こんにちは🌞
つらつらと中身の無い、安い最中ぐらい無い文章を書くことを趣味とし、生きる糧とし、生き甲斐には特にしていませんがともかく残念なただ単に言語を連ねただけの何かを生み出すことを趣味としている人物、Sim4562人呼んで「しむしこ」です。
ツイッターでのツイート数が10何万を超え、被ブロック数が120を超える余りよろしく無い側の猛者の立ち位置に居ますが、そこはまあ関係ないです。何故なら人類は名古屋の前に皆平等なのですから。
自己紹介とタイトルに書いた以上自己紹介に走りましょうか。レッツラン。
三重の僻地と大名古屋中心部の血が混ざり合ったハーフ、そんな子が世界が20世紀最終年、1000年に一度の000年に沸いている年に日本の中枢たる名古屋市に生を受けました。産まれた時は何故か金髪!(写真で見たけどマジです)ビックリするぐらい肌白二重の可愛い男の子です。可愛い男の子でした。今ではこんなオタクですが。
この肌白ってのが中々に曲者でして、今でこそアイデンティティに昇華させ寧ろ自らの誇るべき所だと考えていますが、小さい頃はとにかくこれでからかわれる。揶揄される。幼少期はかなり傷つき、自分の肌白さを呪いました。と言っても後期ののび太とジャイアンの関係の如く、今では仲が良いお友達からが大半だったんですけどね。
例として歴戦を共に闘い抜いた自らの渾名をいくつか思い出したり、昔貰った手紙や書き寄せから掻き集めてみましたが9割が「色白」関係でした。一番雑だったのは高1の時の渾名「ホワイト」です。白。純白。ハト。
逸話がいくつかあるのですが中でも印象深いのは、誰かが「しむしこはロシア人とのクォーター」という話が高校で流れ、それをかなりの人数が信じていた事です。若干私自身顔の彫りが深い、というのも拍車をかけたらしいです。ここで全然本人の知らないところで噂に尾ひれが付く体験をしました。今でもかなりの人が信じていると思います。ロシア人と言えど、肌黒な人もいると思うのですが。
ともかく、色白な私は母方の祖父母にとっては初孫の、しかも男の子ということもあり親戚一同から大変な寵愛を享受することになります。記憶には殆ど存在していませんが、残されている写真の数や膨大な記録等を見るとそれは幸せな期間だったのでしょう。しかし私のそんな幸せな期間も2年半で終焉を迎えてしまいます。弟の誕生です。
両親の心は弟に集中してしまうようになり、祖父母の愛はそれまで私が独占できていたのが弟と共有になってしまいました。それでも、寂しいという思いはありましたが不思議とそれも弟を思ったら我慢出来たものです。考えてみれば弟には愛を独占できた期間が全く存在しないですしね。しかし、わずか3歳手前にして1人で寝る事になったあの切なさは今でも覚えています。この時の反動なのか、今でも無性に父親の背中に引っ付いて寝たくなったりします。
生まれた瞬間から愛を独占出来ず、する事もなく、故に3ヶ月で私に唾を吐いた弟は兄たる私を常にライバル視し生きることを決めたようです。といってもお互い得意分野が違い過ぎるので勝負にならないというのも現状ではありますが。
勉強ではぶっちゃけこちらの圧勝です。運動方面というと、これは年齢差を考えると弟の圧勝でしょう。彼は助走なしでバク宙出来ます。成績だけで見ると体育はお互い「5」ですが。自慢ですよ。子供において権力の優劣を大きく決めるであろうテレビゲームの上手さは、ジャンルにもよりますが基本五分五分です。
残念ながら私は「割と努力しなくても何でも出来る」人間だったので(この所為で今悩んでいるのですが)これが余計に弟の癪に触るのでしょう。それでも、私から見たら大概弟も努力しなくても何でもできるタイプに思えます。
一人っ子や弟側の気持ちなど分からないし分かろうともしないし分かりたくも無いですが、2歳半差というのは中々に年齢差が近いです。衝突する事もかなりありました、過去形ですが。今ではお互いある程度成長しています。
ここまで読むと余程仲が悪くお互いライバル視しているギスギスした兄弟といったイメージが付くかもしれないですが、なんだかんだ言って私は弟の事が好きだし尊敬もしています。多分、私への態度を見る限り弟は弟で俺のことを「何だかんだ頼れるし利用できる兄」ぐらいには思っているでしょう。実際バイオハザード5を二人で遊んだり、フォートナイトを片方が遊んでいるともう片方が見に行ったりとする程度の仲なのです。この間は彼の誕生日にドンキで買ったスピーカーを贈りました。彼は爆音でB’zを流すようになり私は辟易しています。しまったなこりゃ。
ともかく、そんな弟と共に過ごしながら小中高と進学して参りました。
小学校では男友達も女友達も多い感じの男の子でした。思い出すに普通の男の子。特筆する事も余りないです。強いて言うなら分団の男女比が1:5で女の子の方が多く、全員とそこそこ仲が良かったです。全員からクッキー貰ったりした。
中学校、ここから私は良くない方向に突っ走り始めます。
まず「日常」にハマりました。あのあらゐけいいち先生の名作のアレです。ここからオタク街道真っしぐら...という訳では無く、本当に当時はライトなハマり方だったので本当であれば陰キャ寄りの普通キャラとして今後生きていけたはずです。
仲よかったお友達等の影響で深夜に自転車で遊び回ったり、色々やらかして校長以下殆どの先生が会議室で机を並べて座っているところに呼び出されて怒られたり(G20みたいだった)、DQN御用達ゲーム湾岸ミッドナイトにハマったり、国語で全国1位を取ったり、そんなことばっかしてました。
現実の方でも結局中学時の友達が一番つるんでいるかもしれません。多くが保育園時代からの友人の為、気が置けない仲間というのもあるんだと思います。
中3の時にもう一度色々やらかして深夜に相手に車で追いかけられたり(この時ばかりは死ぬと思いました)、また別の事案で相手の親に平謝りしたり、またまた別の事案で同級生と殴り合いしているところを通報されたりと中々どうして中学時代は思い出すと私の人生で一番波瀾万丈だった時期です。今では良い思い出ですが。
しかしここで私の人生に大きく影響を及ぼす出来事が生じます。絵を描き始めた事です。
当時教室内で「お絵かき」が流行りました。よく分からない妙なそのクラスだけのブーム、ストーブで蜜柑を焼いてみたり、給食のパンをくすねて5時間目に食べてみたり、所謂そういうのです。当時はまだ私も頭良いとされる人達グループに居た為そういう流行には迎合しないと決めていた、要は斜に構えていた(正しい使い方では無いらしいですね)のですが元々図工が好きだった自分、ここはさっさとその流行に身を任せました。ここで事件が起きたのです。
当時は2013、4年。毎日学校で千本桜やモザイクロール、人生リセットボタン、マトリョシカが流れるボーカロイド全盛期です。歌っているのは「初音ミク」を筆頭とするアニメキャラ(無論アニメのキャラでは無いですが一般的な認識としてはの話です)。そう、「初音ミク」でお絵描き勝負することになりました。
萌えキャラなど描いたことなかった私ですが、何となく記憶を呼び起こしてそれっぽく描いてみました。この妙な努力が私を狂わせたのです。結論から言うと、すごく褒められました。「一番それっぽい」「可愛い」と。先に述べたように、私は絵を描くことが元々好きでした。ここで私はある結論に到達します。「もっと可愛い女の子を描こう」。
完全にここで私の明るい人生は暗いオタク方向へ舵を切ることになったのです。
妙にそういう知識を持ち合わせていた私は、ちゃんとお絵描きする物が集うSNSの存在を知っていました。Pixivです。早速登録、絵を投稿してみます。

コメントも相まって酷いもんですね。評価はもちろん0点です。
次に「日常」のコミュニティに参加してみることにしました。今となっては解散状態ですが、当時仲良くなったり優しくしてくれた人達とは一部今だに交流があったりします。そこで二次創作の楽しさに目覚めます。
ここからもう一度人生が狂うルートに足を踏み入れてしまいました。ツイッターを始めた事です。
当時は今ほどツイッターもスマホも普及していなかったため今のようなスーパーハイペース連投ツイートはしていませんでしたが、それでも徐々にハマっていってしまいフォロワーが100を超える頃には既に数千ツイートに達していたと思います。この頃の私は「ハマっている作品も知っている作品も日常のみなのにオタク」という残念な人間でした。
ツイッターが私に与えた影響としては120:1で悪い影響の方が大きいですが、数少ない良い影響として「キルミーベイベー」に出会えた事です。作品自体も面白く、二次創作界隈も今でこそオッさん同人作家同士が醜い喧嘩をするだけの場所になっていますが、私がハマった当時は本当に素晴らしい人達で溢れかえっていました。オタク形成期です。
そして適当に高校受験をこなし地元じゃそこそこの高校に進学しました。進学志望理由第一位は近いからです。ごく一部のフォロワーに高校がバレてます。怖いですね。
自分で言うのもなんですが高校ではかなり輝いていたと思います。廊下で全然こちらが名前を知らない相手からいきなり名前で話しかけられて遊びに誘われる、そんな感じでした。というのも、自分は人前で喋るのが割と好きだ、という事に気付いた。そしてかなり積極的にそういった場に進出してみようと行動に移した結果校内での知名度が上がったんですね。何か面白い奴が居ると。これは嬉しい誤算でした。文化祭も仕切って上位に入賞したり、でっかい看板をデザインしてこれまた入賞したり、自分のやりたかった事をまあまあ出来た高校生活だったと振り返ります。元来自分はかなりの目立ちたがり屋でもあったのでものすごく精神が満たされた生活を送っていました。
高2の時、所謂クラスのウェイ系グループにとある男子が居ました。いつもは馬鹿騒ぎしているのですが、どうも他人から見てみると何を考えているかいまいち分からない。少し距離を置いているような気がする。すごく飄々としていた子でした。周りは気付いていないようです。少し怖いなと思いつつ、私の中では彼は「何考えているか分からない奴」というイメージで固定されていきました。この時私は全く別のグループに所属していたのですが、後に聞いてみるに彼は彼で「しむしこは楽しそうにしているが何処か冷静であり何考えているか分からなくて怖い」と思っていたようです。彼とは少しだけ仲良くなりました。
人間としてはかなり拗らせてしまったかもしれません。唯脳論、陰翳礼讃、その他芸術論やカントを読み漁っていました。「あくまで俺は高校生なのであって決して知識人ぶらない」と念頭に置いていた筈なのですが、それも思い返すと中々遵守出来ていなかったとように思えます。部活顧問からは、「私が今まで担当してきた生徒たちの中で君達が同率1位で過激だ」と言われました。部活も一応運動部だったのですが中々特殊なルートを歩んだ部活でしたのでこれはまた別の機会に。
高校校内でのオタク活動はあまり行っていません。というのも入学当初、漫研、という響きに憧れて門を叩いてみたのですが中に居たのはソシャゲしか能がない、ツイッターで「HN@〇〇推しw」「#誕生日祝いたい人RT」と書いてしまうような連中が蠢いていたからです。二週間で辞めました。人生の汚点です。
では、高校以外ではというと、キルミーからゆるゆりを経て、弩級にハマった作品が存在します。高1か2の時でした。「ひだまりスケッチ」です。
もう弩級にハマりました。理由は後述しますが作品はアニメよりも漫画派の自分です。それでもアニメを全話追い、絵を描きまくりました。登場人物も全員可愛くて可愛くて、初めて漫画のキャラクターが架空の存在である事を呪いました。ひたすら明るくて優しいひだまりスケッチの世界が眩しすぎて逆に辛いくらいでした。「宮子」と呼ばれるメインキャラクターの一人、通称宮ちゃんが大好きでした。多分公式絵は全て探し出し保存したと思います。
ひだまりスケッチの特徴として「とにかく刊行ペースが遅い」というものが挙げられます。月刊誌きららキャラットにひだまりスケッチは連載しているのですがおよそ4ヶ月に一度しか掲載されません。人間悲しいもので、同じものをずっとしゃぶり続けていると熱が冷めてくるのですね。ひだまりスケッチがそうでした。公式からの供給が無さすぎたのです。今でも時々読み返したりはしますが以前のような滾る様な感覚は味わえません。
先に述べた私が「作品はアニメよりも漫画派」なのは理由が存在します。私は大変な速読家であり漫画も一冊15分弱で読み切るハイペースなのです。それがアニメになると漫画の遥か数十倍のペースでちんたらちんたら話が進む、我慢なりません。性格的に、自分のペースは崩されたく無いのです。
そこで出会ったのが「てーきゅう」です。一話5分と銘打ってありますが実質3分弱、その間に一話やるもんだからかなりのハイペースハイテンションなアニメになっています。これが私の性格にドンピシャとハマりました。キャラクター達も魅力的です。ハマらない理由が最早そこには存在しませんでした。
私は絵描きオタクの登龍門の一つと言える自身の同人誌童貞をてーきゅうで捨てることとなります。正確に言えば合同誌に参加したのですが、あまり使いこなせていないデジタル作画で、仕様もよく分からず原稿を頑張って描いたのを昨日のごとく思い出せるようです。初めての自分の原稿を紙で見たとき、何かむず痒いような感覚でした。足りなかった知識を指摘、補ってくれた主催者の方には今でも感謝しています。
心地よいハイペースハイテンションなてーきゅうライフは突如終わりを迎えることとなります。原作の連載終了と運営元の経営悪化です。アニメの続編は絶望的となり原作も新しい話は読めない。またしてもひだまりスケッチと同じルートで全盛期ほどの情熱を失ってしまうこととなったのです。
丁度てーきゅうの連載終了が発表された頃かそれより以前か不明瞭ですが、私はとあるものに手を出していました。アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージです。ソシャゲの類は遊ばない人種だったのですが、ライトな音ゲーにハマっていたことと2周年記念無料ガシャ期間中だった事も手伝い遊び始めたのです。ここでもう一度人生が狂い始めたのかもしれません。
初めての10連ガシャで、初めてのSSR、恒常アナスタシアを引きました。ロシアと日本人のハーフの可愛い女の子です。ハマりました。ロシア人と自分も呼ばれたことのある共感性もあり、大好きになりました。
アイドルマスターシンデレラガールズ、以下デレマスの商法は恐ろしいもので大量のオタク属性セグメント毎に売り付ける事に特化したアイドルをこれまた大量に投入し、運営自らが準備したアイドル同士の優劣の差をユーザーに見せつけて課金を煽るといった感じです。当然自分もオタクなので色々なセグメントに引っかかりました。こうして好きなキャラクターもといアイドルが増えていき課金も増やしていく算段なのでしょう。
...そうです、デレマスの恐ろしいところは「ねずみ算式に好きなキャラもといアイドルが増えていく」ところにあるのです。好きなキャラを追いたければ金を払え。あゝ、なんと暴虐的な論理が罷り通る世界なのでしょうか。私が資本主義世界をここまで恨んだためしはございません。
私が「デレマス」にハマり驚いたのが、公式二次共に供給量が異常だという事です。今までハマってきた日常、キルミーベイベー、ゆるゆり、ひだまりスケッチ、てーきゅうというのは二次創作界隈は既に内輪が出来上がっておりいつも大体一緒の人間、同一人物による新作を待ち侘びるといった状況でした。しかしデレマスは違います。毎日異常なほどの更新量を誇り、公式や二次創作界隈からひっきりなしに新作が届くのです。これは初めての体験でした。麻薬です。トリップしてしまいます。
今までの作品ではどちらかと言えば、「自分から好みの二次創作を探しに行く」方でした。自分の行動次第です。しかしデレマスは違います。何もせずとも好みであろうと好みでなかろうとひっきりなしに送りつけられてくる感覚です。パンクしそうになります。追いきれません。私はここで始めて自分が恐ろしいほど巨大なコンテンツに手を出してしまったんだなと実感しました。
見る側ですら巨大ですが、その世界に参加すると改めてその巨大さを実感することになります。デレステを始めて一週間ほど、私は初めてデレマスの絵を描いてみました。安部菜々、通称ウサミンと佐藤心、通称しゅがーはあとと呼ばれる二人がわちゃわちゃするだけの中身の無いお話です。
たった1日で、たった1日でその絵は私がツイッターを始めた当初から喉から手が出るほど渇望していた絵による100いいね100RTをあっさりと超えました。それまでは自分の絵が最高に伸びても70いいねほどだったものです。これには仰天しました。巨大なコンテンツ、雲霄を占めるかのようなコンテンツ。この頃には好きなアイドルもすっかり増え、作品としての良質さもあり、ますますのめり込んでいくことになります。
そこからは一瞬でした。100いいねが200いいねになり、500になり、800になり、1500を超えて3000いいねまで達した絵もあります。フォロワーもあっという間に大台の1000人を超えました。この頃には絵の原動力が、すっかり描きたい情熱と自己承認欲求が1:1の割合になっていた私です。伸びるから嬉しい、更に楽しい。伸びなくても描いてて楽しい。良いコンテンツに出会ったな、と邪な考えを抱いていたものです。
それでもソーシャルゲーム商法には迎合しない!と相変わらずな考えでしたが、それもその後すぐ様吹き飛ぶことになります。この頃私は高校生です。財力は以前と比べものになりません。ある時、限定期間ガシャでしか登場しない、すなわち入手出来ないアイドルを金で買えるアイテムが登場しました。お値段はおよそ6000円です。据え置き機で言うならフルプライスに近く、かなり長く遊べる名作ゲームが買えることでしょう。迷いました。可愛いあの子が苦労無しに手に入る... お汁粉を煮詰め、蜂蜜を混ぜたものよりも甘い誘惑です。
買いました。金でアイドルを買いました。可愛い可愛い限定の、緒方智絵里ちゃんを買ったのです。ですが、私は智絵里ちゃんの
「担当」(アイドルマスターシリーズに於ける、このアイドルに尽くす意思表明による称号)ではありません。実を言うと、これにはとある誤算が生じていました。買うつもりだった限定アイドルを軒並み自力で引いてしまったのです。普段ならこれほど嬉しいことはないでしょう。しかしこの時ばかりかは違います。本来消費するはずのなかった6000円を消費してしまったのです。それでも智絵里ちゃんはかなり好きな部類のアイドルでした。今でも可愛いと思っていますし、ピクシブで絵だって集めます。ですが、6000円で買った限定智絵里ちゃんと買うはずだった限定アイドルが並んでいるところを見ると、嬉しいより先に妙な感情が湧き上がってきてしまいます。それは課金に手を染めてしまったことへの後悔、懺悔のみで形成された感情では決してありません。
大体先に羅列した作品たちはおよそ一年毎に「飽き」が来ているのですが、現状デレマスに飽きる気配が来ていません。それほどまでに供給量というものは重要です。味のしなくなったアイス棒を過去の味に浸りながらしゃぶる、どれだけ虚しかったことでしょうか。私はそれから解放されたのです。
そしてデレマスにハマったまま幸せだった高校を卒業しました。沢山のお友達、ガチ陰キャへの接し方、豊かな経験と知識と体重と自信を得ることが出来ました。それもついこないだの話です。
現在私は大学生です。大学生活を送り始めて五ヶ月、既に波瀾万丈な予感がしていますがそれがどう転ぶのか、3年後が楽しみになっています。
以上をもちまして、私の7千字にも及ぶ狂気的な自己紹介をひとまず終えます。当然ながら私もそれなりに経験豊かな19年間を生きてきていますので省いたエピソードもかなり存在します。今後、また思い立ったら縷々縷々記述していく事でしょう....
ところで、極めて通常的な人生を歩んできた人たちはお気付きかもしれませんが、この自己紹介には人間を人間たらしめる或重要なイベントについて一切記述されていないのです。一体何なのでしょうか?
そうです、恋愛話です。私の19年間の人生での恋愛は実に人間の性と欲と無情に塗れたものになっており、とても自己紹介の一部として紹介できるものでもありません。これもまた別の機会にということで手を打ちます。
それでは皆さんグッバイ。おやすみなさい。さようなら。元気で。
つらつらと中身の無い、安い最中ぐらい無い文章を書くことを趣味とし、生きる糧とし、生き甲斐には特にしていませんがともかく残念なただ単に言語を連ねただけの何かを生み出すことを趣味としている人物、Sim4562人呼んで「しむしこ」です。
ツイッターでのツイート数が10何万を超え、被ブロック数が120を超える余りよろしく無い側の猛者の立ち位置に居ますが、そこはまあ関係ないです。何故なら人類は名古屋の前に皆平等なのですから。
自己紹介とタイトルに書いた以上自己紹介に走りましょうか。レッツラン。
三重の僻地と大名古屋中心部の血が混ざり合ったハーフ、そんな子が世界が20世紀最終年、1000年に一度の000年に沸いている年に日本の中枢たる名古屋市に生を受けました。産まれた時は何故か金髪!(写真で見たけどマジです)ビックリするぐらい肌白二重の可愛い男の子です。可愛い男の子でした。今ではこんなオタクですが。
この肌白ってのが中々に曲者でして、今でこそアイデンティティに昇華させ寧ろ自らの誇るべき所だと考えていますが、小さい頃はとにかくこれでからかわれる。揶揄される。幼少期はかなり傷つき、自分の肌白さを呪いました。と言っても後期ののび太とジャイアンの関係の如く、今では仲が良いお友達からが大半だったんですけどね。
例として歴戦を共に闘い抜いた自らの渾名をいくつか思い出したり、昔貰った手紙や書き寄せから掻き集めてみましたが9割が「色白」関係でした。一番雑だったのは高1の時の渾名「ホワイト」です。白。純白。ハト。
逸話がいくつかあるのですが中でも印象深いのは、誰かが「しむしこはロシア人とのクォーター」という話が高校で流れ、それをかなりの人数が信じていた事です。若干私自身顔の彫りが深い、というのも拍車をかけたらしいです。ここで全然本人の知らないところで噂に尾ひれが付く体験をしました。今でもかなりの人が信じていると思います。ロシア人と言えど、肌黒な人もいると思うのですが。
ともかく、色白な私は母方の祖父母にとっては初孫の、しかも男の子ということもあり親戚一同から大変な寵愛を享受することになります。記憶には殆ど存在していませんが、残されている写真の数や膨大な記録等を見るとそれは幸せな期間だったのでしょう。しかし私のそんな幸せな期間も2年半で終焉を迎えてしまいます。弟の誕生です。
両親の心は弟に集中してしまうようになり、祖父母の愛はそれまで私が独占できていたのが弟と共有になってしまいました。それでも、寂しいという思いはありましたが不思議とそれも弟を思ったら我慢出来たものです。考えてみれば弟には愛を独占できた期間が全く存在しないですしね。しかし、わずか3歳手前にして1人で寝る事になったあの切なさは今でも覚えています。この時の反動なのか、今でも無性に父親の背中に引っ付いて寝たくなったりします。
生まれた瞬間から愛を独占出来ず、する事もなく、故に3ヶ月で私に唾を吐いた弟は兄たる私を常にライバル視し生きることを決めたようです。といってもお互い得意分野が違い過ぎるので勝負にならないというのも現状ではありますが。
勉強ではぶっちゃけこちらの圧勝です。運動方面というと、これは年齢差を考えると弟の圧勝でしょう。彼は助走なしでバク宙出来ます。成績だけで見ると体育はお互い「5」ですが。自慢ですよ。子供において権力の優劣を大きく決めるであろうテレビゲームの上手さは、ジャンルにもよりますが基本五分五分です。
残念ながら私は「割と努力しなくても何でも出来る」人間だったので(この所為で今悩んでいるのですが)これが余計に弟の癪に触るのでしょう。それでも、私から見たら大概弟も努力しなくても何でもできるタイプに思えます。
一人っ子や弟側の気持ちなど分からないし分かろうともしないし分かりたくも無いですが、2歳半差というのは中々に年齢差が近いです。衝突する事もかなりありました、過去形ですが。今ではお互いある程度成長しています。
ここまで読むと余程仲が悪くお互いライバル視しているギスギスした兄弟といったイメージが付くかもしれないですが、なんだかんだ言って私は弟の事が好きだし尊敬もしています。多分、私への態度を見る限り弟は弟で俺のことを「何だかんだ頼れるし利用できる兄」ぐらいには思っているでしょう。実際バイオハザード5を二人で遊んだり、フォートナイトを片方が遊んでいるともう片方が見に行ったりとする程度の仲なのです。この間は彼の誕生日にドンキで買ったスピーカーを贈りました。彼は爆音でB’zを流すようになり私は辟易しています。しまったなこりゃ。
ともかく、そんな弟と共に過ごしながら小中高と進学して参りました。
小学校では男友達も女友達も多い感じの男の子でした。思い出すに普通の男の子。特筆する事も余りないです。強いて言うなら分団の男女比が1:5で女の子の方が多く、全員とそこそこ仲が良かったです。全員からクッキー貰ったりした。
中学校、ここから私は良くない方向に突っ走り始めます。
まず「日常」にハマりました。あのあらゐけいいち先生の名作のアレです。ここからオタク街道真っしぐら...という訳では無く、本当に当時はライトなハマり方だったので本当であれば陰キャ寄りの普通キャラとして今後生きていけたはずです。
仲よかったお友達等の影響で深夜に自転車で遊び回ったり、色々やらかして校長以下殆どの先生が会議室で机を並べて座っているところに呼び出されて怒られたり(G20みたいだった)、DQN御用達ゲーム湾岸ミッドナイトにハマったり、国語で全国1位を取ったり、そんなことばっかしてました。
現実の方でも結局中学時の友達が一番つるんでいるかもしれません。多くが保育園時代からの友人の為、気が置けない仲間というのもあるんだと思います。
中3の時にもう一度色々やらかして深夜に相手に車で追いかけられたり(この時ばかりは死ぬと思いました)、また別の事案で相手の親に平謝りしたり、またまた別の事案で同級生と殴り合いしているところを通報されたりと中々どうして中学時代は思い出すと私の人生で一番波瀾万丈だった時期です。今では良い思い出ですが。
しかしここで私の人生に大きく影響を及ぼす出来事が生じます。絵を描き始めた事です。
当時教室内で「お絵かき」が流行りました。よく分からない妙なそのクラスだけのブーム、ストーブで蜜柑を焼いてみたり、給食のパンをくすねて5時間目に食べてみたり、所謂そういうのです。当時はまだ私も頭良いとされる人達グループに居た為そういう流行には迎合しないと決めていた、要は斜に構えていた(正しい使い方では無いらしいですね)のですが元々図工が好きだった自分、ここはさっさとその流行に身を任せました。ここで事件が起きたのです。
当時は2013、4年。毎日学校で千本桜やモザイクロール、人生リセットボタン、マトリョシカが流れるボーカロイド全盛期です。歌っているのは「初音ミク」を筆頭とするアニメキャラ(無論アニメのキャラでは無いですが一般的な認識としてはの話です)。そう、「初音ミク」でお絵描き勝負することになりました。
萌えキャラなど描いたことなかった私ですが、何となく記憶を呼び起こしてそれっぽく描いてみました。この妙な努力が私を狂わせたのです。結論から言うと、すごく褒められました。「一番それっぽい」「可愛い」と。先に述べたように、私は絵を描くことが元々好きでした。ここで私はある結論に到達します。「もっと可愛い女の子を描こう」。
完全にここで私の明るい人生は暗いオタク方向へ舵を切ることになったのです。
妙にそういう知識を持ち合わせていた私は、ちゃんとお絵描きする物が集うSNSの存在を知っていました。Pixivです。早速登録、絵を投稿してみます。

コメントも相まって酷いもんですね。評価はもちろん0点です。
次に「日常」のコミュニティに参加してみることにしました。今となっては解散状態ですが、当時仲良くなったり優しくしてくれた人達とは一部今だに交流があったりします。そこで二次創作の楽しさに目覚めます。
ここからもう一度人生が狂うルートに足を踏み入れてしまいました。ツイッターを始めた事です。
当時は今ほどツイッターもスマホも普及していなかったため今のようなスーパーハイペース連投ツイートはしていませんでしたが、それでも徐々にハマっていってしまいフォロワーが100を超える頃には既に数千ツイートに達していたと思います。この頃の私は「ハマっている作品も知っている作品も日常のみなのにオタク」という残念な人間でした。
ツイッターが私に与えた影響としては120:1で悪い影響の方が大きいですが、数少ない良い影響として「キルミーベイベー」に出会えた事です。作品自体も面白く、二次創作界隈も今でこそオッさん同人作家同士が醜い喧嘩をするだけの場所になっていますが、私がハマった当時は本当に素晴らしい人達で溢れかえっていました。オタク形成期です。
そして適当に高校受験をこなし地元じゃそこそこの高校に進学しました。進学志望理由第一位は近いからです。ごく一部のフォロワーに高校がバレてます。怖いですね。
自分で言うのもなんですが高校ではかなり輝いていたと思います。廊下で全然こちらが名前を知らない相手からいきなり名前で話しかけられて遊びに誘われる、そんな感じでした。というのも、自分は人前で喋るのが割と好きだ、という事に気付いた。そしてかなり積極的にそういった場に進出してみようと行動に移した結果校内での知名度が上がったんですね。何か面白い奴が居ると。これは嬉しい誤算でした。文化祭も仕切って上位に入賞したり、でっかい看板をデザインしてこれまた入賞したり、自分のやりたかった事をまあまあ出来た高校生活だったと振り返ります。元来自分はかなりの目立ちたがり屋でもあったのでものすごく精神が満たされた生活を送っていました。
高2の時、所謂クラスのウェイ系グループにとある男子が居ました。いつもは馬鹿騒ぎしているのですが、どうも他人から見てみると何を考えているかいまいち分からない。少し距離を置いているような気がする。すごく飄々としていた子でした。周りは気付いていないようです。少し怖いなと思いつつ、私の中では彼は「何考えているか分からない奴」というイメージで固定されていきました。この時私は全く別のグループに所属していたのですが、後に聞いてみるに彼は彼で「しむしこは楽しそうにしているが何処か冷静であり何考えているか分からなくて怖い」と思っていたようです。彼とは少しだけ仲良くなりました。
人間としてはかなり拗らせてしまったかもしれません。唯脳論、陰翳礼讃、その他芸術論やカントを読み漁っていました。「あくまで俺は高校生なのであって決して知識人ぶらない」と念頭に置いていた筈なのですが、それも思い返すと中々遵守出来ていなかったとように思えます。部活顧問からは、「私が今まで担当してきた生徒たちの中で君達が同率1位で過激だ」と言われました。部活も一応運動部だったのですが中々特殊なルートを歩んだ部活でしたのでこれはまた別の機会に。
高校校内でのオタク活動はあまり行っていません。というのも入学当初、漫研、という響きに憧れて門を叩いてみたのですが中に居たのはソシャゲしか能がない、ツイッターで「HN@〇〇推しw」「#誕生日祝いたい人RT」と書いてしまうような連中が蠢いていたからです。二週間で辞めました。人生の汚点です。
では、高校以外ではというと、キルミーからゆるゆりを経て、弩級にハマった作品が存在します。高1か2の時でした。「ひだまりスケッチ」です。
もう弩級にハマりました。理由は後述しますが作品はアニメよりも漫画派の自分です。それでもアニメを全話追い、絵を描きまくりました。登場人物も全員可愛くて可愛くて、初めて漫画のキャラクターが架空の存在である事を呪いました。ひたすら明るくて優しいひだまりスケッチの世界が眩しすぎて逆に辛いくらいでした。「宮子」と呼ばれるメインキャラクターの一人、通称宮ちゃんが大好きでした。多分公式絵は全て探し出し保存したと思います。
ひだまりスケッチの特徴として「とにかく刊行ペースが遅い」というものが挙げられます。月刊誌きららキャラットにひだまりスケッチは連載しているのですがおよそ4ヶ月に一度しか掲載されません。人間悲しいもので、同じものをずっとしゃぶり続けていると熱が冷めてくるのですね。ひだまりスケッチがそうでした。公式からの供給が無さすぎたのです。今でも時々読み返したりはしますが以前のような滾る様な感覚は味わえません。
先に述べた私が「作品はアニメよりも漫画派」なのは理由が存在します。私は大変な速読家であり漫画も一冊15分弱で読み切るハイペースなのです。それがアニメになると漫画の遥か数十倍のペースでちんたらちんたら話が進む、我慢なりません。性格的に、自分のペースは崩されたく無いのです。
そこで出会ったのが「てーきゅう」です。一話5分と銘打ってありますが実質3分弱、その間に一話やるもんだからかなりのハイペースハイテンションなアニメになっています。これが私の性格にドンピシャとハマりました。キャラクター達も魅力的です。ハマらない理由が最早そこには存在しませんでした。
私は絵描きオタクの登龍門の一つと言える自身の同人誌童貞をてーきゅうで捨てることとなります。正確に言えば合同誌に参加したのですが、あまり使いこなせていないデジタル作画で、仕様もよく分からず原稿を頑張って描いたのを昨日のごとく思い出せるようです。初めての自分の原稿を紙で見たとき、何かむず痒いような感覚でした。足りなかった知識を指摘、補ってくれた主催者の方には今でも感謝しています。
心地よいハイペースハイテンションなてーきゅうライフは突如終わりを迎えることとなります。原作の連載終了と運営元の経営悪化です。アニメの続編は絶望的となり原作も新しい話は読めない。またしてもひだまりスケッチと同じルートで全盛期ほどの情熱を失ってしまうこととなったのです。
丁度てーきゅうの連載終了が発表された頃かそれより以前か不明瞭ですが、私はとあるものに手を出していました。アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージです。ソシャゲの類は遊ばない人種だったのですが、ライトな音ゲーにハマっていたことと2周年記念無料ガシャ期間中だった事も手伝い遊び始めたのです。ここでもう一度人生が狂い始めたのかもしれません。
初めての10連ガシャで、初めてのSSR、恒常アナスタシアを引きました。ロシアと日本人のハーフの可愛い女の子です。ハマりました。ロシア人と自分も呼ばれたことのある共感性もあり、大好きになりました。
アイドルマスターシンデレラガールズ、以下デレマスの商法は恐ろしいもので大量のオタク属性セグメント毎に売り付ける事に特化したアイドルをこれまた大量に投入し、運営自らが準備したアイドル同士の優劣の差をユーザーに見せつけて課金を煽るといった感じです。当然自分もオタクなので色々なセグメントに引っかかりました。こうして好きなキャラクターもといアイドルが増えていき課金も増やしていく算段なのでしょう。
...そうです、デレマスの恐ろしいところは「ねずみ算式に好きなキャラもといアイドルが増えていく」ところにあるのです。好きなキャラを追いたければ金を払え。あゝ、なんと暴虐的な論理が罷り通る世界なのでしょうか。私が資本主義世界をここまで恨んだためしはございません。
私が「デレマス」にハマり驚いたのが、公式二次共に供給量が異常だという事です。今までハマってきた日常、キルミーベイベー、ゆるゆり、ひだまりスケッチ、てーきゅうというのは二次創作界隈は既に内輪が出来上がっておりいつも大体一緒の人間、同一人物による新作を待ち侘びるといった状況でした。しかしデレマスは違います。毎日異常なほどの更新量を誇り、公式や二次創作界隈からひっきりなしに新作が届くのです。これは初めての体験でした。麻薬です。トリップしてしまいます。
今までの作品ではどちらかと言えば、「自分から好みの二次創作を探しに行く」方でした。自分の行動次第です。しかしデレマスは違います。何もせずとも好みであろうと好みでなかろうとひっきりなしに送りつけられてくる感覚です。パンクしそうになります。追いきれません。私はここで始めて自分が恐ろしいほど巨大なコンテンツに手を出してしまったんだなと実感しました。
見る側ですら巨大ですが、その世界に参加すると改めてその巨大さを実感することになります。デレステを始めて一週間ほど、私は初めてデレマスの絵を描いてみました。安部菜々、通称ウサミンと佐藤心、通称しゅがーはあとと呼ばれる二人がわちゃわちゃするだけの中身の無いお話です。
たった1日で、たった1日でその絵は私がツイッターを始めた当初から喉から手が出るほど渇望していた絵による100いいね100RTをあっさりと超えました。それまでは自分の絵が最高に伸びても70いいねほどだったものです。これには仰天しました。巨大なコンテンツ、雲霄を占めるかのようなコンテンツ。この頃には好きなアイドルもすっかり増え、作品としての良質さもあり、ますますのめり込んでいくことになります。
そこからは一瞬でした。100いいねが200いいねになり、500になり、800になり、1500を超えて3000いいねまで達した絵もあります。フォロワーもあっという間に大台の1000人を超えました。この頃には絵の原動力が、すっかり描きたい情熱と自己承認欲求が1:1の割合になっていた私です。伸びるから嬉しい、更に楽しい。伸びなくても描いてて楽しい。良いコンテンツに出会ったな、と邪な考えを抱いていたものです。
それでもソーシャルゲーム商法には迎合しない!と相変わらずな考えでしたが、それもその後すぐ様吹き飛ぶことになります。この頃私は高校生です。財力は以前と比べものになりません。ある時、限定期間ガシャでしか登場しない、すなわち入手出来ないアイドルを金で買えるアイテムが登場しました。お値段はおよそ6000円です。据え置き機で言うならフルプライスに近く、かなり長く遊べる名作ゲームが買えることでしょう。迷いました。可愛いあの子が苦労無しに手に入る... お汁粉を煮詰め、蜂蜜を混ぜたものよりも甘い誘惑です。
買いました。金でアイドルを買いました。可愛い可愛い限定の、緒方智絵里ちゃんを買ったのです。ですが、私は智絵里ちゃんの
「担当」(アイドルマスターシリーズに於ける、このアイドルに尽くす意思表明による称号)ではありません。実を言うと、これにはとある誤算が生じていました。買うつもりだった限定アイドルを軒並み自力で引いてしまったのです。普段ならこれほど嬉しいことはないでしょう。しかしこの時ばかりかは違います。本来消費するはずのなかった6000円を消費してしまったのです。それでも智絵里ちゃんはかなり好きな部類のアイドルでした。今でも可愛いと思っていますし、ピクシブで絵だって集めます。ですが、6000円で買った限定智絵里ちゃんと買うはずだった限定アイドルが並んでいるところを見ると、嬉しいより先に妙な感情が湧き上がってきてしまいます。それは課金に手を染めてしまったことへの後悔、懺悔のみで形成された感情では決してありません。
大体先に羅列した作品たちはおよそ一年毎に「飽き」が来ているのですが、現状デレマスに飽きる気配が来ていません。それほどまでに供給量というものは重要です。味のしなくなったアイス棒を過去の味に浸りながらしゃぶる、どれだけ虚しかったことでしょうか。私はそれから解放されたのです。
そしてデレマスにハマったまま幸せだった高校を卒業しました。沢山のお友達、ガチ陰キャへの接し方、豊かな経験と知識と体重と自信を得ることが出来ました。それもついこないだの話です。
現在私は大学生です。大学生活を送り始めて五ヶ月、既に波瀾万丈な予感がしていますがそれがどう転ぶのか、3年後が楽しみになっています。
以上をもちまして、私の7千字にも及ぶ狂気的な自己紹介をひとまず終えます。当然ながら私もそれなりに経験豊かな19年間を生きてきていますので省いたエピソードもかなり存在します。今後、また思い立ったら縷々縷々記述していく事でしょう....
ところで、極めて通常的な人生を歩んできた人たちはお気付きかもしれませんが、この自己紹介には人間を人間たらしめる或重要なイベントについて一切記述されていないのです。一体何なのでしょうか?
そうです、恋愛話です。私の19年間の人生での恋愛は実に人間の性と欲と無情に塗れたものになっており、とても自己紹介の一部として紹介できるものでもありません。これもまた別の機会にということで手を打ちます。
それでは皆さんグッバイ。おやすみなさい。さようなら。元気で。