幸せを招く青い鳥を探して旅する兄妹。
いろんな世界を回ってみても、結局捕まえられませんでした。
でも実は、幸せの青い鳥は、彼らの家にいたのさ☆
遠くまで探しに行ったのに、青い鳥はぼくらのすぐそばにいたんだ!って言うね。
中々気づけないけれど、本当の幸せは案外そばにあるものなのさ。って話なんだけども。
知ってる人も多いと思うけども、このあと青い鳥は、逃げちゃったんですよね。
誰か青い鳥を見つけたら返してくださーい。幸せになるには、ぼくらには必要なんでーす。
って感じのラストだったような…<うろ覚え
結局この兄妹は、青い鳥を探し続けるんでしょうか。
多分そうなんだろうなと思います。
この兄妹に限らず、人間は一個ずつ幸せを見つけては満足して、慣れたらまた次を探すって、幸せ探しをずーっとしてく生き物なんだろうなぁと。
謙虚に今この幸せに満足して立ち止まってしまったら、その先には一歩も進めなくなるものね。
もちろんだからって、幸せに慣れてしまうのは良い事ばかりじゃない。
自分を取り巻く全てのものがいつだって当たり前に与えられると思っちゃいけない。
自分の幸せに介在した存在をすっかりさっぱり忘れて、ないがしろにしちゃいかんのだよね。
とりあえずご飯を残しちゃいけないと思う<え?
私がご飯を食べる幸せ感じるたびに、どんだけの人が頑張ってて、どんだけの動物が犠牲になってるかと思うと…<話飛びすぎです
てのは、おいといて。
本を読んだ時、ラストの解釈が謎と言うか…難しいと言うか。
色々考えて、結局こんな感じの事を思ったりしてました。
先日、圭ちゃんブログで幸せってなんだろうなぁってお話を読んでてね。
本読む前に圭ちゃんブログ見たかったな…そしたらなんかあんま悩まなかった気がするな…と。
圭ちゃんの文章って、なんかふわふわしてて読みやすいのに、内容濃いですよね。
圭ちゃんの求める事は悪いことじゃないですよねって言葉で、なんだか幸せになりました。
そりゃもう悪い事じゃないです。貪欲にいっちゃってください。とファン的には思ったり(笑)
しかし…ほんと幸せってなんでしょうね。
みんなして、ものっそい良く使う言葉なのに、いざ定義するとなると難しい。
ただ個人的には、人と比べて私は幸せだ。とか、何かと比べた幸せってのは、多分自分の幸せじゃないんだろうなぁと思います。
でもやっぱり流されやすいので、時々世の中的な「幸せものさし」に惑わされて、あれ?自分て不幸じゃね?と思ってしまったりすることもあるけども、そこで焦って他人の「幸せものさし」に釣られると、自分の幸せ逃しちゃうんだろなーと。
自分の幸せっぷりを計れるのは自分だけなんだよなってのを忘れないようにして、自分専用青い鳥を自然に見つけられるようになりたいなと思う。