子育てをしているとき

子供を育てている自分を

振り返ることがあります


こんなこと言うの、私。とか

あのことがいま思い出されてくるの?とか

こんなことしたくなっちゃうんだ。とか


子供の親になって

いろいろ変わる自分と

周りの環境に

違和感等々、反応してしまうんです。


当たり前でしょ、という声が

聞こえてきそうなんですが

そして私も結局、いろいろ考えても

そこにまた辿り着くわけなんですが


一旦、

当たり前、のリミッターを外して

子どもを育てている、この状況に

感じたことなど書いていきたいと思います。

また長くなるかもしれないけれど

良かったらお付き合いください。笑


子育てを始めて12年

職人でいったら、やっと様になってきた

くらいの年数になるんでしょうか。


きっかけは子供を授かったこと

(当然ですけど)


子供を授かるということ

親になるということ

家族が増えるということ


子供の頃に思い描いたことは

なくはないけれど

実際、当事者になってみると

2次元の世界と3次元の世界の違いくらい

オーセンティックな現実は

いろんな物事を変えていきました。


まず、私の生活が変わります

仕事も、目指していた夢についても

一考する必要が出てきました。

自分の親が急におばあちゃんの顔になり

義理の両親や親戚との距離が縮まりました


そして自分の身体。

それまでは育てられたこと

身体の育ちに任せて

放ったらかしのようにしていた

気の毒な身体でしたが


どうなるのか予測ができず

初めて妊婦(自分の身体)について

調べ始めました。

(せっかちなんです)


また、独りになりたい時とか

自分の勝手でやりたい放題する

とか、できなくなりました。

正に、1人の身体ではなくなったから。


普段、私たちは

社会の中にいながらも

自分の中に籠っているところが

あると思います。

大人になると、その出入りが

本人の意志に任され、

籠ったままでもいいし

外に出て行ってもいい。

何をやっても

結果は全部自分に返ってくるだけで

どうとでもなる世界にいます。


でも、人の親になるとそうはいかない。

それが良いのかどうなのか。

言えるのは、それが自分に

このタイミングで

巡ってきたということです。


どうとりますか?

どう受け止めますか?


正直なことを申し上げると

妊娠してからずっと

私は、ちゃんと出産できるかどうか

ばかり考えていました。


胎教とかベビー服を作ってみる
とかいった余裕は全くなく

毎日1時間の散歩や
食事管理、体重チェック
なんかアスリートみたいな生活をしてました。
それでも体重が増え続けるし
便秘は治らないし(私は干し芋が効きました)
足がむくんじゃってサリーちゃんみたいな
象足になるし

そんな私に病院の先生がろくに検査もしないで
自分の奥さんが妊娠中毒症になった話を
しだして脅すし
(今では妊娠高血圧症候群というんですよね)
なんだか分からないけど不安!
なんですよ、妊娠中の女性は。
世の男性に声を大にして言いたい。
妊婦になった奥さんを労ってね‼︎

がしかし、3人産んだ友人からの
サッパリとしたひとこと
病気じゃないんだから。
あとはもう、産むしかないでしょ。
ガチャ。ツーツー(電話が切れる音)

だって初めてなんだもん。
弱音も出ちゃうよ。ねーさー

でも産むしかない、って言ってもらえて
その気になりやすい私は
あとはもう自分の力を出し切るだけ
という、これまた試合前のアスリートの
ような境地になり出産に臨むことが
できました。笑

結果的に、13kg増(増えすぎ)の割に
産まれた息子の体重は2,700gという、
骨盤の形が難産形と言われていた
私にはちょうどいいサイズで
産まれてきてくれました。

ちょっと私の妊婦時代の話が
長くなってしまったのですが


生まれてきた自分の子供を
他の事は一切考えずに
よく見てもらいたいのです。
どんな風に見えますか?

頭は大きく
両手は胸の前で
グッと握られ
両の足はおへその方まで
もちあがって
羊水の中にいたときのように
カラダを丸くしています
目を閉じています
まだ濡れていています
小さい鼻、爪
こんなに小さいのにちゃんと爪!
と、驚きました。
それくらい人間としての自分のことが
わかっていませんでした。



生まれたばかりの小さな人は

持てるものは残さず携えてくるけれど

まだ何もかも不完全な状態で

ほとんど何もできない状態で

あなたの元にやってくる。


私たちは、幼児健忘症というそうですが

その頃の記憶がありません。

覚えていたら、少しは子育てのヒントに

なったのに(かどうかは分かりませんが)

何を感じ、何を思い、何をしてもらいたいのか

小さい人のことがほとんど分からない。

全てを持っているのに

使い方を知らない、小さい人


赤ちゃんが無防備に見えるのは

大人にはない特別な能力を

発揮しているからです。

なんにもできない、のではなく

まず生まれてから必要なこと

自己形成と世界を掌握するために

自己を無制限に開き、身を委ねる能力を

発揮して、学習と活動に集中しているのです。


それは全幅の信頼がないとできません。

世界への信頼、他者への信頼、

そして自己への信頼

活動と知覚によって把握している

様子は動物的です。

私たちが赤ちゃんを前にすると

善そのもののような存在感に

言葉を失うくらいの驚きと

これ以上はないくらい懐柔されてる自分

にまた驚くのですが


このような相手に出会うことは

まず滅多にありませんよね

全幅の信頼を寄せられること

全肯定をしてくれる存在です


なにもできない訳ではありません

私たちは彼らから受け取っているんです


あなたは愛されて育てられたと

感じていますか?

そうしたら、その愛を

新しい生命へと引き継いであげてください


残念ながら、自分が求めていたような

愛され方をされなかったひとも

あなたでそれを終わりにしてあげてください

あなたの愛し方で充分です

今からはじめていいのです

あなたの前にいる小さい人は

あなたしか知らないのだから。


家族という

その小さなコミュニティの中では

近づいたり遠ざかったりしながら

価値観の違う人同士が

家族という形を編み上げていきます


子どもを育てるのは

本当に、お母さんひとりでは大変です

無理だ、と思うことは恥ずかしいこと

ではありません。


私の場合は、母に言われるまで

実家に里帰りしていましたし

子育てをしている自分をアゲるために

暮らしの手帖や天然生活なんかの雑誌や

スタイリストさんの子育て本なんかを

読んでいました。

今の生活もそう悪いものじゃない、って

思えるようにしてたのかな。


ひとりで頑張らなくていいんですよ

家族にいなかったら、他を探せばいい

保健センターにいる保健師さんの方が

話しやすかったりします

あと行政の制度で利用できるものがあるか

調べたり

同じような体験をした人が受け止めてくれるかもしれない。


なにより、あなたが始めた

この旅の新たなはじまりは

不用意にもたらされたものではなく

あなただから与えられたものなんだと

感じてみてほしい

傍らには、小さい人がいます

あなたの鏡であり、愛そのものであり

理解者なんです。


どうするかは、あなた次第

いつでもあなたは自由なんです。


か弱く、善そのもののような

小さい人と、

あなたは一緒に旅を始めたんです。

なにを目指して?

生きている人全員の目的は一緒です

その旅に小さい人も行くことにしたのです

私たちの旅は引き継がれ

終わりがないのです


旅を続けましょう

勇気と覚悟と知恵を

携えて


愛を見つけるかもしれない

生命の重さを感じるかもしれない

自分を、または他人を許すということが

できるかもしれない

そして自分が生まれてきた意味を

知るかもしれない


最初はなにもできない小さい人なのに

私たちは彼らから沢山のことを

教えてもらえるはずです


本当にこの世界はいろんなことがある

子どもを育てることも

あなたの新しいフェーズなんです。



すべての小さい人のお母さんに

またはお父さんに




次は、我が家の近況の話に

戻りたいと思います。


お読みいただき、ありがとうございます。