こんにちは。

やりたいことは全部やりきる母

しまちゃんですスター

 

今日は私はこんな人だよということを書いていきます。

 

 

私は、全女性が自分のやりたいことを

誰か、何かのせいで出来ないことをなくしたいと本気で考えています

 

 

そう考えたきっかけは過去を話すことで

より伝わりやすい気がしますので見てみてくださいニコニコ

 

 

私は、3人きょうだいの長女として生まれました。

きょうだいとは2個ずつしか離れていなかったのと、共働き自営業の親の元に生まれたので

ちゃんとしなきゃっという姉の役割を一生懸命にしていました。

(今考えるとね、その時は当たり前だと思っていた)

 

 

そこからは、あまり勉強好きじゃなかったから

早く就職しようとして

商業高校で、簿記を学んでみたり

 

 

高校卒業を前にして、父のような料理人になりたくて

調理師学校に通ったり

 

 

離婚を考えたときに手に職をつけようと准看護師になったりと

紆余曲折してきました。

 

 

いろんなことに興味があったらすぐにやってみたいと思ってやってきた人生でしたスター

 

 

こう書いていくと、なんか人生自分でやりきっていると思いません?

 

でもね、これは私の挫折記録だと最近まで考えていました。

 

 

なぜかというと、、、、

 

 

だって継続できてないやん!

そう考えていた。

 

 

それが、180度考え方が変わったのが

私の中では離婚でした。

 

 

小さいころから、結婚するまでは

割とやりたいことをやっていました。

 

 

でも、やっぱり学校の中、社会に出てからも人と関わるし

我慢したり、いい人ぶったりいろいろしてたなって思う泣くうさぎ

 

さらに結婚してからがひどくて、議両親が男尊女卑ってこんなもんでしょっていう

お手本みたいな家でした。

 

そこに嫁いだから、もう大変!

割と最初は、わからなかったから

(私の家は、父が優しかったから)

いろいろと戦ったのよ!

 

そしたら、全員からほぼ無視されるようになったガーン

同居ではなかったのが救いだけど

こころが死んでいく感じがしてしんどかった。

 

そこで、市の職員さんから

「お母さんが笑ってないと子どもは笑わないよ」って言われて

家を出た。

 

4年半の別居を経て、離婚できた。

途中本当にしんどかったよ。

 

 

でもね、今本当に幸せなの。

 

これを話すと、実は私も、、って周りから

相談が増えた!

 

 

 

私だけかと思って、悲劇のヒロイン症候群だった私だけど指差し

これは私がする仕事だ!って

感じたの。

 

だから、今はやりたいことがあるのに現実が変わらない方々のお手伝いを

しています。

 

 

もし、話してみたいかもと思われたら下記からお問い合わせしてみて下さいねひらめき電球

 

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