子育て本などに書いてあります

子どもは親とは違う人格だということを

親が理解していることが大切なことだと。


ともすると、親は子供に

自分と同じ経験をしてしまうのではないか

同じ過ちを犯すことはないよう

そう先回りして考えてしまうところは

ないでしょうか。

私自身も、正直あって

途中で我に返ります。

このことを知っているおかげです。


視点を変えてみることが

いかに大切なことかと思います。

本当に、そうやってみると

我が子が自らの力を発揮して

乗り越えようとしている姿が

顕れてくるものなんです。


そんな我が子を、誇らしく思えるし

信じて見守ることができるように

なります。

子育ては、いかに親の価値観を

押し付けないか、具体的に言うと

口を出さず、手を加えず

見守ることができるかということです。

経験のある方は、意外と難しいと

思うはずです。

でも挑戦してみてください。


育てているあなたと、子どものために。

きっと新しい、あなたとお子さんだけの

コミュニケーションの形が出来てくるはず

です。


余談ですが、海外では

6歳くらいになると

子供に部屋をあてがい、

自立を促すようなことを

しているというようなことを

聞いたことがあるのですが

今もそうなんでしょうか。


私個人の感想としては、

物理的に全くお互いが見えない状態に

してしまうのは、始める年齢が早いのでは

と思います。

まだ心の発達としての観点からみると

はっきりと自我をもってはおらず

包まれている状態ですから

親が子どもの様子をつぶさにみながら

コミュニケーションをとって

子どもを支援すること

また、親も理解を深め、親としての自覚を

より明確にして親もまた学びを深めることが

大切なのではないでしょうか。


子はかすがい、という言葉があります。

いろんな解釈の仕方がありますが

私としては、子どもも家族というコミュニティを構成する一員として存在するという

認識の上に考えると、

夫婦の間だけで、過程の中の問題を解決

するべきではない、子どものことも考えると

夫婦の間のいざこざだけで

コミュニティを解体してしまうというのは

話が違ってくるのではないか

という解釈をしています。

もちろん、その子どもは

まだ話すことのできない赤ちゃんだったり

大人のように成熟していない

かもしれませんが、例えば自分の意見を言う

などはできないかもしれませんが

コミュニティの一員として、子どもの存在を

両親が認識することは大切なことだと

思うのです。その上で何が一番最良の選択かということを考える。


その時の材料として、日頃からの

親子のコミュニケーションや

お互いについての好奇心が必要なんだと

私は思います。


最近は、子ども部屋があっても

リビングで勉強している子どもの

話を聞きますが、そういったことから

みても、タイミングというのを

少し考えてもいいのでは

6歳くらいのタイミングが

なんの根拠があるのか未だ不明なんですが

そう思います。


そして、本題に入りたいと

思うのですが、

今申し上げたこととは

シチュエーションから全く逆のことを

お話しすることになります。

最後までお付き合いいただければ

幸いです。


その②に続きます。