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最近の世知辛い世の中では、自分の気持ちを素直に相手に伝えようと思っても、誤解を生むことが多い。
言葉によるコミュニケーションを持つ人間同士でさえ「思い違い」を生んでしまうことが多々ある。
なのに、古の昔より殆ど進化していない (意思の伝達手段において) 独自の考えを持つ犬が、
人が意図することを、どれだけ理解することができるのだろうか?
訓練や、躾におけるコマンドは一種の条件反射を利用したものだろうから、
今回のこのテーマの意味とは少し違う。
いつも同じ家に住み、毎日一緒にいる犬だが、意思の疎通というか、お互いに誤解しているところが結構あるのではなかろうか。

少し前の話だ。
早朝いつものように犬4頭をつれ、いつもの場所で訓練まがいのことをやっていた。
そこには、時々会う大きなポインターのオスがいた。
広い場所で、相当離れている。
そのポインターを放されてる方はいつも車に乗ったままで、犬の後を付いていく訓練?方法をされている。
だから、「呼び」が効かない。 
一緒に遊ばせたことはないのだが、よく見る犬って感じかな。
追求の訓練してるときなど、うちの犬のすぐ近くまで来て結構邪魔されたこともあるが、
訓練中は犬が相手にしないので平気だった(自慢)

訓練も一通り終り、帰り支度をしていた時のことだ。
つい子犬に気を取られていた隙に、ラブのすぐ後ろにそのポインターがいるではないか。

一瞬、その場を緊張がはしる。

でも、フレンドリーなラブのことだ、ガウガウまではいかないだろうと思っていた が、
その瞬間、ポインター前足を折った低い姿勢で低い唸り声をあげて左右に忙しく動き回るではないか。
これは不味い、
ポインターは遊びのつもりだろうが、威嚇しているようにもとれる。
ラブの眉間にシワがよったように見えた。
でも、まだ我慢している。

その犬も、そのままそこに居れば良かったものを、なんとポインターは背をむけ駆け出すではないか。

大変だ!!

ここまではアッという間の出来事である。

最初は遊び半分に追いかけていたラブだったが ・・・(私にはそう見えた)
ラブはこのような場合「容赦しない」犬なのだ。

それに気づいたまだ3ヶ月の子犬のハルが、一人前に吠えながら直に母親の後を追う。
コレはヤバイ。
すぐに大声で「待て」をかけたが、遅かった (激汗)
何故なら、その時ハナ(ラブの母ちゃん)も追跡を開始してしまっていたのだ。
二匹の野生の追及本能にスイッチが入ってしまった。

こうなると、もう誰にも止める事は出来ない。
ピッタリと一定の間隔を取り、獲物を追走するラブ。
ハナはといえば、進行方向を先回りするかのようなルートで、激しく吠えながら、
徐々にポインターを隅の山際の方に追いやっている。
本来の犬が持っている野生動物そのものの見事な連携プレーだ。

私は大声で怒鳴りながら、必死に犬を追いかける。
だが、当然追いつく筈もなく、犬との距離は離れるばかりだ。

私の心配と反比例して、ラブとのポインターの間が詰り、これはもうダメかと思った瞬間、
間一髪、ポインターは飼い主さんのジープの後部座席に辛うじて頭から飛び込んだ。
ほんと、飛び込んだという表現がピッタリだった。

やっとの思いでジープのところに行き、
怒り心頭の私は、息も絶え絶えになりながら1頭ずつ仰向けにし、首を押さえ付けきつく叱った。

やれやれ、全速力で走ったせいもあり大汗をかいたが、冷や汗の方が多かった。
車の中の飼い主さんは、さぞかし怖い思いをされたことだろう。
すべてラブの飼い主である私の責任だ。
どんな言い訳もできない。
丁重にお詫びをし、なんとか許していただいた。
本当に申し訳ないと思ってます。

3匹を連れ、足取りも重くトボトボと自分の車に帰る。
何でそんなに怒られたのか解らずキョトンとしてる3匹とは対照的に、
尻尾を目一杯振り、うれしそうにギンちゃんがこっちに向かって軽快に走ってくる (ルンルン)
優しいギンちゃんはこうした事には参加しない、平和主義者なのだ。

このことを師匠に話してみたところ、
「そんなん、あたりまえやろ」
「追いかけたらあかんわ」ってアッサリ言われた

「群れの動物」である犬達には、はっきりとした自分の順位というものがある。
下位のものが、上位の応援を受けると、上位の者の同意を得ての「協同行為」であり、勢いがつく。
そして、私の怒鳴り声は励ましの声援となり、飼い主の後ろ盾をも得たことになる。
その飼い主が後を追い駆けようものなら、当然飼い主も一緒に参戦しての戦である。
犬としては勇気百倍であったろう。

如何なる時も、犬から目を離してはいけない。
ノーリードの場合は、常に自分の力で扱える範囲内を飼い主は理解しておくべきである。
小型犬や、ギンちゃんの様な優しい犬の場合でも同じ事だ。

庭で飼ってる犬が通りがかりの人を吠える、
気兼ねに思った家人が家の中から犬の名前を呼び叱る事と同じだ。

いつも一緒にいる犬である。
だから気持ちはいつでも通じ合えていると思っていた(そう思いたい)
しかし、人と犬の間には、いろんな思い違いをしてしまうことがる。 これはそんな一例だ。
人はついつい犬を擬人化してしまいがちで、お互いの気持ちを誤解をしてしまうものだ。