母親になり、子育てをしている
日々をふりかえって
自分の人生をもういちど
生きなおしているようだ
といった人がいます。
テレビに映った彼女の表情を
観ながら
まだ育てたことがない
私は、ほーなんか哲学的な。
子育てってそうゆうものなのかぁ
少しいいなぁ、いいものなんだなぁ
と、思ったものです。
そして実際にこの身で体験した今
あの時の彼女の言葉が
どれだけの想いがこめられていたのか
時に挫けそうになりながら
また別の時には励まされながら
思い通りにいかない、この人生の深みを
まるで糸を紡ぐようにして
自分にもたらされた生を
新しい母親としての生も含めて
営んできました。
私と私の息子とでは
血は繋がってはいるけれど
同じ遺伝子を持ってはいるけれど
同じ人間ではいるけれど
違うことがたくさんあります。
そのひとつは、生まれた環境です。
環境は、時代や社会ともいえますが
私の生まれ育った環境は
ざっくりいうとベビーブーム、
相対評価の時代でした。
インターネットはまだ普及しておらず
情報が少ない時代でもありました。
学校においては、事あるごとに
トラックを行進させられ
今思えば、協調のカケラもない
統率という指導方法でしたが
全員が行進を終え教室に戻るまで
足踏みをしていたあれに
何の意味があったのか、
なにかはもたらしたのかもしれませんが。
通信簿、息子の学校は通信表と
言い方が変わりましたが
唯一、母親が学校生活について知り得る
書類でした。
私は大人しく、これといった問題は
おこさなかったので
とにかく毎日、学校に行っていることが
両親にとっては意味のあることでした。
先生の言っていることは正しく、
絶対でした。
例えば、その通信簿にある備考欄のような
フリースペース(項目名は忘れました)
には、担任の先生が何かコメントを入れよう
ものなら
それが、私の性格や行動についての
もので、家庭での指導的なものを
示唆するものであったときには
私の言い分や、気持ちなどを
聞いてくれるなどは全くなく
躾の材料が出来たとばかりに
責められたのでした。
もう最悪でした。思い出すと
恨めしい代物です。
先生から、こんな風に思われていたなんて
(先生はそのつもりは
なかったかもしれませんが)
母親に叱られながら聞いていたものですから
今見返したら違う印象を受けるかも
しれませんが、
まだ自立しきっていない子供には
とてもショックなことでした。
時代が時代だから
と、片付けたくなりますが
では今の時代、息子の時代は
どうなんでしょうか。
統率ではなく、協調や多様性や
個性を尊重するなどの言葉が
当たり前に話されるようになり
いろいろな情報を得ることができるように
なって、身近に存在するものに
翻弄されることは少なくなっては
きているでしょうか。
「想像したものは全て実現可能である」
といったような言葉がありますが
確かにそうゆう側面はなくはないです。
問題なのは、想像できるかどうか。
なんです。
漠然としたものではなく
鮮明に、確固とした信念をもって
想像できるか、ということなんです。
私は、息子を育てるにあたって
まず自分のような目にあわせたくない
そう思いました。
両親には感謝してます、もちろん。
彼らは出来る精一杯のことを
私にしてくれたのだ、と思います。
でもそれがどうだったのか、というのは
受けた私が判断するものです。
ですから、私は利用できるもの
私の記憶や、情報をフルに使って
私もまた、私に出来ることをしてきました。
両親と違うところは、
どんな時も息子のことを尊重したことです。
信じること、難しいことでしたが
今も足元がぐらつくことはありますが
彼の、子どもの本性を知ることが必要だと
思い学び、
信じて見守ることをまた学びました。
皆さんもいろいろな経験があったように
私にも、いつの間にか
平地だったところに
人生経験といわれる山ができ
ここに至るまでの途方もなく
遠回りしたような道のりを
もっと言うと、無知であった愚かな
自分たちが辿った道のりを
断固として通りたくない。
そう思わせる程、私もいろいろ翻弄され
蝕まれる思いを時にしながら
新しい真っさらな状態の息子を迎えたのです。
生まれた彼は言葉がなかった故に
神々しかった。
彼の心の持ちようがストレートに顕れ
私たちはそれに感動したものです。
どんなことがあっても変わって欲しくない
彼たる所以のその原石を
大切に育てようと思いました。
ですから
息子の特性が強くでたときも
不登校となったときも
そのことに捉われる場合ではなく
では何をすべきなのか、を考えました。
麹町中学校の校長をされている
工藤 勇一先生の「非常識な教え」の中で
読みましたが
「積極的コーピング」というものだそうです。
主体的に問題を解決する姿勢のことを
指します。
言われて、自分のしてきたことは
正にこのことだ、と。
自慢とかそういったことではなく
なかなか長続きしない私が
諦めずにやり続けた数少ないことの
ひとつだったので、腑に落ちたといいますか。ただ、そうゆう見方もあるんだと
いうだけです。
ただ、同じように悩んでいる方に
一緒に(親密になるという意味ではなく)
前に進むことを選択してほしい
そう思います、子どものために。
まず自分が何に悩んでいるかを洗い出します。
次に自分が解決できることと、できな
いことをわける。
そして、できることに関しては順番をつけて課題解決していきます。
自分では解決できないことは、他者に働きかけます。
ここで相談の仕方にも方法があります。
相談すれば、誰でもいいというものではないからです。問題を解決できる人に相 談すること、つまり相手を見分けることが大事なのです。
その上で、知らない人であれ ば、知人に紹介してもらうなどのアプローチをとります。
(「非常識な教え」から一部抜粋)
このブログ、まだ話の途中で
書ききれていませんが、
問題解決に集中すること、何があっても。
想像していることが実現されるまで
断固として諦めない。
それは貫いているつもりです。
工藤勇一 先生にも、きっと
想像しているものがあると思います。
それはとても大きなもので、
彼の目指しているものが実現できるよう
私も心から願っています。
できることがあれば応援したいとも思います。
工藤先生の話を読んで
勿論、いろいろな意見が出てくると思います。
それは現実的な問題として難しい
といったことなど、もあります。
でも私はこう思います。
その人の行動から何を学ぶことができるか。
方法ですか?そのまま真似をすることですか?
同じ環境であるはずかないので
そのまま真似をすることなど
それが素晴らしい方法であっても
当てはまらなかったら機能しませんよね。
独りよがりもいいところです。
なにをどうしたいのか、その思考は
受け取ることができます。
学ぶことができます。
それでもって自分のいる場所で、
やるべきこと、できることに
行動に移すことができます。
それが受け取れていれば、不安は
ありません。
積極的コーピングの話のように
分からなくなったら、それを認めて
然るべき人に相談すればいいのです。
いろいろな場所で、
いろいろな言葉を使って
1人でも多くの人に伝わるように
工藤先生は活動されています。
先生の本気と、熱量に動かされている人も
着々と増えています。
常識という足枷を
ひとつ残らず、一旦取り除いて
先生のいう、非常識
私には良識ある教えだと思いますが
先生の言葉に耳を傾けてみてもらいたい
どんな子どもを育てたいのか
子どもにどんな人間になってもらいたいのか
そこに立ち戻って考えて欲しい、と
私は願ってやみません。
長くなりました。
今日もお付き合いいただき
ありがとうございます。