未来の音楽が聞こえる音楽屋さん
神様ロンTとセカンドバック、パチンコ用に一着いかが?
伸びてる伸びてる~!!
モンキーまでYOGA
Yoga Breakfast‥‥これは完全ナメてるな
やい!そこのべコ!
お前そこじゃなきゃダメなんか?
未来の音楽が聞こえる音楽屋さん
神様ロンTとセカンドバック、パチンコ用に一着いかが?
伸びてる伸びてる~!!
モンキーまでYOGA
Yoga Breakfast‥‥これは完全ナメてるな
やい!そこのべコ!
お前そこじゃなきゃダメなんか?
リシケシュ滞在約一週間。
その期間で場所を変え、体験したYOGAの先生は4人。
種類はHath&Ashtanga Yogaで、Asana(ポーズ)をメインに行うYOGA。
結論から言うと、良い先生は最後の"死体のポーズ"の時の気持ち良さが全然違う。
というか、しっかり自分なりに瞑想状態に入れる。
では良い先生というか、自分に合った先生はどんなんだったか?
まず見た目、
おなか出ていてヒゲがムック並にもじゃもじゃで、何故か必ず白の短パンでスネ毛&モモ毛がもじゃもじゃ。
見た目だけならYOGA先生のイメージとかけ離れてたけど、雰囲気作りと内容がスバラシイ。
流れとして、
まず先生が登場して窓の外に手を合わせ、お祈りをする。
その後、Asanaに移行していく。自分の立ち位置が全員の視野に入るようにさりげなくポジション修正。
この時に各ポーズに費やす時間が一つ一つ非常にゆっくりしている。
見本の動きがとてつもなく丁寧でゆっく~り。
そして、自分が歩いて一人一人ポーズの微調整をしてくれる。
この微調整が丁寧で、さらに力を入れるポイントを指で押したり撫でたり。
良い感じの時は、力強く『GOOD』のサイン。これ出ると結構うれしい。
女性の体に触れるときには、目の前で合掌してからするし、微塵もやらしさは感じさせない。
一つ一つポーズが非常に丁寧にゆっくり行われるため、とにかく効くし、集中力も増してくる。
体のどの部分を使っているのか、どの位まで稼動しているのかを
感じながら行えるので自分の状態を確認しながら行えた。
そして、無理に難易度の高い技を強要するのでなく、
各ポーズをより確かなものにしていくのに重きを置いているよう。
他の先生では、あまりにサクサク進んでホントに単なるエクササイズのように事が進んだり、
あんまりマメに修正の目を向けてくれなかったり、過剰に「オーム」のマントラを唱えまくったり、白目向いたり!
※ 因みに「AUM」(オーム)とは‥‥
生まれたときに最初に発する言葉が「A(あ)」で、死ぬときには「M(むorん)」で終わる事から、
物事のはじまりから終わりまでを意味するマントラとも言われている。
太陽礼拝の時やYogaの最中によくみんなで唱える。
あるポスターにはAUMには1000以上の意味合いがあると書かれる程、深い意味が含まれている。
さらにこの先生の素晴しかったところはたくさんある。
お金に触らない、2時間枠を気にせずやってくれる等、他にもたくさんあったが、
一番良かったのは、途中もしくは最後にYOGAのやる意味と効果などいろんな角度から話しをしてくれるところ。
一回一回のレッスンでこれをやってくれたのこの先生だけだった。
(アシュラムに入ると哲学もやるらしい)
彼の話の中では、YOGAは良い瞑想に入るためのアプローチ方法だという。
つまりYOGAと瞑想は切り離せないもの。
彼曰く、「First Body, next Mind, and Heart」
つまり、このYOGAのポーズはHeartに到達する為のステップだという事。
また「without devotion is not complete」とも言う。
ここでいうdevotion(信心・信仰・帰依etc‥)の解釈が難しく、理解がうまくできなかったけど、
何度もこの言葉を発していたのが印象的だった。
また水はなぜ重要なのか。
人間の体の約66%~75%は水分で出来ている。
水は長く同じ器の中に置いてあると、だんだんニオイを発しフレッシュではなくなってくる。
人間の体内もフレッシュに保つ事が重要で、取り込む事と排出の循環を経てフレッシュなBodyへ、
良い瞑想に繋がるとも話してくれた。
(ほんとはもっとスピリチャルな内容を話していたけど、聞き取れた大まかなスジはこんな感じ)
彼のYogaを受けて、YOGAに対するイメージが以前とはだいぶ変わった。
こいつは単なるエクササイズとはかけ離れている。
最近では核となる宗教・信仰・神様・悟りというようなメンタル面の意味合いや解釈部分が大きく省略されて、
エクササイズとして、生活スタイル改善等、形を変えて日本式に認識されているケースが多いと思う。
話しを聞いただけで日本でYogaを受けたことは無いから、あんまり雄弁に語る事はできないが、
日本では哲学的なことやスピリチャルな要素を加えすぎるとなかなか受け入れられなかったり、
誤解から宗教風に聞こえる事で距離を置いてしまう可能性も無きにしもあらず。
日本のYOGA先生のサジ加減も難しいだろうに。
良い悪いの判断は置いといて、
体の改善から心の改善に繋がるという意識の上では、いずれにしても効果は大きいと思う。
あるインド人先生が言っていた、「Yoga is one」
その言葉からYogaの向かう先は一つなのだろう。
実際Yogaは生活に根付いたところから発展していったと言われ、
あらゆる行いは形を変えYogaとして認識されている。
日本でもインドにおけるYogaの位置づけが少しでも理解されていけば、
これから先ブームとして終わらず、根強く生活に入り込んでいくきっかけになるのではないかと思う。
それにしても良いYogaの後は集中力が増し、死体のポーズの時に自分の体の声が聞こえるようだった。
血液が指先にまで流れているのがわかるし、体の中心ポイント(たぶんチャクラのライン)に力を感じた。
心が無の感じになったり、物凄く穏やかな気持ちで冷静になれたりして、あらゆる感覚が研ぎ澄まされるよう。
REIKIとやらを通してもらった時に、今のおれはどうやらサードEYEのチャクラ(直感)が強く開いているみたい。
Yogaの本質に少しでも触れれて、
また頭と心が一段とクリアになり、フレッシュになれたかな。
GOOD EXPERIENCE!
バラナシでも見たように、ガンガー沿いにあるリシケシュでも大掛かりなプジャが行われている。
あいにく雨が多く、時期が悪くてガンガーの流れは速く、濁りまくっている。
(普段はあのガンガーが透明に近いくらい綺麗らしい)
ガンガーに向かって行われるプジャ。
ここでは、スーパーかっこいいシヴァ神像がその行を眺めているよう。
ここでのプジャでは、バラナシと同じようにタブラとオルガンの音色に合わせ、
歌を歌い、時折みんなが手拍子をしたり、全員で歌ったり、火を祭ったりする。
<中心の火を囲むように人が集まる>
中心の火の周辺には白人を含めた人たちが、何かを砕いたような粉を投げ入れ、
絶えず火が消えないようにお祈りを捧げている。
終盤に差し掛かると、みんな揃って手拍子、そして歌を歌う。
そして中心で焚いていた火を元火にして、手で手渡せる大きさの平皿に火を灯す。
平皿を受け取った人は、円を描くように皿を動かしながらお祈り。
周辺の人は火に手をかざし、その手で頭を撫でるようにする。
毎晩のように行われているプジャには外国人だけではなく、もちろんインド各地から巡礼に訪れているらしい。
インドを旅してきて、なんとな~くインド人の感覚が徐々にわかってきたように思える。
彼らの旅行は基本的にヒンドゥーの聖地に行く事。
それも老若男女問わず。
その辺にあるシヴァの銅像の前で写真を撮るインド人の浮かれ具合とテンションの高さには驚かされる。
突然現れたハヌマーンの銅像にはしゃぎだす若者。
さらに街中で売っている写真・ポストカードの神様は、ジャニーズのそれと同じように
アイドルみたい。
はじめは、神様にテンションを上げる若者の様子に違和感がモリモリだった。
宗教の聖地が観光地‥‥そこに違和感を感じるというのは宗教観のなさからかもしれない。
もしかしたら娯楽施設があまりないだけなのかもしれない。
でも、単純に拝んでプジャに参加して満足している姿は美しくもあり、微笑ましくもある。
まだまだ彼らの胸の内はわからない。
どんな気持ちで拝んでいるかも。
バスの運転席にシヴァ、お店の神棚にガネーシャ、ゲストハウスの名前にビシュヌ、
壁掛けにグルガ、食堂の壁にカーリー、車に貼り付けられたクリシュナ、腕には刺青でハヌマーン‥‥
5000年の歴史、あらゆる宗教のはじまりとなったインドのカルチャーはとてもじゃなけど計り知れない。