こんにちわ、こんばんわ!!
本日もご訪問いただき、誠にありがとうございます!!
このブログが皆様の喜びの種になれば嬉しいなって思いつつ、今日も拙い文章を綴ってまいります。

最後までお付き合い頂けると幸いです!!

 

僕が信仰している天理教ではよく「心次第」とか「心の受け取り方」で幸せを感じることができる!!

大切なのは、環境や状況ではなくて、それを映す心が一番大切なんだって、教えられています。

端から見たらどんなにツライ環境や状況でも、心持ち次第でいくらでも幸せを感じることはできると・・・

 

じゃあ、「こころ」って何なん??って昔からずーっと悩んでました。

 

「心次第」でどんな環境も幸せにできるって、めっちゃ暴論じゃん!!って、思ってたし、

「心次第」でどんな環境も明るい未来に変えていける!!って言うけど、それは環境が整っている人が言ってるだけだよね!?

とも思ってました。。。

 

だって、そういう有難い話をしている先生方は、上記の人しかいないんだもん。

あなたの祖先が頑張ったから現在の環境があって、その環境の上に生活をしている人が「心次第」で・・・

なんて話したって説得力ねぇーよ!!バーカ!!って思ってもいました。。。

 

ダメな奴ですみません。。。

 

 

じゃあ、そもそも「こころ」とか「心」って何なん??って考えた時に、納得できる答えをくれる人はいなくて、自分自身でなんとなく”今”考える「こころ」とは何かについて、書いてみようと思いました。

 

 

「心」って、多分なんですけど、

『思考と感情によって、人生の出来事に意味や価値を創り出す変換装置みたいなもの』なんだと思ってます。

 

同じ出来事が起きても、人それぞれ感じ方・捉え方・対処の仕方って、違うと思うんですけど、その違いって変換装置の創り出す意味や価値が違うから、同じ出来事でも対応方法が違うんだと思うんです。

 

ざっくりで論理だってなくて申し訳ないのですが、

『思考と感情によって、人生の出来事に意味や価値を創り出す変換装置みたいなもの』が「心の正体」なんじゃないかなって考えていまっす!!

 

じゃあ、「心の実体」は??って話なのですが、

心って大きく分けて、「思考」と「感情」に分けることができると思うんです。

この二つが湧きおこるメカニズムは、大きく分けて3つあると思います。

 

1、五感を通じて、神経から脳に送られる電気信号

2、脳に送られる電気信号を受けて、起こる脳細胞分裂

3、脳細胞分裂を受けて、全身に送られるホルモン分泌

 

上記の3つが「思考」と「感情」の実体。つまり「心」の実体だと思います。

 

ということは、心の実体の多くは、自立神経に司られているのだと思います。

つまり「心」は、「かしもの・かりもの」の「借り物」ありきで存在しているのではないかと思うんです。

 

人間の唯一の持ち物であるはずの「心」も神様から借りている身体の中の一部で、その「心」の使用許可こそ、「心の自由」の本質なのではないかと考えています。

 

こんな話は、天理教では受け入れられないと思うのですが、僕自身は現在こういうものが「こころ」の正体・実体なのではないかと考えています。

 

皆様のご意見を伺えるとすごく嬉しいです。

お互いに否定ナシで肯定ありきの話し合いができたら幸せです。

 

本日も拙い文章に最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!

明日・明後日も皆様にとって、喜び多い日常となりますよう、祈っております!!

本日も本当にありがとうございました!!