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天理教の教えの中で、

「互い、立て合い、たすけ合い」という教えがあります。

 

これは、

 

世界中の人間は、神様の子供で、

人間同士は、お互いに兄弟なんだから、

他人という人は世界中に存在しない。

だから、人間同士は、

お互いに人の気持ちや意見を尊重し合って、認め合って、

足らない所があれば、補い合って、

お互いに御礼を言い合って、

手を取り合いながら生活することが大切ですよ。

 

という教えで、

 

僕は、素晴らしい教え・価値観だと思いますし、

天理教の人間であれば、この教えの実践を

まず自分自身が積極的に取り組んでいくべきとも思っています。

 

 

 

 

しかし、「互い立て合い、たすけ合い」は、

相互性を持った考え方である為、

日常生活の中で、意識して実践することが

難しい教えでもあると思います。

 

 

 

 

 

何故なら、相手に「求めて」しまうからです。

 

 

 

 

 

「自分がこんだけ思っているのに!」

「何でやってくれないの!?」

「こんだけやっても分かってくれないか。。。」

など、

 

 

 

自分が意識していればいるほど、

打っても響かないというストレスと

自分自身の心の中の見えない努力量を物差しにして、

見えない相手の心の努力量を勝手に見積もって、

「自分の方が、頑張っているのに!!」

って、自分を正当化してしまう気付きにくい高慢心から

 

相手の思いやりを自分の都合で

「求めて」しまうことが僕は多々あります。

 

本当に反省ですね。。。。

明日から、少しずつ直していきたいです。。。

 

 

 

 

また

「何でこいつと一緒に仕事しなくちゃいけないの!?」

「苦手なんだよなぁ…この人…」

って思う人と当たった時に、

 

 

「神様はこの状況を僕に与えて、自分の

何を変えろと言っているのだろう?

そんなに悪い心遣いしてるかなぁ…。。。」

 

みたいなマイナスな受け取り方から

変化の意味を見出す思考が働かずに、

自分の過去の心遣いを「反省」ではなく、

漠然とした「後悔」で終わらせてしまい、

結果、マイナスなモチベーションを引きずって、

人間関係をこなすだけになってしまったりします。

 

 

 

あぁ。。。もう少し、優しくなる努力、相手を認める努力

ガンバリマス。。。アシタカラ。。。

 

 

 

じゃあ、このストレスや自己嫌悪を変えるには

「互い立て合い・たすけ合い」をどう捉えればいいのかな?

って考えた時に、、、

 

 

 

「互い立て合い」の部分を

 

 

目に見える日常生活での

「規範的なコミュニケーション」の実践方法ではなく、

 

目に見えない”縁の世界”で、お互いの存在理由同士が、

”徳の贈り合い”をしているという事実

 

 

にしてしまえば、

 

 

 

相手に見返りを求めず、自分自身の心の中で完結できるのではないかと思います。

 

どういう事かというと

「互い立て合い・たすけ合い」を

 

「お互いに気持ちよく過ごすためのマナー・気遣い」と捉えるのではなく、

 

「お互いの存在が既に”たすけ合いの関係”になっていると”見えない事実”」と捉えることで、

 

前向きな意味合いを見出して、モチベーションもプラスに変えられるのではないかと思います。

 

 

 

 

その為に、

発想を”気遣い”とか”マナーとか”の「目の前の日常」から

”縁”とか”徳”とか”信念”とかの「目に見えない大切にすべき価値観」

に切り替えることが大切になってくるのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

極端な話ですが、

僕がAさんに挨拶をしたのに無視されたとしましょう。

普通なら

「これから一緒に仕事するのに、何で挨拶もしてくれないの!?」

って思います。

 

 

 

これは、

「互い立て合い・たすけ合い」を

「お互いに気持ちよく過ごすためのマナー・気遣い」と捉えているので、

Aさんは挨拶するのが当然と思っているので、僕は腹が立ちます。

 

 

 

当たり前です。だって、どう考えたって悪いのはAさんなんですから。

でも、これって自分の視点で、自分に見える範囲の物事を判断している結果の感情ですよね?

 

 

 

大切なのは、この後、この怒りをどう修正して、

人間関係にプラスの意味合いを見出して、

Aさんとの人間関係に前向きなモチベーションを作り出すかだと思います。

 

 

 

 

そこで、先程の

「目に見えない”縁の世界”で、お互いの存在理由同士が、

”徳の贈り合い”をしているという事実」

「お互いの存在が既に”たすけ合いの関係”になっていると”見えない事実”」

という価値観を持ち出します。

 

 

 

 

まず前提として、

神様は”陽気ぐらし”を見たいから人間と世界を創って、今も尚この世界を見えない”縁”や”徳”といった働きで運用して下さっています。

 

 

 

この見えない働きは、

一人ひとりの日常の”心遣いに応じて”心が成長しやすい環境を現して下さったもので、

 

 

人間の心を”陽気ぐらし”できるように、成長させてあげたいとの親心の現れであると教えてもらいます。

 

 

 

 

つまりAさんの”存在”は、僕が”陽気ぐらし”できるように現して下さった神様の”親心”そのものであり、

 

 

ゆくゆく幸せに生活する為に、心を成長させてくれる僕自身の大切な”今”の環境なのです。

 

 

 

 

という風に事実として、決め込んでしまうことが大切だと思います。

 

 

 

 

これを自然に思えるようになるのは、ムリです!!

僕は絶対できません!!

恥を威張ってすみません!!

 

 

 

 

だから、天理教の価値観に基づいて、

ある種の「覚悟」として、Aさんの存在を

陽気ぐらしへの”親心”と

成長のために必要な大切な環境

と決め込んでしまうことで、

 

 

 

 

「腹は立つけど、挨拶を無視された事にも

幸せになるための意味があるかもしれない。

その環境をどうやって楽しんで、変えていこうか。

その変化をどう成長に繋げて、少しづつ喜びにしてやろうか。」

 

 

 

っていう発想に繋げやすくなるのではないかと思います。

 

 

 

 

「じゃあ、お前できてるの!?」って聞かれたら、

相変わらず「出来てません!!」って自信を持ってお答えしましょう!!

すみません!!

 

 

 

 

 

でも、続けます。

 

 

 

 

 

ここで、大切なことは、Aさん自身やAさんの振る舞いなど

目に見える自分の視点に

注目するのではなく、

 

 

「無視をしたAさんが自分にとってどういう存在なのか?」

「挨拶を無視したAさんがその瞬間に存在した事実は何故生まれたのか?」

 

 

という自分にとって、目に見えないAさんの”存在理由”を俯瞰で

大きく広く立体的に見ようとするイメージを持つことだと思います。

 

 

 

 

そうする事で

陽気ぐらしへの”親心”と

成長のために必要な大切な”環境”

として、Aさんの”存在理由”(天理教的な言葉で「いんねん」)

に対して、

 

 

 

Aさんが神様の親心を現してくれた尊い存在として、

”尊敬”を贈ることができるかもしれません。

 

また、

自分の成長に必要な振る舞いを見せてくれた有難い存在として、

”感謝”を贈ることができるかもしれません。

 

 

 

 

その過程で、僕は、Aさんを心の中で、

成長に必要な”恩人”にしているので、

神様はAさんの”存在理由”に

「僕を成長させた恩人」という目に見えない”徳”を付けて下さいます。

 

 

また、

僕自身もAさんの存在理由をプラスに変えて、

存在自体に恩を見出したので、

「Aさんを恩人に変えた恩人」という”徳”を付けて下さると思います。

 

 

 

 

こうやって自分の心の中で、発想を変えて、Aさんに対する意味を変えて、人間関係に前向きな感情を作り出すことによって、

現実では何も変わっていませんが、

 

 

神様が支配して下さる目に見えない縁の世界では、

互いにWINWINの関係になっているのです。

 

 

 

 

 

この関係を作る”心の所作”

「自分と相手の存在に感謝と尊敬を贈る自心の決着」である

発想の転換とモチベーションの作り方こそ、

目に見えない「互い立て合い・たすけ合い」の

本当の姿ではないかと思います。

 

 

 

 

 

みかぐらうた 四下り目 七ッでは、

「なにかよろづのたすけあい むねのうちよりしあんせよ」

と教えて頂いているように

 

 

 

 

どんな人間関係も実は、目に見えない世界で

たすけ合いの関係になっている

その事を前提によくよく思案する事が

「互い立て合い・たすけ合い」の

スタート地点になるのではないかと思います。

 

 

 

 

その先に、

「腹は立つけど、挨拶を無視された事にも

幸せになるための意味があるかもしれない。

その環境をどうやって楽しんで、変えていこうか。

その変化をどう成長に繋げて、少しづつ喜びにしてやろうか。」

というモチベーションで、

 

 

人間関係構築にトライ&エラーで努めていけば、

「挨拶を無視された」具体的な改善点を

必ず神様が気付かせて下さるのだと思います。

 

 

 

 

そこを少しづつ実践していけば、

目に見える現実でも

「互い立て合い・たすけ合い」の関係を構築できると思います。

 

 

 

 

 

「互い立て合い・たすけ合い」は、

 

「目に見えない自身の「心」の中で、相手を恩人に変える価値観」

 

「相手の存在理由に”感謝”と”尊敬”を贈る事で、神様を介して相手も自分も運命が向上するWINWIN関係を構築できるの価値観」

 

「”感謝”と”尊敬”を積極的に贈る事で、相手の知らない所でたすけ合いを実践できる価値観」

 

 

であると思います。

 

 

 

 

 

具体的な実践方法は、

「明るい負け顔は、互い立て合いたすけ合いで最強のドレスコードになる!!」

https://ameblo.jp/sima0313/entry-12622113623.html

 

をご覧下さい!!

 

 

本日も拙い文章に最後までお付き合い頂きありがとうございます。

明日一日も皆様にとって、喜び多い一日となりますよう、祈っております。

本日もありがとうございます!