先月の母の誕生日。  





地元に住む私の妹が、木箱に入った高級なぶどうジュースを1本、プレゼントに贈ったらしい。





母の話では、





父とコップに一杯ずつ飲んだあと、「あとは持って帰って飲んだら?」と妹に言ったところ、






「ほんとに、何をプレゼントしても喜ばないよね💢」と言って帰ったらしい。





母からしたら心外な反応だったようだが、私も妹に同感だ。






去年のクリスマスに私が注文して母に贈った裏起毛のブラトップ。「私は着ないから、あんた着なさい。取っておくね。」と言われた。






ブラジャーにシャツに、何枚も重ね着するのが大儀だと言っていたから選んだのに、試着もしないで返すなんて、母を思いやる気持ちを踏みにじられた気がした。






ジュースの件にしても、贈ってくれた相手に返すのは失礼だと思う。






ぶどうジュースは、母が飲まなくても父が飲むはずだ。






もとはこんな人ではなかったのだが、去年、母はコロナ禍でうつ病が再発してしまった。







それからの母は、すべてがすべて否定的、というか全拒否。






病気のせいとわかってはいる。






でも、どうしてこんな些細な事すらうまく立ち振舞う事ができないのかと思ってしまい、ついつい母に真っ当な意見を言ってしまう。






ジュースの話を聞いた時も、なるべく母を責めないように気を付けながらも、「よけいな事言わないで、ありがとうって言って、もらっておけば良かったのに。」と母を正してしまった。







それができるくらいなら、母も家族もこんなにも苦しんではいないのだろう。







人格まで変えてしまう、なんて厄介な病気だろうか。







以前、はじめてうつ病にかかった時は、1人になるととてつもなく寂しくなり、死にたくなると言っては父を心配させた。






今回は、死にたいとは言わないようだが、やはり1人になるのを嫌がり、かといって父が居ても、無気力で鬱々としているだけ。






そのくせ、父のやることなす事気に入らず、否定的な事ばかり言うので、父も逆上してしまうようだ。






家に居ても居心地が悪いだろう。






高齢で、かつこのコロナ禍。働かなくてもいいのに、知り合いに頼まれたアルバイトの予定をカレンダーいっぱいに詰め込んで、父はしょっちゅう出掛けているようだ。






父にも、息抜き、いやガス抜きが必要だ。コロナだけが心配だが、今はそれでいいのだと思うようにしている。






でなければ、父のメンタルがもたないだろう。






頻繁に行き来ができず、会えない私でさえも、母の態度に違和感を覚えるのだから。






幸いな事に、母には、離れていても気にかけて電話をくれる実の姉や、友人がたくさんいる。






父が居ない時には代わる代わる電話をかけてくれるようだ。本当にありがたいと思う。






さて、私は来月の母の日。どうしたらよいものか。






母に、何がいいか聞いてみようか。






「欲しいものなんて思い付かない」「何もいらない」とピシャリと言われそうだが…。