清洲城 2009年の12月19日 訪ねる。
清洲にたたずみ、1300年代(南北朝時代)の村落形成そして、信長から秀吉を経て家康の時代を駆け抜けてここに清洲の天守を見る。
更に、明治・大正・昭和・平成へとこの美濃・尾張のくにを繁栄させてきた。
中でも、家康のころ清洲越しで現在の名古屋城周辺に拠点を移すことになり今の名古屋市街の基盤が移るが・・・っと時の変遷の趣を思いながらの清洲城への見学でした。
美濃・尾張のくに・・・濃尾平野の土地に立ってみて南北朝時代から戦国時代を駆け抜け今の名古屋の繁栄を見てきたであろう清洲のお城を見・・・名古屋城を眺めて・・・小牧城の位置関係をおもうと戦国当時の兵(つわもの)のこの土地を収めようと戦った、日本の要所であったことだろうっとおもう。
遠く岐阜の山並みを見その奥には信州長野まで遠望でき、ひいては紀伊半島をも感じ取れる360度見渡せる交通(街道)の要所であったろう、また濃尾平野の豊かさ(広さ)(石高)=この平野からの上がりを感じたものです。
