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「このようふハ一れつハみな月日なり にんけんハみな月日かしもの」

(おふでさき 第六号120首)

 

「この世界は、総て親神の身体であり、太陽の光、風、潮の満干に至るまで、総て親神様の働きによるもので、人間はその親神様の懐に住んでいる存在であり、人間の身体から自分自身の環境・人生での経験に至るまで、総て神様から借りているものばかりである。」

 

という意味だと解釈しております。

 

天理教の基本的な教えで「かしもの・かりもの」という教えがあります。

内容は上記のようなもので、

 

この世界や人間は、親神様が創って下さって、今もなお、見えない働き(縁や運命など)の働きを以って、世界と人間を育てて下さっている。

 

人間の身体は、神様がそれぞれの人間に丁度良い環境と共に貸し与えて下さっているもので、魂と心遣い以外に自分のものは存在しない。

 

そして、身体や環境は心遣いを以って、使う事ができるが使い方の本質は、全て「陽気ぐらし」であって、

 

「互いに助け合う」互恵の関係性の為に、身体と環境と心遣いを使うとみんながハッピーになりますよ。って

 

教えだと思っています。

 

 

 

今朝、靴下を片方間違えて穿いていました。

下らない小さな事なんですが、考え込んでしまう性格なので、

小一時間そのことばかり考えていたのですが、思い至った結果が、

足の運び方を履き違えているということでした。

 

自分では一生懸命努力しているつもりでも、行先を間違えてるよ。

って神様が教えて下さったのではないかと考えまして、

黒の靴下の柄違いで穿いてしまったのですが、黒の道は、「我が身思案の道」と言われているように、自分の今後を自分の都合のみで考えている過程に履き違えがあったなと思い至りました。

 

 

自分の今後なんで、誰になんと言われても、自分で考えて決めていくのですが、考える材料の中に周囲の方々のサポートやフォローに対する感謝などが無かったなと現在反省している所でございます。。。

 

 

今後を考えていく時に、軸にすべきは、「かしもの・かりもの」で、周囲の人達とより良い互恵の関係性を築いていく為にどうしようかって部分になるのだと改めて感じます。その為に、一個一個の心遣いに感謝と尊敬を持てるように今日・明日も努力していきます。

 

 

本日も拙い文章に最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

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