようだ。病院で傘を借りるように言い聞かせたのでそれは借りたようだが。そして車で私が頼んだバッグ(携帯・財布)やDSやタオルや血の塊やボックスティッシュなど持って来てくれた。
晩御飯は旦那はスーパーで買ってきたパンを持参し一緒に私の入院部屋で食べた。その後私は母に電話をし売店に旦那と寄ってから面会可能終了時という8時になったのでその日は別れた。


次の朝は9時頃来てもらい私は10時過ぎに診察を受け、経過は良好ということで退院となった。
診察では出血も大丈夫だし、子宮の戻りもいいと言われ、次の予約を取らされてからすぐ終ろうとするので、聞きたい事をまとめてきたと言うと、ナースセンターで話しましょうと言われ、旦那も一緒に呼ばれた。


取り出した子供は見れるかと聞くと看護師に聞いてくれたが、まだ病理には回っていないけど今日回すようで見れないと言われた。出てきたフクロの大きさはどれぐらいだったか聞くとピンポン玉かそれより少し大きめの輪っかを指で作って見せこれぐらいだったかなと言われた。私は15cmぐらいかと思っていたのでそんな小さいのだったらもうちょっと粘っていたら自力で出せたのではないかと思った。ポリープはとったか聞くと、見当たらなかったといい、ただ最初引っ張ったときに何か分からないものも一緒に出たので引っ張ってとったがそれがポリープだったかはしらないと言ってた。そうとは書かずに病理に出したが向こうでもしかしたらそう判定して戻ってくるかもとは言ってた。シャワーは今日から入っていいがお風呂は手術の日を含め一週間は駄目と言われ、夫婦生活もまだだめと言われた。いつから可能か聞くと今度の診察の経過を見ていいますと言われた。感染症はいつまで気をつけないといけないか聞くともう心配ないと言われた。かかってるならもう現時点で分かるからかかってなかったからと。

体外受精のこと聞くと私は不妊症ではないから必要ないと言われ、いい卵を選り分けて受精して貰えるらしいからと聞くと笑いながら自然に降りた卵が一番いいに決まってると言われた。流産の原因を探る夫婦の血液検査の事を聞くとそれは最後にとる手段だと言われた。なぜなら問題のある可能性は低く、検査料金も8万ぐらいと高いかららしい。何度も流産を繰り返す人が最後に受ける検査らしい。私の場合は受けるなら不育症の検査なら年齢的なことも考えて受けたほうがいいかもしれないと言われた。簡単な血液検査で済むらしいので次回の診察時に希望するならやるよと言われた。でもどの検査も一回の流産ではあまりやる必要がないというか勧めたりはしないらしい。最後に旦那がいつまで安静にしたらいいかを聞いてくれ、もう普通に生活して大丈夫っぽく言われたが、走ったり飛んだりは駄目ですよね?と旦那が聞くと、「うーん」と言い、まあ今日明日ぐらいはじゃあ安静にしたらどうですかと言われた。


家に着いてしばらくしてから母から電話があったので話した。私があんまり喋るのでそんなに喋って大丈夫かとまたゆっくり聞くから安静にしといて言われ電話を切った。救急で運ばれたときの最初の嫌なやりとりのことを話すと病院側がおかしいと言い、その出来事を何かにメモっておいたらと言われた。そしてはっきり断ったあんたは偉いわと言われた。今回のお金うちで少しみてあげるからと言うので(生命保険から)保険金が出ると思うし本当にいらないからねとはっきり断った。命があって良かったと言われた。
病院から5日分の薬(抗生剤、子宮収縮剤、痛み止め、胃薬各1を朝昼晩の食後一日三回)を渡されたので全部決められたように飲んだ。これまで風邪等で出た薬はきちんと説明通りに飲んだ試しはなかったけど、今回ばかりは次の妊娠にも関わるかもしれないと思ったので一日三回ともきちんと食後にというわけにはいかなかったが一日三回飲むというのだけは守った。

なかなか流産は進まずこのままだともういくら待っていても赤ちゃんは出てこないのではないかと思うようになりました。ネットで見ても中には3ヶ月待っても出てこないという記事なども見ました。まだ出産を諦めたわけではないし次の子作りの為にもとてもじゃないけどそんなには待っていられないと思いました。

また自然に待って完全流産した人で、痛かったけど粘って耐えて良かった、ちゃんと頭と手足が見えてちっちゃくて透明だったけど我が子を見れて感動したという記事などを見たときは私も絶対見たいから待ちたいとも思いました。

そうこうしているうちに生理くらいの出血がありました。それでとうとう流産が始まったかなと思ったのですが、お腹はそんなに痛くなく、結局それからまた一週間ほど何事もなく時は過ぎました。なんかすっきりしないどっちつかずのどんよりした気分でした。


そしてとうとう我が子にさよならする日がきました。

ある朝、結構出血があって酷い腹痛がありました。ネットでも以前見たとおり、確かに生理痛の重いのや下痢のような痛みにも似ていました。そして痛みは波のようにムラがあり、嘘のように引くときもあり、陣痛は経験がないけど確かにそんな感じかなと思いました。

腹痛の後、トイレでピンポン玉のような血の塊がポトッと出ました。その後腹痛は治まったかのようにみえましたが、再び痛くなり、もう一度3㎝程の血の塊が出ました。
夕方4時頃いつもの病院に電話したら見せに来てくださいと言われ、血の塊が出たら持ってくる様にと前に言われていたのでそれだけ持っていきたいと言うと受診も必要と言われ、何故かと聞くとみんな出血があった日に受診して貰ってると言われ、なんだその理由と思いながらも結局受診しに行きました。

いつもの医者じゃなくて今日は大学病院の先生が来てるというので行きましたが、いろいろ質問しても詳しくは院長先生に聞いてと言われこの人の方が下っ端というか経験浅いんだと思いました。

内診後、「完全流産じゃないですね」と言われちょっとがっかりしました。赤ちゃんも胎嚢もそのまま残っていると言われ、赤ちゃんは7mmまで縮んでいました。もっとひどい腹痛と出血が来ないと降りてこないと言われ怖くなりました。だったら持ってきた塊は何かと聞くと、ただの血の塊だと思うと言われました。病院の入り口に入る前、駐車場の車の中で、血の塊に旦那と共にお別れの挨拶したのかと思うとちょっと馬鹿みたく思えました。

その医師は手術も何も勧めてこないので手術した方がいいのか聞くと、「でも手術は希望されてないんですよね」と言われ、もうした方がいいのかと思い始めていたことを言うと黙られてしまいました。

「このまま待ってていつ頃降りてくるか分かりますか」と聞くと分からないと言われ、自然に待つのと手術どちらがいいか聞くと「うーん」て感じでその後どうすればいいかも何も言ってくれないし、このまま更に痛くなるのを待てって感じに思えました。医師違うので違う答えが返って来るかもと思い、子宮収縮剤は貰えないのか再度聞くとまだ流産が始まっていないので今の段階で渡すのは急に収縮させることになり危険だから渡せないと言われました。

手術で子供が男女どちらだったか分かるかという質問もしたのですが、分からないということでした。染色体の異常など子供が育たなかった理由は分かるかと聞いたら希望すれば検査は出来るみたいだが別途お金はかかると言ってました。

手術は全身麻酔か効いたらそうだと答えてきたので、痛いと聞いていたが全身麻酔なら痛くないのではないかと言うとそうだと答えるので院長が言ってた事と違うと思いました。手術は日帰りで、自然に流れるのを待つよりは痛くないと言ってました。

他にも、この先の流産を防ぐために夫婦の血液検査の事等を聞くと、詳しくは院長先生に相談してくださいと言われました。結局何も処置無しで1800円とられたので馬鹿らしいと思いました。本当はもうしばらく腹痛や出血が続きそうな気がして後日(6月3日が次の予約だったから)まで受診したくなかったのに電話で看護師が言うから受診したのにやっぱり何でもなかったじゃんと思いました。本当は6月3日までに降りてこなければもう手術決めようと思っていましたがまたそこで迷いました。
その後旦那と外食しに行ったりしましたが夜まで腹痛はひどくならずに、普段は別々の部屋で寝ているのにその日は珍しく旦那の部屋で布団に敷きマットを引いてもらい一緒に寝てしまいました。(いつも旦那が汗っかきのたため、じかに旦那の布団で寝ると湿っぽくて気持ち悪いため一緒に寝るときはマットを引いて貰っています。当然子作りするときもです)

その後一人で1時頃に目が覚めて自分の部屋に戻りました。それからしばらくして腹痛がひどくなり、出血もすごくて血の塊が何度か出ました。旦那が起きて傍にいてくれましたが、「大丈夫?」とか「頑張って」とか「耐えて」としか言わないのでムカついてきてあっちに行ってと言ったら本当に自分の部屋に帰ってしまい余計ムカッときました。本当は「痛いね」とか「代わってあげたい」とか「早く痛いの治まらないかな」とか言って欲しかった。玄関に行ってもう実家帰ると言ったら「ごめん、お願い寝てて」と言ってきて、そっからまた傍についててくれました。

酷い腹痛が続いてまた血の塊が降りてきそうだったのでトイレに行きしばらく踏ん張っていました。何度も血の塊がドボドボ出て、一度すごい量のレバーのような塊が降りてきて、旦那を呼んでビニール袋を持ってきて貰いました。ビニールの中に塊を入れ、それを見ていたら吐き気がしてきました。腹痛も酷かったけど、便秘っぽく感じてトイレでずっと気張ってたら油汗が出てきてそのうち腿のとこが汗でびっしょりになり、暑く感じたと思ったら寒さも出てきて手が痺れてきて気分が悪くなりぐったりしてふらつき体力も消耗していく気がしてこりゃ駄目だと思い最後の力を振り絞りトイレに着いた血を拭き取り手を洗って鏡を見たら顔色が悪く青白かったです。脱水症が起きているような気もしました。倒れこむような感じでなんとか自分の布団に戻りました。トイレットペーパーは一回のトイレで1ロール全部使い切りました。うんこと血とトイレットペーパーでトイレが詰まりそうだったので何度も流しながら結構長くトイレの中にいました。そのたびに便座が血で汚れて拭きながらまた気張っていましたが、同じ姿勢で気張っていたので気分が悪くなり手が痺れたんだろうと思います。お産で何時間も力んで体力が消耗していくのはこんな感じなのかなと思いました。

自分の部屋の布団に戻ってすぐ具合が回復するかと思いましたが、お腹は痛いままだし、どんどん手が痺れていき仕舞いには固くなって動かなくなっていく気がして、もう駄目だと思いました。旦那が何度かいつもの病院に電話するかと聞いてきてその度拒否していましたが、次第にやばくなっていくように感じ、救急車呼んでとかやっぱり呼ばなくていいとか言い出し、ついにやっぱり救急車呼んでと電話をかけさせました。

流産の悲しみはそれから恐怖に変わりました。私はこれまで手術というものをしたことがなく、その2文字が怖くて仕方ありませんでした。厳密に言えば流産手術(そうは手術)はメスなどで切ったりするわけではないのですが、ネットで検索して体験談を読むと精神的にも肉体的にもボロボロだの、手足を固定され動けないようにされ激痛が襲うだの、途中で麻酔が切れ地獄だの、手術失敗で取り残しがあり2回目の手術を余儀なくされただの子宮が癒着して子供を産めない身体になっただのそれはそれは怖い記事を目にするたび恐怖でどうにかなりそうでした。そのまま放って置くとかならず進行流産に移行し出血がひどくなりおなかも痛くなり自然流産になるとありましたが、完全流産出来るとは限らず医者から言われたのは10%の人くらいしか綺麗に完全流産出来ず、自然に待ったとしても結局手術しなければいけないから早い方がいいと言われました。

だけど私は奇跡が起こってなんとか子供がまた動き出してくれないかというのもあったし、器具で無理矢理かき出されるというのが忍びないと思ったし、その時はまだ出血も腹痛もなかったので本当に流産を実感してからでないと手術したくないということや、まだ人間という感じではないだろうけどこの目で出てきた子を一目見たいというのがあったので手術はなるだけしたくないというようなことを伝えました。もちろん怖いからというのもそれ以上にあったと思います。

医者は手術は私が納得いくまで無理強いはしないから診せにはきてと、それから1週間後、再度2週間後と予約を入れられました。

一週間後に行ったときはやっぱり赤ちゃんは成長していないし心拍も止まっているからもう諦めた方がいいと言われました。再び手術を勧められましたが、流産を人口的に起こさせるとネットで見た子宮収縮剤の薬の事を聞くと日本では無いと言われ12週前には出せないと言われました。自然流産を待つつもりで、母は自然に出たようだと伝えると、お母さんはもっと小さい時だったんじゃないかと言われ、貴方の場合は結構大きくなっているから自然に完全に出るというのは難しいと言われました。それでも私が粘っていたからか、無理に手術しろとは言わないし私が待つというのであれば好きなだけそうしてみたらいいんじゃないかと言われたので、自然に待って出血多量で死ぬ事はないか聞くとそこまでの血は出ないと言われました。手術は痛いか聞くと痛いよと言われ、自然流産の後でもカスは残ると言われたので残したままだとどうなるか聞いたら腐ったりして感染症にかかる恐れもあり母体には良くないと言われました。最初から手術と自然流産を待っての手術は結局身体的な負担は同じだと言われました。


そして私は後には結局手術をすることになるのですが、今思えば待ってよかったと思っています。ギリギリまで我慢し、もう子供が出掛かっていたため、子宮口を無理矢理広げる処置がいらなかったからです。前日などにラミナリアとかいう中で膨張していく物質を子宮に入れるのだそうですがそれが人によってはたまらず痛いらしく、それは麻酔をかけずに行うものなので私には最も心配な恐怖の一つでした。

結局次の日いつもの病院に行って流産確定宣告をされたわけですが、「出血してるよ、気付かなかった?!」と強い口調で言われました。前日の病院では出血はないと言われたし、下着も血液らしい汚れはないし全く気付きませんでしたが、茶色いような黄色いようなおりものならよく出ていたため、やっぱり止血剤を飲んでおけば良かったと後悔しました。

昔、似たような黄色っぽいおりものが出て産婦人科に行ったことがあり、その時はばい菌が入ったのでしょうと抗生剤を入れられてすぐ治ったため今回もそうなのかなと思っていました。おりものの事は前回医師に相談していましたが、「出血してる可能性があるから」と言われ、私が「ばい菌でも入ったんじゃないかと思ったんですけど」と言っても出血だと言い張り、「流産しないとも限らないんやから!!」とか「とにかく褒められたことではない」と強い口調で言われ、なんか嫌な気持ちになりました。そして会計でいきなり受け付けの女性から「お薬ですけど・・」と薬の説明を受け「は?なんの薬ですか?」と聞くと止血剤でした。それならそうと医師から止血剤出しておくからの一言くらい説明あってもよくないですか?そのときも嫌な気分になり、なるべく下手に薬を飲みたくなかった私は「血が出てなければ飲まなくていいですか?」と何回も看護師に聞いていました。別の病院から貰った止血剤もあったため、いったんは返却しようとしましたが念のため一応貰っておきました。でも飲むことはありませんでした。

少し前に出血があったとき心配になって別の病院に行ったのですが(5月1日の記事を参照してください)そのときに「中からは出血してないようだから大丈夫だよ。処女膜がだいぶ残ってるからそれが切れたんでしょう」というようなことを言われたので、安心していました。そのときにこれは流産止めの薬でもあるから飲んでも大丈夫と言われ止血剤を出されたのですが、鮮やかなオレンジ色の入ったカプセルを見てどうも飲む気がせず飲んでいませんでした。お腹も痛くもかゆくも無かったし。でも今思えばそのときから飲んでおけば結果は違ったかも・・・とふと思うことがあります。

それからいろんなインターネットで流産に関するいろんな記事を読み漁りました。朝から晩まで一日中何日間かそれを主流に過ごしていました。なかなか話す気は起こりませんでしたが、いつかは言わないといけないことだし、孫が出来るのを楽しみにしてたであろう母に電話しました。それまで私が流産が心配だと母に話したことがあったのですが、「大丈夫や~」とあんたは心配しすぎだくらいの事を言われてていたため、「ほら!だからやっぱり高齢出産は流産が心配って言ってたやろう」と少し責めるように言ってしまいました。母も大変驚きがっかりしていました。電話を切った後は過呼吸になるくらい泣きました。過呼吸ってよくテレビでは見ていたけどこんなんのかとどこか他人を見るような感じで自分のことを客観的に思っていました。涙には塩分が含まれているせいか敏感肌の私は目の周りが赤く腫れ上がってしまいました。流産が確定してからはしばらくは泣く日々が続きました。旦那も同じでした。子供だけが希望の光だったのにと後はもう廃人のように生きるしかないのかとさえ思えました。生理ももう来ないかもしれないし、最後の妊娠だったかもしれないと。


妊娠発覚の少し前から派遣で働き始めていた(妊娠発覚と同時に仕事は辞めました)のですが、そこで重いものを持ったり精神的にも肉体的にも少しきつい思いをしたのでそれが良くなかったのかなとか、その頃甥っ子に郵送で入学祝いを贈ったのですが妹から「非常に不快に感じました。一生関わらないで下さい」とのメッセージと共に郵送で突き返されてきて自暴自棄になり旦那ともそれが原因で喧嘩し家を飛び出して自殺しようかと考えと寒い中一人で車の中でじっとしてたのが良くなかったのかなどいろいろ考えました。自殺騒動は結局妊娠によって助けられたようなものでした。喧嘩して家を飛び出しコンビニに車を停め、妹にメールを送りました。「いままで悪い姉だったですね。私はもう死にますのでこの先関わることもないと思うので安心してください。お幸せに」という内容でした。(本当に悪い姉だったと反省したわけではなく私が死んで思い存分後悔すればいいという仕返しに似たような気持ちでした)

返信も電話もくることはありませんでした。(後で母に聞いたのですが、妹は「私には関係ない」と言っていたそうです。そして私の性格を見抜いてか「死なないと思うよ」と言っていたそうです)

そのとき冷たい海の中に入っていって死のうと思ったのですが、数日前から自分が妊娠しているのではないかという確率半々くらいの予感があったのでもしそこのコンビニのトイレに入って生理が来ていたら死のう、でももしまだだったら赤ちゃんが出来た可能性があるので死なせたら可哀想だから生きようと決めて入りました。そのときはかなり生理が遅れていて、もういつきてもおかしくない状態でした。結果、生理がなかったので後で私はこの子が私を生かせてくれたんだと思いました。

妹と仲直りをしている夢はいつも現実と区別がつかないような感じで非常にリアルです。今のアパートで旦那と住み始めてからもう20回以上はパターンを変えて仲直りしている夢をみました。「その度にあー良かった」と思うのですが、目が覚めると現実に引き戻されます。

妹は私だけでなく最近ではとうとう母にも愛想をつかしたようで家族全員と絶縁状態になっています。それまで実家には毎年3回は帰っていたのに(結婚してからの10年以上です)、ある事がきっかけで喧嘩してからはもう1年半以上帰っていません。姿も見せません。旦那さんや甥も顔を見ていません。

私だけならいざ知らず、両親はもう年老いてこの先何年生きられるか分からないというのにもし亡くなったとしたら両方が非常に悲しいと思うのです。それでも母だけはつい最近まで妹と交流があり県外の妹宅へ遊びに呼ばれたりもしていたので、もう来なくていいと言われてから数ヶ月ですが、父は孫にも合わせてもらっていません。

私はこんな冷たい人間だったのかと腹も立ちますが、それでも未だに定期的に妹と仲直りをしている夢を見ている自分が悲しいです。

前回更新からまただいぶ間が空きました。

書きたかったのだけど、精神的になかなか書けませんでした。

結論から言うと、結局子供は流産してしまいました。


その日は10週目の検診でした。自分はそう思っていたのですが、初めてで週数の数え方がよく分からず後で9週目だったことを知りました。医者が勘違いしているんだと思っていました。

2週間に一度くらいの割合で検診に行っていたのですが前回も元気に動いていたため安心しきっていました。

以前「8~9週は繋留流産に注意」とあったのをネットで見たのですが、自分はもう10週だし心拍も確認出来たしもう大丈夫だわと思っていました。

なのでその数日前などはずっと我慢していた少しだけ遠出のドライブ等にも行ってしまいました。

何が悪かったのかは分かりません。後で色々調べたり医者に聞いた限りでは12週未満くらいの初期流産の殆どは染色体異常であって母体側の原因では無く防ぎようがないということでした。

いつも検診に行っていた病院は最初からちょっと医師に対しての不信感がありました。ちょっと偉そうというか、少し突っ込んだことを聞いたりすると言葉が横柄になるとこがありました。あと、内診も少し乱暴に感じていました。(最初の検診はとても痛かったです)

途中、ちょっと転院を考えネットで調べて「内診が全然痛くないし先生が優しい」というのを見てそちらに行ったりもしたのですが、確かにその通りだったのですが、建物も小さく医療機器等の設備も古くてそれはそれで心配になったので結局悩んだ末、元の病院に通い続けていました。

明後日がそこの検診予約日になっていた日、別の総合病院に無痛分娩の話を聞きに行ってきました。そこの総合病院はネットで調べた限り県内唯一無痛分娩を扱っているところでした。ついでに検診も受けますかと言われたので、看護婦さんが良い感じだったのでもう転院するつもりで承諾しました。

最初医師の問診からだったのですが、結局麻酔科医で無痛分娩が出来る医師は一人しかいなくてその人じゃないと詳しい話が聞けないようで希望であれば別の曜日にまた来るように言われました。

しょうがないので簡単な説明書だけをもらい、妊婦検診に移りました。

そこで、医師が「あれ?おかしいな・・・」と。

いつも行っている病院では自分もエコーがカーテン越しにもう一台あり、医師が見ているエコー画像と同じものを自分も見れたのですが、そこの総合病院では医師だけが見れるシステムでした。

「本当に今9週?」と聞かれました。

私が「はい」と言うと、「おかしいな・・・。心拍が確認出来ないし、7週の大きさしかないよ」と言われました。一瞬何が起こっているのか分かりませんでした。

「それってもしかして流産・・?」と頭をよぎりましたが、その時は医師もはっきり言わずちょっと後で話しましょうととりあえず診察台を降りるよう言われました。

元の場所に戻るといっしょに聞いていた看護師(年配の女性)がいたので、思い切って「流産ですかね?」と聞くと黙って頷かれました。後で分かったのですが、私ははっきりした日時はわかりませんが繋留流産していたようです。

その時はもうショックというよりは、状況が飲み込めず唖然とした感じでした。涙も出ませんでした。

「この後ってどうなりますか?」と聞くと「手術になります」と言うので「手術は痛いですか」と聞くと、なんか哀れむような感じでまた黙って頷かれました。その後も心拍が再び戻る事はないかなど、医師が来るまでその看護師に質問攻めにしていました。

まだ信じたくないのもありました。

医師からはとりあえず大きさの比較が出来ないので出来るだけ早くいつも行っていた病院で確認して貰うようにと促されました。流産だった場合は手術はどこでしても一緒だから個人病院の方が日帰りで終わるからとやはり元の病院でついでに手術を受けたほうが良いようにも言われました。そこの総合病院では一日入院になるそうなので。

私はもうショックなのと恐怖なのとでいたたまれないような感じでしたが、付き添いで待っていてくれた旦那をみつけ、すぐに事の顛末を報告しました。旦那は非常にショックを受けたらしく、トイレに行ってくると言い席を立ちましたが泣いていたようでした。この日二人とも朝から何も食べていなかったので、食欲が湧かないと言った旦那をひっぱって病院内にある喫茶で食事をとりました(とらせました)。

旦那は午後から仕事だったので、私その後一人で銀行や買い物などに行きましたが、歩いている最中もこの世の終わりのように沈んでいました。お店で出産祝いのカードが見えたり子連れの若い夫婦や女性などを見るにつけ辛くなりました。

夜はなんか食べる気がしませんでしたが妊娠中はたびたび死にそうな空腹が襲ってきていたのでそれを恐れて買った寿司やパンを腐ると嫌なので無理に食べました。テレビをつけても面白く感じませんでした。この日の朝は上原美優の自殺でびっくりしたものでしたがまさか自分の子まで死んでいるとは思いませんでした。

茶碗を洗ったり明日元の病院に行かないといけないと思いそれに備えてお風呂にも入りたかったですが、疲れたのもあり、現実を見たくないのもあり寝てしまいました。でも夜中に2、3回目が覚めたので眠りは浅かったかもしれません。

一つ前の4月の記事は5月になったばかりの今日アップしたものです。心拍確認出来るまではなんか無かった事になったら嫌で怖くてずっと下書きに保存していました。あの時は7週目と書いてありましたが昨日の検診で貰った書類に7週目と書かれていたので私の勘違いだったのでしょう。私は今日で9週目に入ったと思っていました。
赤ちゃんは無事育っているようで前エコーで見た時より大きくなっていました。
一週間ほど前にうっすらした出血が少しあり、心配になって違う病院に診て貰いに行ったのですがその時既に心拍確認出来て、昨日の検診でもちゃんと動いていると言われたのでホッとしました。
今度人生初の母子手帳を取りに行きます。
今は無料で検診を受けられる券も貰えるみたいだし、出産一時金も出るようだし、有り難いですね。不妊治療と合わせて百万くらいの出費は覚悟していたので大分助かります。
夫が安月給の為、微々たる貯金に手をつけてしまっては路頭に迷いかねないと、いまだ新婚旅行も結婚式も結婚指輪も見送ってるくらいなので。
当然婚約指輪なんてのも貰ってはいませんし、結納金も夫の両親からのお祝いもびた一文貰ってません。

しばらく更新しないうちにいろんな事がありました。追ってアップしていこうと思っていますが中でも特筆すべきは人生で初めて妊娠したことです。ぶっちゃけると私は実は今41歳です。常々望んではいましたが、まさかこの年で不妊治療抜きで妊娠するとは思いませんでした。
とは言え現在まだ7週目に突入したとこで心拍すら確認出来ていません。妊娠したとは言えこの時期は防ぎようのない流産もあるらしく、手放しでは喜べない状況にいます。自分の年齢から言ってもこの先幾多の困難が待ち受けていることは容易に想像出来ます。
しかし、ほぼ0%に等しいと考えていた兎年の子供に今年中に会える可能性が出て来た事はなんとも恐怖すら感じますが素直に嬉しくもあります。


今日旦那が再び泌尿器科に行きました。

精子を5日間溜めた後に採取して検査ということだったので、今日がその5日目であり会社も休みであったので午前中になんとか頑張って貰い運よく採取出来たため泌尿器科に持っていきました。

前回まで5回とも出なかったため、私も旦那も今日も出ないかもしれないという不安や焦りがあったので心配でしたが今日は旦那が部屋の戸を閉めたほんの5~10分ほどで出てきたため、「今日は大丈夫だったんだ!」と一瞬思っていたら、案の定旦那が得意そうに「出たよ」と言ってました。1時間ほど頑張っても出ないときもあったのに、「なんで?!」と聞くと、「まあ、本気出せばこんなもんさ」的なことをいうので、「どうやってやったの?」と聞いたら最初「内緒」と言われたけど、結局メイドのエロ本を見て出した事を白状しました。

「ほら、私の身体を想像すれば出来るとか前言ってたけど、やっぱり若い娘のエロ本の方が効果あったやろ?」と言うと、「うん」と言ってました。

ご飯食べたすぐだったのでちょっと気持ち悪かったけど、「吐くかもしれんけど出たのみせて」と言ったら透明なシャーレの中を見せてくれました。やっぱり量は少なめに見えたのでちょっと不安でしたがとりあえずドロッとした塊が見えていたのでこれで検査は出来るなと思いました。


そして、肝心の検査結果ですが、結論から言うと「全く問題無し」という結果だったようです。どうやら無精子症とか私のとりこし苦労だったようです。精液の量自体は少し少ないと言われたようですが、質は問題ないらしく、精子の数は一億も確認出来たようです。動きも問題ないそうです。充分妊娠可能という結果らしいです。

私は家で待っていたのですが、それを聞いてとりあえずホッとしました。旦那も安心したようでした。無精子症であれば、最悪、精巣を手術したり、私も卵子を取り出さないといけなかったりしてお互いの身体に相当負担がかかるため、費用のことも含め、そこまで犠牲に出来るかという思いもありました。

でも、これで普通の人口受精が出来る気がしてきました。

勢いで今日これから午後からも産婦人科に二人で行く事にしましたが、行こうと思っていた不妊専門の病院は完全予約制と知り今からじゃちょっと無理かもしれません。旦那の仕事がまだ平日に休みがあるのが助かってますが、あと平日休みを2回逃すともう2週間くらいないため困ります。


実は昨日は精神的にとても病んでいて、母親からたまたま電話がかかって来なかったら、どこか遠くへ一人で消えたい衝動に駆られていました。ちょっとしばらく喋れもしない状態だったので母親が心配して実家に連れて帰ろうかと言っていたくらいでした。

とにかく昨日まで精神的に落ちっぱなしだったので、これでようやくまたちょっと明るい陽射しが見えてきた感じです。この先もいろんな困難が待ち受けているとは思いますが、やれるだけ頑張ろうと思っています。