タイトルの3つの言葉は、天理教の教えの根幹となる部分です。
またこのブログでたびたび登場する「心が成長すると、環境が好転していく」という法則の根拠でもあります。
「人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心よりどんな理も日々出る」
という神様のお言葉がこの世界の基本的なシステムであり、基本的なルールです。簡単に言うと、人間は身体は神様からの借り物で、心だけが自分のものであり、日常の心使いを神様が受け取り、それに見合った守護をするという意味合いです。
見合った守護とは、日常の心使いを目に見える環境・事柄として実生活に起こすという意味です。
日常生活の中で思った事、感じた事、考えた事、言葉、行動を神様が受け取り、その心使いを精査して、環境として現す。またその環境の中での心使いを…というサイクルが「世界は心の鏡」「心通りの守護」「成ってくるのが天の理」の正体です。つまり、喜べば、喜びの出来事が起こってきますし、腹を立てれば、腹が立つ出来事が起こってくるというシステムです。
因果応報、類は友を呼ぶ等の言葉が近い意味かもしれません。
しかし、この「心使いのサイクル」と「因果応報」とは、決定的に違う点があります。
因果応報を辞書で調べると、「人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ」と出てきます。これはあくまで自己責任的で、報い(起こってくる環境・出来事)が全て自分の責任であるという意味合いが強いのですが、
一方で「心使いのサイクル」は、陽気に暮らす為に、心を成長させてやりたいという神様の親心を日常生活の中にメッセージとして現すと教えて頂いています。
日常に起こってくる出来事全ては神様が心を成長させるために用意して下さった道標なのです。そこに込められている想いは、陽気で幸せな生活をさせてやりたいという親心です。
なので、起こってくる環境・出来事を前向きに「成長のチャンス」と受け止めて、自分の考え方、感情、言葉、習慣、行動などに、感謝を表す・人を喜ばす等の神様が喜んでくれるの変化を起こすことで、心に力が付いてきて、出来事に対する心のリアクションや整理の仕方(感情の起伏)が変わり、神様が受け取る内容が変わり、起こってくる環境・出来事が好転するというサイクルとなる訳です。
そこを抑えておけば、日常生活の出来事・環境に前向きな意味付けが出来て、取り組み方、心の落とし所を少でもポジティブなものに変化できるのではないでしょうか?
そうは言っても、とっても難しいことで、なかなか出来ることではありません。不都合な出来事が起これば、僕自身もこれを忘れて、腹立てたり、へこんだり、嫌になったり、めんどくさいって思ったり、色々とネガティブな心使い(ほこりの心使い)をしてしてしまいます。
しかし、大切な事は、次をどう取り組むかで、この「心使いのサイクル」を知っておくのと知らないのとでは、切り替える時の心の一歩目がスピードも歩幅もかなり変わってくると思います。
ぜひ心を前向きに切り替えたい時の意味付けの思考法・価値観として、使ってみて下さい。ちょっと楽に考えられるようになると思います。
本日も拙い文章に最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。明日一日も皆様にとって喜び多い一日と成りますよう祈っております。今日一日もありがとうございました。