怒涛の初日から一夜明け、家族親族みんなが雑魚寝して夜を明かしたコロンビア2日目の25日クリスマス。
朝起きてから、少年が必死にスペイン語を教えてくれている。
花瓶の言い方やテーブルの呼び方など、即戦力にならないスペイン語も得意げに教えてくれる。
お礼に外国人がほぼ100%喜ぶ必殺技、名前を"漢字"ひらがな"カタカナ"の3パターンで書いてあげた。
そこにいる全員分を書いてあげると、寡黙な親父さんも「Gracias」と笑顔で言ってくれた。
コロンビア、ホームステイ状態。
二日目の昼にも、初日の夜に振舞われたコロンビア、ボゴタの家庭料理『アヒアコ』(AJIACO)を振舞ってくれた。
<ボゴタの家庭料理、AJIACO>
ベースは鶏肉、とうもろこし、ジャガイモ、
ジャガイモをとろとろに煮込んで、
クリーミーとまでは言わないけども、塩気のあるコーンスープをさっぱりさせたような味。
こういうレストランや食堂で食うのでなく、家庭料理で食べる味ほど特別なことはない。
もしかしたら、各家庭の味噌汁味が微妙に違うように、
ボゴタではAJIACOの味が各家庭で変化があるように思える。
家族と同じように当たり前にいただいてしまいました。ありがたや。ありがたや。
二日目の朝になると、アグレッシブ過ぎず、かといって距離を置くわけでもなく自然に心地よく居させてもらった。
<Andresと親父さんの友達>
少しブラックの血を引くAndres。
笑いながらだが、自分のことを「Negro」(ブラック)という。
なんとか片言の英語でコロンビアについて教えてくれようとする。
彼の家がある地域はボゴタの中でも中間レベルの生活水準の人達が集まる場所。
同じような生活水準の人が同じ地域に住む。
このあたりだと顕著で当たり前の考え方なのかもしれない。
住む人たちにとってもそのほうが安心感があるのかもしれない。
夜寝ている時に、「バン、バン」銃声のような音がなり響いて銃声かと思って目が覚めた。
朝起きてAndresに「夜銃声みたいな音がなってたけど何?」って聞いたら、ただの花火だったみたい。
完全にイメージは拭えてないから、さすがに焦った。
Andresの母ちゃん。
声でかくて、はっきりテキパキと切れのある明るい母ちゃん。
ふざけながら、「なんか頂戴よ!」って言ってくるのがまたうれしかったりした。
速攻で遠慮なし。
お世話になりまくったから、ちょっと小さかったユニクロのヒートテックをあげたら子供のようにはしゃいでいた。
美容師の母ちゃんは、おれの頭を見るなり「丸坊主にしてやる!」ってふざけながらリアクションしてた。
親父さんのお父さん。
かなり気に入ってもらえて、
おれの誕生日が1月1日だと知ると、「元旦は是非遊びにきなさい!」と言ってくれた。
他の誰よりもおもてなしに気を使ってくれた。
日本とコロンビアはアミーゴです!
ってアピールすると、すかさずノッてくれる。
日本とコロンビアの外交は1908年からはじまり、約100年が経過している。
コロンビアからの輸出品は、おなじみコーヒーやエメラルドなどの宝石。
日本からは車や電気機器など。
中国製品とは違う!と、おれの変わりに豪語してくれたおじいさん。
若い頃北部でベネズエラとの戦争を経験した年配の人には、
今の若い人にない独自の国際感覚があるように思える。
中南米を旅していると話すと興味深々で聞いてくれ、
南米各国のことについて熱く語っていたのもおじいさん。
キューバでもそうだったけど、若者はネットやテレビなどからの間接的な国際交流が盛んだけど、
案外年配の人のほうが直接的な国際感覚があったりする。
どこの馬の骨かもわからない日本人に対して最大級のおもてなしをしてくれるホスピタリティに感謝。
両手に花! 写真撮るときにわざわざメガネをはずしてくれました。
最強にいいやつAndres。
最初は家まできといて警戒してカメラださなかったけど、やっと一眼炸裂したぜ。
わし、二番目に黒い。
コロンビアの兄弟たち。
みんなの好奇心をガンガンに受けました。
親戚&友達一同。
びっくりするくらいみんな優しかったわ!
2泊3日で泊めさせてもらい、今度はおれの宿探しまで一緒にしてくれた。
どこまで親切なんすか。
コロンビアの家族とクリスマス……。
これはなかなか狙っても難しいシチュエーション。
誰かが言ってたけど、コロンビアの魅力は”人”だと。
まさに"コロンビアの魅力ここにあり!!"だわ。






