杉原千畝、どうしようか迷いましたが、今日観に行って、正解でした。
日本が、なぜ戦争になったのかを、よく知ることができました。
1940年7月から8月にかけてのお話ですね。たった2週間ほどの期間。
・人のお世話にならぬよう
・ 人のお世話をするよう
・ そして報いを求めぬよう
この言葉が、とっても心に残っています。
報いを求めず、人のお世話をする・・・・・千梅氏が卒業した、ハルピン学院の3つの教訓
と言っていましたが、立派な考えです。なかなかできないことです。(実際に、ある学院です。)
つい、見返りを期待してしまうのが、凡人ですからね。
いや~~~~偉いわ。
そしてこの教えを守りぬきました。
第2次世界大戦中に同盟を強めるナチスドイツと日本の中、ポーランドや欧州各地から逃れて
きていた難民たちの窮状に同情して、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を
発給して、およそ6,000人の避難民を救ったんです。
ユダヤ難民の凄惨な過去を今に伝えるアウシュビッツ収容所のことも描かれていました。
ユダヤの人は、どうして迫害されるてしまうのでしょう。ひどい映像がでてきて、憎しみすら
ドイツ(ヒトラー)に対して、湧いてきそうになりました。
ユダヤ人も日本人も、家族を愛するという心は同じなんです。
和製シドラー、杉原千畝(ちうね)さん、自分では相性で「センポ」と言っています。
千畝はセンポと読むようです。
この千畝さん、めっちゃくちゃエリートなんですね。当時昭和初期なのに外国語に堪能で、
英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語など数カ国語に通暁していて、特にロシア語には精通
していたので、ソ連のスパイみたいな事をしていました。
物語の大半はリトアニアのカウナスやドイツが舞台となっていましたので、邦画なんですが、
日本語が出てくることは少なくて、字幕でした。
のんびり、充実した時間が流れていくような感じで、映画はすすんでいきます。銃撃シーンと
かは、ありません。
大日本帝国バンザイって、言ってる国の外務省にたてつくんですから、勇気のいることです。
首になるのならまだしも、命を狙われる可能性もある訳ですからね。
本当に、立派な人ですね。
千畝さんの名言集↓で、こんな言葉が。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
世界は大きな車輪のようなものですからね。
対立したり、あらそったりせずに、
みんなで手をつなぎあって、まわっていかなければなりません…。
この時代がドイツが上にあったけど、歯車がいつ回って、下にくるか
分からないということを言ってるんですね。
六千人の命のビザ
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この人が、千畝さんご本人↑