血液型が違うように、人はそれぞれ速さのちがう時計を持っているような気がする。

私の時計は、少しゆっくり動いているのだと思う。カタツムリみたいな時間感覚を持っている者が、一年に一度しか咲かない花などを相手に、静かな山間の村に住んでいるのだから、時計は遅れるいっぽうである。

  

(《花の詩画集》速さのちがう時計 より)


これは、星野富弘さんという方の詩画集の中にある「速さのちがう時計」というタイトルで書かれたエッセイの一節です。


星野さんは中学教師になって間もなく、不慮の事故で手足の自由を失い、9年間入院しました。その時から口に筆をくわえて詩や絵をかきはじめたそうです。


星野さんの時計はゆっくりしている

そうですが、それは事故に遭って

そうなったわけではなく

もともとそういった性格だったのだ、と

自身で語られています。


周囲とうまくやっていけないので

仕方なく、一人でのろのろとやっていた

そうも言っています。


意識して選んだ訳ではないけれど

得意なスポーツを活かして選んだのが

陸上競技や、器械体操、登山

どれも1人でやるものばかりだったそうです。

選手としては失格だったけれど、

1人ならば、追われることも、

追いつかなければならないことも、

比較的少なくてすむ。


そういった話は、私も誰かが

打ち明けるように話してくれたのを

覚えています。


 "temet nosce"

という言葉があります。

ラテン語で、意味は「汝自身を知れ」

といいます。


教会の入り口によくかかれている

そうです。


今の社会は、とても早い。

自分が何者なのかを考える間も

与えようともせず

思考力だの、コミュニケーション力の

促進することを企てようとします。


自分で、自分のことを承知できないうちに

考えを述べることが

果たしてできるのでしょうか。


子どもですから、完全に把握する

大人になったって、これは一生の課題かも

しれませんが

何者なのか、その認識は朧げで

拙いものかもしれませんが


他者と交わる前には

自身を受け入れることが

どう考えても必要不可欠な事項だと

思われないでしょうか。


飛躍しますが、もし

その自分に苦手なものがあったとします

とても特徴的で、何故そうなのかが

自分でも分からない。

マニュアルがあっても

その通りにはできず、

練習をしてどうなるものでもなく

休めたからといって癒えるものでもない

辛いことですよね、とても悔しいです。

意欲は誰にも負けないくらい

あるんです。


ここで立ち戻ってみてもらいたいんです。

ひとは誰もが速さのちがう時計を持っている

ということを。

焦ると本領が発揮できないのと

同じように

リラックスして、マイペースになることを

心掛けることが必要です。


そして、自身を知ることに集中するんです。

自分はどうゆうことが出来るだろうか

出来そうだろうか。

役に立てそうだろうか。

他の人と同じ方法では

出来ないかもしれないけれど

必ずあります。

あなただけが持っている方法が。

それは誰も真似は出来ないものです。


ですから、真剣に探してみて下さい。

他の人と同じことをしようとしないで。

途端に失格とされてしまいます。笑


周りの人も、そういった人がいたら

応援してください。

彼だけが出来ることが見つかってからの

姿に驚嘆を隠せないはずです。


多様性を認める、というのならば

それを全ての人が実行するのです。

認める側と認められる側が

自分の中に存在する事を感じてください。

そうしてこの社会に身を置いてください。

そのくらいのことです。


全ての人が目覚める世界の入口にもまた

きっと書いてあるはずです。


 "temet nosce"

「汝自身を知れ」



今日もいい一日を