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「ふじゆうなきやうにしてやらう かみのこころにもたれつけ」

(みかぐらうた 9下り目2)

 

 

 

「神様は、一人ひとりの人間を、毎日陽気に暮らせるようにしてやりたいと思っている。

 

そう思っているからこそ、時には厳しく辛いと感じる出来事も起こってくるが、これを苦行や罰と捉えず、『陽気に暮らせるようにしてやりたい』という親心と捉えて、物事に取り組んでほしい。

 

そうすれば、状況が変わらなくても、その中で、感じる事、考える事がポジティブに転換できるような出来事を与える。

その出来事に自己成長の意味を見出すことで、心の不自由を感じなくなるように心が成長できる。

 

日常にポジティブに感じる事、考える事が増えれば、日常生活にポジティブな出来事が少しづつ増えていく。

 

その変化を実感できれば、より前向きに日常を楽しむことができるようになる。」

 

 

という意味だと解釈しております。


 

 

僕の2021年の目標が「文句を愚痴に変えて、前向きに成長し、

愚痴に意味付けをして、喜びに変える。喜びを増やして、感謝を増やす。」

 

ってことなんですが、文句の数が減ったかな~って、半月を振り返ると、まだまだ実感できていません。

 

で、で、で、で、辿りついた結論が、喜び・感謝不足ということでした。


そして、時間を作って、どうすれば意識的に喜びと感謝を増やせるかな~って、解決策を丸2日くらい考えてみました。


 

で出した結論が、「不都合な出来事に感情的評価をしない」ってことです。

 

どういう事かというと、例えば…

 

挨拶を無視されて、「ムカつく!!」とか「何で無視すんの?!」みたいな感情が働いた時に、

無視した相手を「ダメな人」とか「最低な人」とかの評価をしないってことです。

 

挨拶を無視されて、「ムカつく!!」とか「何で無視すんの?!」みたいな感情が働いてしまうのは、ある程度、受容して、自分を許すとして、その後の「感情的評価」を止めるってことを頑張ってみようかと思います。

 

 

何でこれを頑張ろうかと思ったのかと言えば、感情評価の代わりに、「成長の意味が見出す」ことで、「出来事」や「人間関係」、そして「自分」を少し好きになれるような実感を感じたからです。

 

その前提が、

「時には厳しく辛いと感じる出来事も起こってくるが、これを苦行や罰と捉えず、『陽気に暮らせるようにしてやりたい』という親心と捉えて、物事に取り組んでほしい。」

 

という教理的な解釈でした。

 

「そっか、これが前提になって、感情的評価を止めていけば、大分プラスに考えていけるぞ!」と閃いた時に大分心が楽になったので、

 

この思考法で、物事を捉えられれば、「好き」が増えていくなって思っています。そんで、好きが増えれば、今まで「努力」って思っていたことが「夢中」に変わっていって、苦しさや辛さが減っていくんじゃないかと仮説を立てております。

 

まだ何とも言えない事ですが、

タイトル通り「”努力”を”夢中”に変える」為に、

感情的評価を止めて、

成長の意味探しをして、

出来事、人間関係、自分に対する「好き」を増やして、

”努力”って感じていた物事への取り組み方を

”夢中”へと変わっていくように、意識してみたいと思います。

 

さて、どうなるか分かりませんが、

またこの件については、ご報告させて頂きます!!

 

 

 

本日も最後まで拙い文章にお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

皆様の今日・明日も喜び多い一日となりますよう、祈っております。

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