今年も我慢のゴールデンウィークが始まった。
といっても、我が家はこういった大型連休は、どこも混んでいると思い、近場をウロウロする程度。
高いお金を出してわざわざ混んでいる時に行かなくてもいいか、と旅行にも行かない。
行くとしても、車で3時間弱の私の実家くらい。
たがら、別に我慢というほどの事でもなく、高齢の父母がいる実家には今年も行けないが、いつも通りのゴールデンウィークになるだけだ。
出掛けたがりの夫と違い、私はせっかくの連休は普段できない物置や納戸の片付け、あふれる物たちの断捨離をガッツリやりたくなる。
会社勤めの私がほぼ一人で家事をしているのだから、行き届かなくて当然だ、と開き直ってはいるものの、理想は無駄のない、丁寧な生活。
普段、あふれた物に囲まれて、片手間でこっちからあっちへ移動させるだけのお片付けだから、ちっとも達成感がない。
物があふれている原因は。
収集癖が治らない夫。
一度しか読まない小説の山。缶コーヒーのおまけのミニカーたち。ガンダムのキーホルダーやフィギアなども。指揮者にこだわったクラシックのCDとか。集めて並べたら満足な人。
最近は私も。人の事は言えない。
無くても困らないが、あればより便利な物を見ると欲しくなってしまう。似たような物は持っているのに。結果、同じような物が増えただけ。
いらん物を増やし続ける夫と、まだ使えるからと、潔く捨てる事ができない妻。
最悪な組み合わせである(笑)。
ゴールデンウィーク初日のきのうは、朝から夫が三男坊と二人で近隣の大きな公園に出掛けたので、私はさっそく衣替えをしながら衣類の整理をはじめた。
何度も迷って、袋に入れたり出したりを繰り返しながら。
不要な衣類やバッグ、おもちゃが、45リットルのゴミ袋、約2つ分にもなった。
毎週利用しているコープの宅配トドックで、古着などを回収して途上国で活用してもらえるので、ただゴミに出すより罪悪感が少ない。
時々こうやって見直して、日々の生活がシンプルになれば、気持ちにも余裕ができて、家事のひとつひとつを丁寧にこなせるような気がする。
その前に、物を必要以上に増やさない日頃の心がけが大事なのだけど···。
歌を聞きながらの片付け。夏川りみの「涙そうそう」の三線の音色に沖縄を思い、アラジンのテーマソング「ホール·ニュー·ワールド」のメロディにディズニーリゾートを思った。
見えない鎖につながれている気さえする、このコロナ禍。
ふと窓の外に目をやり、やはり我慢のゴールデンウィークなのだと感じた。