1犬、2足、3,4がなくて5に鉄砲
むかしから猟師の間でよくいわれている言葉だ。
狩猟のことをいったものだが、これは現在多く行われているグループでやる猟ではなく、
人と訓練された犬数匹でおこなう猟のことをいっているのだろう。
優れた犬がいればこそ、この猟(ゲーム)が成り立つ。
優れた猟犬については別の機会にして、現在の有害鳥獣の駆除について思うことを書いてみたい。
狩猟は昔は食べるための職業的なものもあったが、現在は職業猟師は少なく、
趣味(スポーツ)としてやってる人が多い。
実猟ではなく、フィールド・トライアルなどはまさしく人と訓練された犬のスポーツだといえる。
現在自分の場合は銃はやらない。罠のみである。
丹精込めて育てている作物を荒らす獣のみを捕獲処分するのが目的だから罠で十分だ。
だが、いまだ一匹もこの箱で捕まえたことがない (爆笑)
檻の戸は閉まっていることのほうが多い。
有害獣は捕まえなければいけないが、捕まえれば自分で処分すべきだ。
処分を人に頼むことはできるが、それでは命を失う獣にたいして失礼である。
だが、根性ナシの自分は「トメ」を刺すことができない。
現在駆除としての罠は「箱罠」のみだが、以前は「くくり罠」もやっていた。
罠に掛った獣は殺気迫るすざましいものがある (当然)。
目は血走り、歯をギリギリ鳴らしながら、近づいてくる人間に対し最後の抵抗と威嚇を繰り返す。
30貫(1貫=3.75kg)近いものがくくり罠に掛っているときなど、いつ4ミリのワイヤーが切れてもおかしくないくらいの迫力で、鬼気せまるものがある。
しかし、罠を仕掛けたものは最後までその責任を負わなければいけない。
だれも「トメ」はやりたくないものだ。
グループでの猟では、「若いもの」がこのトメ打ち(最後のトドメの鉄砲)をさせられることが多い。
罠に掛っている獲物の「トメ」は熟練した者でないと大変に難しい。
銃ではなく、棒の先にナイフのようなものをつけて心臓を一突きにするのだ。
しかし、慣れないものがやると中々一突きというわけにいかず、何度も突き刺すことになる。
獣は血まみれになりながら、それでも牙をむき最後の抵抗をするが、最後は前足からゆっくりと座るように倒れ、目を見開いたまま最後の時を迎えるのである。
いかに憎きイノシシといえども哀れであり、無残である。
1回で決めてやらなければいけない。
それが猟をするものの仁義である。
だが、イノシシの無法振りにはうんざりだし、上手に血抜き処理、解体された肉は美味いのも事実だ。
先日の狩猟免許の更新に行って思ったことだが、
この地方の駆除を役所から依頼されている猟友会の方々の年齢の高さである。
若い人はこうした殺生沙汰は好まないのはわかるが、平均年齢がゆうに70歳は超えている。
杖をついておられる方もいる。
経験豊富な方ばかりだろう、 犬の訓練は人に任せるにしても、この年齢で奥深き山に入り、
道なき道を犬の後をついて何時間も走れるだけの足腰の鍛錬は、経験だけでは無理ではなかろうか?
役所の補助を受けての駆除である。
「イノシシは値段がいいからやるが、鹿は安いから鹿には行かないように犬を訓練している」
中にはこんなハンターがいるのも事実だ。
こうした考え方だと本来の駆除にはなっていないし、動物保護の観点からしてもおかしい。
田舎では、生活のための農業をされてる方が沢山いる。
山の管理の問題も有るが、何年もかけ精魂込めて育てた作物を見るも無残に荒らされた時の気持ちは、
決してその人でなければ解るものではない。
趣味としての狩猟でなく、人の生活を守るため増えすぎた有害鳥獣を駆除する。
イノシシがいつもミミズを食べるために地面を掘り返しているが、土作りにはミミズが必要なのだ。
むかしから猟師の間でよくいわれている言葉だ。
狩猟のことをいったものだが、これは現在多く行われているグループでやる猟ではなく、
人と訓練された犬数匹でおこなう猟のことをいっているのだろう。
優れた犬がいればこそ、この猟(ゲーム)が成り立つ。
優れた猟犬については別の機会にして、現在の有害鳥獣の駆除について思うことを書いてみたい。
狩猟は昔は食べるための職業的なものもあったが、現在は職業猟師は少なく、
趣味(スポーツ)としてやってる人が多い。
実猟ではなく、フィールド・トライアルなどはまさしく人と訓練された犬のスポーツだといえる。
現在自分の場合は銃はやらない。罠のみである。
丹精込めて育てている作物を荒らす獣のみを捕獲処分するのが目的だから罠で十分だ。
だが、いまだ一匹もこの箱で捕まえたことがない (爆笑)
檻の戸は閉まっていることのほうが多い。
有害獣は捕まえなければいけないが、捕まえれば自分で処分すべきだ。
処分を人に頼むことはできるが、それでは命を失う獣にたいして失礼である。
だが、根性ナシの自分は「トメ」を刺すことができない。
現在駆除としての罠は「箱罠」のみだが、以前は「くくり罠」もやっていた。
罠に掛った獣は殺気迫るすざましいものがある (当然)。
目は血走り、歯をギリギリ鳴らしながら、近づいてくる人間に対し最後の抵抗と威嚇を繰り返す。
30貫(1貫=3.75kg)近いものがくくり罠に掛っているときなど、いつ4ミリのワイヤーが切れてもおかしくないくらいの迫力で、鬼気せまるものがある。
しかし、罠を仕掛けたものは最後までその責任を負わなければいけない。
だれも「トメ」はやりたくないものだ。
グループでの猟では、「若いもの」がこのトメ打ち(最後のトドメの鉄砲)をさせられることが多い。
罠に掛っている獲物の「トメ」は熟練した者でないと大変に難しい。
銃ではなく、棒の先にナイフのようなものをつけて心臓を一突きにするのだ。
しかし、慣れないものがやると中々一突きというわけにいかず、何度も突き刺すことになる。
獣は血まみれになりながら、それでも牙をむき最後の抵抗をするが、最後は前足からゆっくりと座るように倒れ、目を見開いたまま最後の時を迎えるのである。
いかに憎きイノシシといえども哀れであり、無残である。
1回で決めてやらなければいけない。
それが猟をするものの仁義である。
だが、イノシシの無法振りにはうんざりだし、上手に血抜き処理、解体された肉は美味いのも事実だ。
先日の狩猟免許の更新に行って思ったことだが、
この地方の駆除を役所から依頼されている猟友会の方々の年齢の高さである。
若い人はこうした殺生沙汰は好まないのはわかるが、平均年齢がゆうに70歳は超えている。
杖をついておられる方もいる。
経験豊富な方ばかりだろう、 犬の訓練は人に任せるにしても、この年齢で奥深き山に入り、
道なき道を犬の後をついて何時間も走れるだけの足腰の鍛錬は、経験だけでは無理ではなかろうか?
役所の補助を受けての駆除である。
「イノシシは値段がいいからやるが、鹿は安いから鹿には行かないように犬を訓練している」
中にはこんなハンターがいるのも事実だ。
こうした考え方だと本来の駆除にはなっていないし、動物保護の観点からしてもおかしい。
田舎では、生活のための農業をされてる方が沢山いる。
山の管理の問題も有るが、何年もかけ精魂込めて育てた作物を見るも無残に荒らされた時の気持ちは、
決してその人でなければ解るものではない。
趣味としての狩猟でなく、人の生活を守るため増えすぎた有害鳥獣を駆除する。
イノシシがいつもミミズを食べるために地面を掘り返しているが、土作りにはミミズが必要なのだ。