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天理教の用語で、
「こころ」を成長させることを
「心の成人」と言います。
そして、心を成長させる(心の成人を図る)為に、
必要な”心遣いのサイクル”があると個人的に思っています。
それは、
感謝・喜び・反省・御礼
の”4つの心遣い”のサイクルです。
この”4つの心遣いのサイクル”を作って、
以下の4つの心の能力を向上させることで、
「こころ」は成長していくのだと思います。
1、自分自身を動機付けて、失敗・挫折しても、あきらめずにしぶとく頑張れる能力
2、衝動をコントロールして、快楽欲求を我慢・調節できる能力
3、自分の感情(気分・気持ち)を上手く整えて、感情の乱れに思考を邪魔させない能力
4、人に共感できて、希望を持続できる能力
この4つの心の能力が向上していくことで、
”思考”と”感情”のコントロールが上手くなり、
日常生活の中で、
「感謝・喜び・反省・御礼」の心遣いが
自然と湧き上がってくる回数が増えて、
「優しさ」、「思いやり」など、
「人に与える心遣い」が増えて、
結果、
「陽気ぐらし」の実践が
少しずつできるようになっていく
というプロセスの繰り返しで
「こころ」が成長していくのだと思います。
この「こころ」の成長に必要不可欠な
4つの心遣いは、
感謝→たんのう
喜び→勇み
反省→さんげ
御礼→ひのきしん
という天理教用語に置き換えられると思います。
簡単に説明しますと、
「たんのう」は、
現状に”前向きな意味”見出して、
モチベーションを前向きに切り替えること。
一般的に言うと「受け入れる」こと。
「勇み」は、
”希望”を持って、将来のビジョンを具体的に想像することで、
前向きなモチベーションを維持、向上させること。
一般的に言うと「具体的な夢を描く」こと。
「さんげ」は、
「こころ」の現状を自己分析して、強味と弱味を洗い出して、
改善方法を計画、実行すること
一般的に言うと「セルフブランディングする」こと。
「ひのきしん」は、
自分の現状が「沢山の想いに支えられている」という自覚から
生まれる”報恩”(思いやり)を実践すること
一般的に言うと「お蔭様・お互い様を実践する」こと、
「giveの精神を実践する」こと。
となると思っています。
そして、ここからが本題です。
前フリ長くてすみません。。。
「反省」や「さんげ」から
「こころ」の成長を促すのは、もう止めて、
「感謝」や「喜び」、「たんのう」や「勇み」から
「こころ」の成長を促すように
変えていきませんか?
「こころ」の成長のスタート地点を
「さんげ」から「たんのう」「勇み」へと
変えていきましょう!!
という僕なりの提案です。
青年会長様 中山大亮 様の仰る
「互いに認め合い、徳分を生かしたおたすけの実践」も
実は、ここから始まっていくような気がします。
天理教の中でも、一般でも、
何か不都合な出来事が起こると
「あんたの心遣いに悪い所があったんだから、反省しなさい!!」
って、「反省」から「こころ」の成長を促す風潮があるように思います。
正直言って、苦手だし、嫌いです。
これを言われると至らない僕は、
「あなたの心遣いも不都合の一端になっているのに、何言ってんの?」とか
「自分だって出来てないのに、偉そうに!!」
と思ってしまうことも多々あります。少しづつ改善しますけど!!!!
ガンバリマス!!!!
こうやって、反発できるなら、まだマシで、
本当に真面目な人や優しい人、純粋な人は、
これが日常になると、
「僕の、私の心遣いが悪いから、周りに迷惑かける」
「こんな事が起きるのは、私が悪いんだ」
って、どんどん自己嫌悪になって、
心遣いを”感謝”や”喜び”に改善するどころか
「怒られないようにすれば、どうすればいいかな?」
「迷惑かけないようにしなくっちゃ。。。」って、
発想自体が辛いものになってしまい、
自己嫌悪のサイクルに陥って、
「自分はダメな人間なんだ」と
最終的には、自己否定が強くなって、
人と接すること自体が怖くなってしまうような気がします。。。
これは本当に辛いです。。。
母もそういう時期がありました。見てられません。
母に至っては、「こころ」に病名を頂くことになってしまいました。
今考えると本当に母に申し訳ないです。
この「反省」から「こころ」の成長を促す「文化」が
「喜べない教会関係者」(教会長夫妻、後継者、後継者夫人など…)
を大量に作ってしまった事実は
間違いないと思っています。
この文化が根付き、問題化している原因は、
明治後期~昭和中期の天理教が最も伸びた時期の
「布教・救済活動」の主流が正に”この方法”で、
その成功体験がイノベーションのジレンマを
引き起こしているのではないと思います。
どういうことかと言うと、
「おたすけ名人」と言われる人たちから
人生をたすけられて、天理教に入信した世代の方々が
その後の世代を「成長させてあげよう」と
「おたすけ名人」のマネをして、
「反省」から「こころ」の成長を促す「文化」が
根付いていったのだと思います。
指導する側の方々は、
「自分はこの方法でたすかった」という自信がありますし、
「自分がたすかった話を人にさせてもらうのが、
恩返しになる」と教えてもらってますから、
もうガンガンいきますよね!
でも、代が変われば、時代も変わるし、
たすかる姿というのも変わってくるのだと思います。
しかし、当時の方々は、
「人生が好転するような
不思議な神様の働きが現れないのは、
「反省」が足りないからだ!!
現状を感謝できていないからだ!!
心遣いを改めなさい!!」
って指導します。
何たって自分がその方法で
たすかっている事実がありますから。
各地でこの”指導”が繰り返し行われた、
その積み重ねの結果、
「反省」から「こころ」の成長を促す「文化」を
教内に根付かせて、
「喜べない教会関係者」を作り、
教会活動の内容の低下と
信仰の世代交代・新規入信の減少に繋がり、
100年祭以降の天理教発展に
大きなブレーキをかけた原因の一端では
ないかと考えております。
これは、あくまで僕個人の見解です。
天理教公式の見解とか認識ではありませんので、
その点は十分にご理解をお願い致します。
では、「反省」や「さんげ」が必要ないのかというと
決してそうではありません。
「こころ」の成長に際して、「さんげ」は絶対に必要です。
何故、必要かというと、
「さんげ」は、
「こころ」の現状を自己分析して、強味と弱味を洗い出して、
改善方法を計画、実行すること
と定義しましたが、
「改善方法を計画、実行する」プロセスの中に、
”心定め”が入ってくるからです。
ここで言う”心定め”とは、
「心遣いの改善点を修正していきます」と
”神様と約束すること”です。
この”心定め”がなければ、
いくら”感謝”しようが”勇み”を持っていようが、
それは、
自分の弱味から目を背けて、
自分を正当化して、
無自覚に周りに迷惑をかけているだけの姿なので、
「こころ」が成長しているとは思えません。
だから、「さんげ」は必要ですし、
その道中の”心定め”は大切なのだと思います。
大切なことは、
自分に合った「さんげ」の使い方を正しく理解する練習をすること
だと思います。
感情的になり過ぎると
自己嫌悪のサイクルに陥るし、
理性的になり過ぎると
改善実行力が低く、現状は変わりません。
理性的な扱い方と感情的な扱い方の
バランスが重要で、
日常的に自分に合ったバランスで
「さんげ」を正しく理解して使う練習が
大切になってくると思います。
そして、
「こころ」の成長に際して、
最も効率的で、重要だと思うことが、
サイクルのスタート地点を「さんげ」から
「たんのう」や「勇み」に変えることだと思います。
「たんのう」は、
現状に”前向きな意味”見出して、
モチベーションを前向きに切り替えること。
「勇み」は、
”希望”を持って、将来のビジョンを具体的に想像することで、
前向きなモチベーションを維持、向上させること。
ですので、
まず起こってきた出来事に対し、
”喜び”を見出すことができて、
モチベーションが高い状態を作れると思います。
そこから”自己分析”に入った方が、
有意義な自己分析に繋がりやすくなり、
結果、”心定め”も前向きな気持ちで
取り組めるので、神様も働きやすくなるのでは
ないかと思います。
そして、何より
現状に”前向きな意味”見出すこと
”希望”を持って、将来のビジョンを具体的に想像すること
は、
自己承認や自己肯定感の獲得に繋がると思います。
「自分を好きになる」って奴です。
自分が嫌いだと、日常に楽しく取り組むなんて無理ですよね?
周りの人に”本当の感謝”を持って、明るく関わることも難しくないですか?
「こころ」を成長させるのには、「”今”の自分を好きになる努力」が
絶対に必要だと思っています。
「自分を好きになれない自分も含めて」です。
どんな自分でも「好きになる」ことが出来たら、
人生楽しくなると思うんですよねっ!!
そうやって、「こころ」成長を楽しむことができれば、
互いに認め合える回数も増えて、周りの人を思いやる回数も増えて、
陽気ぐらしの実践の回数も増えて、「信仰」が楽しいって思えるようになるんじゃないかなと思っています。
更に「信仰」が楽しいって人が増えてくれば、
「互いに認め合い、徳分を生かしたおたすけ」に挑戦する人が増えて、
天理教全体が少しづつ明るくなっていくのではないかとも思います。
それって、陽気ぐらしに向って、力強い一歩を踏み出している姿とも
言えませんかね??
そんな未来をみんなで迎えにいけたら最高だなっ!!
って思っています。
そんな未来をみんなで迎えにいく為に、
改めて、ご提案させて下さい。
「反省」や「さんげ」から
「こころ」の成長を促すは、もう止めて、
「感謝」や「喜び」、「たんのう」や「勇み」から
「こころ」の成長を促すように
変えていきませんか?
そんな「文化」が根付いていけば、
天理教に関わっている全ての人の
今日、明日が喜び多い一日に変えていけるって
割と本気で思っています。
最後まで拙い文章にお付き合い頂き、ありがとうございます。
皆様の一日が喜び多い一日となりますように、祈っております。
本日もご訪問頂き、ありがとうございます。
