年末で街が稼動していないボゴタ。
メデジンで年越しを過ごそうとバス会社にかけよったところ、コロンビア人も年末年始は帰郷ラッシュで1月1日までバスが一杯と言われてしまった。
退屈な年越しを迎えるだろうと思っていた矢先、またしても救世主Andresから連絡が来た。
「年越し一緒に遊ぼう!」
二つ返事で、OKサイン。
薄い記憶を頼りにバスを乗り継ぎAndresの家に向かう。
時は2011年、12月31日。
2011年……まったく統一感のない時間を過ごした。
前回の旅の記憶を引きずりながら、短期のアルバイト生活をし、将来を考えていた1月~3月。
好日山荘で働かせてもらいながら、アウトドアという分野に惹かれていった4月~6月。
ターニングポイント、富士山という新しいフィールドでやりがいと達成感にもまれた7月~9月。
再度好日山荘でお世話になりながら、旅の準備をしていた10月。
満を持して飛び出した中米メキシコとキューバでの旅をした11月~12月。
そして2011年大晦日。
コロンビアの首都ボゴタ。
富士山・好日山荘との縁があったおかげで"山・自然"という向かうべきテーマを見つけ旅に来れました。
そんな2011年を想いながら、夕方にAndresの家に到着。
「ハポネスきたぞー」っていって、ドアをノックするも肝心のAndresはドーナツ屋の仕事で不在。
代わりに元旦のために帰郷中のandressの兄ちゃん&その彼女が出迎えてくれた。
そこからしばらくすると仕事を終えたAndresも帰宅。
あの再会を喜んでくれる表情が忘れられん。
おめかししたAndres兄弟とその彼女、4人で言われるがままにタクシーに乗り込んだ。
ここでも、「払わなくていい」と頑なに言ってくれてしまうのを振り切って、なんとかお金を払う状態。
どこまでウエルカムなんだ。。
31日の夜。
まずはこの日が誕生日である彼らの友達のところへなぜか僕も同行です。
普通に一緒に家へ入っていって、知らない家族と知らない友達をお祝いして、なぜか知らない歌手のPVを一緒にみて……。
おれ何者?
適当なところでお開きになると、今度は場所を変更。
コレクティーボを乗り継いで、ボゴタ南部の丘の上へどんどん登っていく。
南部は、北部の富裕層とは対極の貧困層が住むエリアと聞いていた地区。
コロンビア人も「危険」と表現する、旅行者なんて行く機会もなければ、基本行かない場所。
南部の丘の上、
ここに一緒に行動していたAndresのお兄ちゃんの彼女の家族がいるらしい。
丘の上の地区に降り立つと、Andresがふざけて「ここは危険、怖い!」とかやってくる!
「バカたれ!おれはリアルに緊張してるんだぞ!」、正直な心の声。
丘の上に着くと、
まずでっかい警察署があり、割と警察もウロウロして……ないのね。
みんなが危険っていうから、ゴミが落ち放題のトタン屋根だらけのスラムを想像していたけども、
ちゃんとみんなオメカシしてるし、女性や子供もはしゃぎながら歩いている。
いったん彼女の家に立ち寄り、連れられるまま彼女の親戚一同が集まる家へと向かった。
丘の上は、盆地にある中心地よりは気温も低く、パーカー一枚とかでは少し肌寒いくらいだった。
夜は深まり年明けまであと数時間という頃、Andres兄弟とともに彼女の親戚が集まる家に着いた。
華やかとはいえないが、手作り感がたっぷりの色とりどりの装飾と電球が通りに飾ってある。
家の前では各家庭が炭をおこし、肉、とうもろこし、いもなどをダイナミックに焼きながら爆音でサルサ音楽を流し、焼いてるムキムキのおっさんは、手で肉をひっくり返しながら、腰をくねくねさせながらビールを煽っていた。
どこの馬の骨かもわからない一人の日本人に対してもウエルカムの姿勢は変わらず、肉が入った塩味の透明なスープを振舞ってもらう。家の中でスープを飲み干したら、また家の前の路地で酒盛り。
ビールが出てきたり、度数の強すぎるてテキーラ風の酒を永遠と振舞われていく。
こういうところでは遠慮しないほうが喜んでもらえる。
目の前では、年の差は関係なくサルサの爆音ミュージックに合わせて踊りだす。
さすがTHEラテン。親族同士、知り合い同士、親と娘?同士も関係なく手を取り合い体を密着させて踊る。
もちろん、おれなんかは黙ってても目立ついいカモなので、
速攻でおばちゃんとAndresの兄ちゃんの彼女とまで踊らされたりした。
ぎこちない動きに周囲の人の反応は抜群で大いに喜んでもらえた。
一息着いた頃、なぜかマメを3粒ずつ配りだし、みんな握り締めている。
食べようとしたら、「ちょっと待て!それは後で!」と言われた。
みんながいい感じに酔っ払ってきた頃、賑やかな通りの音楽が突然静まりだし、
気がつけばラジオで20ぐらいからカウントダウンが始まっている。
「地球の裏側日本ではとっくに年越ししてるんだろな~」なんて思いながら、
急激に一年の終わりを感じるボゴタの丘の上。
そういえば、今からちょうど2年前。
西アフリカのマリでフランス語の年越しをしていた。
そして2年後の今日。
今度は南米のコロンビアでスペイン語での年越し。
ラジオのアナウンスの声が漏れてくる!
「ディエス」 (10)
「ヌエベ」 (9)
「オチョ」 (8)
家の外に出た家族達が、叫びながらカウントダウン。
「トレス」 (3)
「ドス」 (2)
「ウノ」 (1)
Feliz Ano Nuevo !!
ぴゅー ドカン ドカン
年を越したその瞬間、全員が近くにいる人と次々抱き合い頬を合わせる。
通りにいる人全員が、新しい年を無事に一緒に迎えられたことを喜びながら抱き合う人の群れを見て、
ものすごく幸せな気分にさせてもらった。
眼下にはボゴタの中心地から花火が上がってる様子が、目線より下に見えている。
手作りの電球と花火と抱き合う人達と眼下の花火と大都市のネオン。
日本から14時間遅れの年越し&誕生日。
完全に目に焼きついた。
同じくみんなと抱き合いながら、新年のお祝いをさせてもらったらAndresが近くに寄ってきて、
さっきのマメ3つの食べ方を説明してくれた。
「1つ目のマメは、自分の将来の幸福を願って」
「2つ目のマメは、家族の幸福を…」
「3つ目のマメは、世界の幸福を…」
スペイン語と少しの英語での説明だったから、完璧な解釈ができてるか不安だったけど、
こんなことを言って、それぞれのマメを食べる習慣があるらしい。
こんな習慣があるところが悪い場所なわけがない。
マメを食べて、またビールと強い酒とサルサ。
楽しみ上手で、とにかく人懐っこいコロンビア人。
途中Andresが「ハッ」として、今日僕が誕生日だということに気がついて、周りの人達と祝ってくれた。
みんなとまた抱き合いながら、ビールを飲み干す。
周りの人も笑顔で親指の立ててくれる。
みんなやさしすぎ!
旅行者だけじゃなく、丘の下に住むコロンビア人にもいいイメージのない南部の丘の上の人達を見て、
コロンビアのイメージが思いっきり変化していく。
確信になったことは、
親切でやわらかいのはAndresだけじゃないってこと。
彼らはよその国から最悪のイメージを持たれているのを知っている。
でも、それは政府だったり、ゲリラだったり、麻薬王から来るもので、
彼らにしたらむしろ被害者なのかもしれない。
決して所得に恵まれていない人達が住む地域、その分多くの人達が寄り添っている。
南部の丘の上にこそコロンビアの本質を見た気がした。
これがすべてじゃないけど、これも本当のこと。
コロンビアの首都ボゴタ南部の丘の上で向かえた2012年の幕開け。
29歳、幸先のいい南米の旅が本格的にはじまる。