双子刑事49 | 今日も元気で

今日も元気で

大好きな人やモノについてや、日々の生活の中で感じたことなどについて自由に綴ったり、自作の書き物などを公開しています。

ここは、都会の喧騒から逃れた静かな町。自然がまだ残っていて、

都会の生活に疲れた人の心を癒してくれる。そのため、この町に別

荘を持っている人も少なくない。その別荘の1つに、庭にバラの花が

咲く、白い建物があった。それほど大きくはないが、陽当たりが良く、

採光に工夫が凝らされた洒落た造りの建物である。その家の庭に

面した部屋の窓が開いていて、中に人影があった。その人はカンバ

スに向かって絵を描いていた。するとまた別の人影が、やってきて

話しかけた。

「奥様、窓を閉めませんと。今日は肌寒うございますから。お体に

触ります。」

「そうね。」

「カモミールのお茶をお持ちいたしました。少しご休憩なさいません

か。」

「ええ、ありがとう。そうさせていただくわ。」

カンバスに向かっていた女性を奥様と呼んだのは、この家の使用

人のようで、その女性の車いすを押して、テーブルの傍まで連れ

てきた。お茶を一口飲むと、

「美味しいわ、多恵さん。いつも多恵さんが入れてくれるお茶は、

本当に最高ね。」

「ありがとうございます。」

多恵という使用人は嬉しそうに微笑んだ。

「だいぶ、出来上がりましたね。」

多恵は描きかけの絵を見て言った。

「ええ、そうね。でも、モデルが傍にいないからなかなか捗らない

のよ。」

「坊ちゃま、変わられたでしょうか。」

「そうね、随分と大人になったでしょうね。会いたい、いつか。」

その女性は寂しそうに、視線を庭の赤いバラの花の方へ向けた。

少しの間遠い目をして見ていたが、視線を多恵に戻して尋ねた。

「ところで、多恵さん。徹さんから何か連絡はあった?」

「いえ、それが。」

「どうしたのかしら。どんなに忙しくても週末には必ず連絡をくれ

るのに。」

「さようでございますね。1度、病院の方にわたくしから、それとな

くお尋ねしてみましょうか。連絡がつくかも知れませんし。」

「ええ、お願いするわ。」

「はい。かしこまりました。それと、奥様、今日、徹様宛に郵便が

届いております。」

「あら、徹さんに郵便が届くなんて珍しいわね。ここの住所を知っ

ている方がいるなんて、余程親しい人なのかしら・・・。」

「これでございます。」

「どなたからなのかしら?」

表はタイプで打ってあり、差出人を見ると、名前がなかった。

「差出人がないなんて、何だか変だわ。多恵さん、鋏を持ってき

てちょうだい。」

「奥様、およろしいんですか。」

「構いません。徹さんには後から説明します。何だか嫌な予感

がするのよ。」

多恵はすぐに鋏を持ってきた。封が切られると中からディスク

が1枚と手紙が出てきた。急いで、それを読むと、奥様と呼ばれ

る女性の顔色が見る見る間に変っていった。

「どうかなさいましたか。」

「多恵さん、今すぐ、徹さんの病院に電話してちょうだい!!」

「はい、かしこまりました。」

彼女のただ事ならぬ様子に多恵は慌てて、部屋を出ていった。

「徹さん、どうか無事でいて・・・。」

その女は目を瞑って、祈るような素振りをした。まもなく多恵が

青ざめて強張った表情で部屋に戻ってきた。その顔を見るなり、

「多恵さん、どうだったの?徹さんは?徹さんは無事なの!?」

うろたえたように尋ねたが、多恵は首を横に振ると声を落として

答えた。

「奥様、お気を確かに聞いてくださいませ。徹様は、亡くなったと。」

車いすの上で女は眩暈に襲われたように、掌の甲を額にあて、

肘掛にもたれかかったが、かろうじて意識を失わずにもちこたえ

ると、顔を上げて、

「私は行かなくては。」

そう、強い決意に満ちた瞳で言った。

「奥様、それはいけません。徹様が亡くなられた今、奥様の身に

何かありましたら、今までのことが全て水の泡、徹様に申し訳が

立ちません。そんなことになったら、多恵は一体どうすれがよい

のですか。」

「多恵さんの気持ちはありがたいけれど、私のせいで徹さんが。

そして、このままでは、またあの子の身に何か危険が及ぶかも

知れない。このまま、ここで私だけが、何もせずにこのまま暮ら

しているわけにはいかないのです。」

「わかりました。では、多恵もご一緒させていただきます。」

「それでは、多恵さんに迷惑が・・・。」

「何を仰います、水臭い。多恵は大丈夫でございます。」

「ありがとう、多恵さん。本当にありがとう。」

2人は手を取り合った。


兵藤貴明は拘留中の身で取り調べを受けていたが、そのとき、

担当していた京子の口から陽子のことを聞かされた。

「陽子さんは、鬼頭俊作に誘拐されたとき、至近距離から撃た

れて重体だそうです。」

「陽子が・・・。鬼頭、あいつめ。よくも私の娘を!!」

「あなたにも親としての感情があったんですね。」

「・・・・・。」

「あなたの歪んだ愛が、間違った憎しみが結果的に愛する我が

子の命を危うくさせることになったんです。」

貴明は苦々しげな表情をして京子の言葉を聞いていた。

「鬼頭に誘拐された陽子さんを助けにいったのは、あなたがか

つて愛した人と憎み死に追いやった人の息子、若宮恵さんだっ

たんですよ。」

「龍が・・・陽子を。」

「ええ。しかも、あんな体で、鬼頭の要求通り、たった1人で行っ

たんです。そのせいで、チーフの体はもう・・・。」

京子は熱いものがこみあげるのを、きゅっと唇を噛んで堪えた。

「こんな風になっても、まだ、あなたは!!今でも、本気で彼を憎

んでいるですか?20数年間という長い時間、一緒に暮らして、

たったひと欠片の愛情も湧かなかったというんですか。どうな

んです!」

取り調べに私情は禁物だとわかっていても、悔しくて腹立たし

くて、京子は貴明を責めずにはいられなかった。

「鬼頭も逮捕されました。これであなたたちは終わりです。ただ、

私にはあなたに聞きたいことがあります。あなたがチーフに最後

に言った言葉。“最後に勝つのは私かも知れない”、そう言いまし

たね。あれはどういう意味なんです。まだ、これ以上チーフを陥

れるような何かがあるんじゃ・・・。」

「ふふふ。私は龍を陥れるどころか、救世主になるかも知れなかっ

たのだ。私は若宮が逝ってしまってからも、“D”の研究を続け、

あいつが解明できずにいたことを突き止めようしてきた。それで

こそ、本当に奴に勝つことができるのだから。私の研究が成功

すれば、龍もその運命から逃れられたかも知れん。」

「あなたに彼を救うことができると?」

「さあな。このまま死ぬほうが楽になるかも知れん。死ねば“龍の

紋章”の宿命から解き放たれるのだから。」

「“龍の紋章”ですって?!それは、一体どういう意味ですか?話して!!」

鬼頭から聞いたのと同じ言葉に、京子は愕然とした。

「知りたければ教えてやろう。」

そう言って貴明は語り始めた。そして全てを聞かされた京子は呆然

とした。

「そんな・・・。」

「これでわかっただろう私の言葉の意味が。」

「チーフはそのことを知っていて、“龍の紋章”の宿命から逃れるた

めに自らの命を断とうとしたと?そのために自分の命を捨てる覚悟で

陽子さんを助けにいったと言うんですか?」

「そう考えても不思議はない。それほどに過酷な宿命だ。」

「過酷な宿命を背負わせたのはあなたでしょう!!チーフは、兵藤龍は

そんなに弱い人ではないわ。全てと戦う覚悟をしていたはずよ。」

「或いは、あいつのことだ、そうかも知れん・・・。が、宿命から逃れる

すべはないと知っていたはずだ。」

京子は悲愴な表情で口を噤んだ。

「チーフを治す方法はないんですか?その宿命を断ち切る方法を

あなたは知っているんでしょう?」

京子は懇願するように貴明に尋ねた。

「私の研究は理論上はほぼ完成している。“抗体”さえあればな。」

「“抗体”?」

「そうだ、抗体を持っている人間を捜し出すことだな。しかし、それは

奇跡に等しいかもしれないが・・・。」