毎日が暑過ぎて溶けそう
仕事の打ち合わせで「議論しましょう!」と呼んでいただけるのは不要品扱いされてないだけありがたいんですが、日中都心を歩いていると燃費の悪いアメ車ばりに水飲まないとすぐ動けなくなる…
中年だし流石にムリが効かない感じ✨
スーツとかってこんな湿度と温度が限界突破する東の島国には向いてないよね!デザインとかは好きだけど
売れなくなるのも分かる気がする。
最近、チームの若者同士が考えが合わない
って揉める事案が発生したんだけど、なんだか自然とそんなにカリカリしないで曖昧さや違いを許容したら?って話してキョトンとされた。
自分も若いときは信念とか正しさみたいなものを軸に色々本気で戦っていた気がするんだけど、違うとか気に食わないとか違和感を叩きつぶしてもお互い疲れるだけで何も生まれないんだよね。そしてヒトの気力は有限だし、ぶつかる意味のある所を選ぶの大事だよって言ってようやく何となく納得してもらえた。(すっかり自分もジーサンになったと言ってて感じた
)
なんか最近思うのは、反発と共感は近いものかなと思っていて、自分の行動は共感したものだけではなく、反発して何で?って思ったものに近づいていたりする。
血縁はあっても大嫌いな人の好物のレーズンクッキーを何故か覚えていて無意識に買ってみてたり、苦手だなって思っていたはずが自分でそこに何があるのかを探しに行ってたり。そして初めて良さや意味合いが分かったり、考える機会を貰えたり。
自由に柔軟に動いてみると、少しほろ苦くも新たな気づきに出会える気がします。一見不可解な自分の動きを冷静に眺めてみる事って大事。
小さい頃に好きだったミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でも、虚無の力に崩壊しそうになっていた想像の国に主人公が新しい名と意味を与える事で崩壊を止める一方で、救世主となった主人公は新たな願いを叶える度に驕りながらも現世の記憶を失っていく。そして自分の名を失って何も出来なくなった時に救ってくれたのが自分が切りつけたはずの旧友だったってプロットがあるのですね。
あまり本を深読みしたくはないけど、何だか人生の1つのモチーフのような気もするこの頃。旧友アトレーユは記憶を失いかけた主人公が始めてしまった想像の物語を自ら閉じていく事を約束するんですね。文字通りに果てしない営みになるのに、なんか…深い愛ですね。
暑過ぎてよく分からないブログになりましたが、気になった方は読書の秋に備えてミヒャエル・エンデの『はてしない物語』…ハードカバー版はなかなかに重くて漬け物石の代わりにもなるので、ぜひ!