<JOHANNESBURG TAMBO国際空港>
ヨハネスブルグ、Eastgateにあるシェアハウスにお世話になった6/10~6/25までの約2週間。
中国で最初に会った人、アフリカを下ってくる途中に会った人たちとの再会と共同生活。
何をするにも、どこに行くにも足が必要な車社会の南アフリカ。
フラッと1人で出歩ける場所ではないため、基本的に野暮用での外出があまり多くなかったものの、毎日放送される予選リーグの試合を1日における生活サイクルの中心に置いての毎日だった。
寝る場所は、変動する宿泊者人数に合わせて、限られたベット組、ソファ組、ダンボール部屋組に分かれての就寝。何度か寝たダンボール部屋ではあまりの寒さにカゼを引いてしまい、熱を出しながらブラジルvsコートジボワール戦を見るハメになってしまった。バリバリの南半球に位置する南アフリカ。期間中は冬で、部屋の作りが冬用に作られていないため、持ってる服を重ね着して最高装備で過ごす。家の中でもダウン装着しながら生活している人たちもいる。寒すぎてビールが全然進まない。
大変だったのは寒さだけで、家の広さ、清潔さ、トイレの数(3つ)、さながらビバリーヒルズばりの家だった。食生活も限られた調味料とはいえ、日本人の集まる家ということで、やっぱり醤油風味の漂うご飯を堪能させてもらった。そのおかげであれほど恋しく思っていた日本食への熱も少し収まって、食への冷静さも取り戻した。
序盤の共同生活者が7~8人だったが、大して動いていないのに3日で20kgの米が無くなりかけていたのは驚いた。炊飯器もない中、1升近くの米をナベで美味しく炊けてしまうところに旅人のたくましさを感じる。
試合の時。
多いときにはレンタカー3台で会場まで行き、久々に見た大量の日本人に驚いてしまう一幕もあり、
長旅で着眼点が一般の人たちとズレているのにも気づかされ、かなり笑えた。
ある時には日本から来た人たちからの誘いがあって、プレトリアまで行って南アフリカ人とフットサルをした。
楽しい時間を過ごしたと思ったら、誘ってきた人たちからあまりに高い使用料金を請求されて困惑したこともあった。なんと主催者はコート使用料金だけでなく、集まってもらった南アフリカ人に対して、行き帰りの交通費までも負担していたらしく、その額を日本人旅行者サイドで負担する約束だったようだ。
現地の金銭感覚からして、あまりに多い、お小遣い込みの額を言われたまま払う日本人。
いいカメラで写真を撮りまくって、「黒人とサッカーしたし、写真たくさん撮れたし、いい思い出だ」なんていって満足するその遊び方はあまり褒められたものではなく、また南アフリカにおける日本人旅行者の被害を広める要因となるだろう一幕も目にした。
「あいつら金に物言わせてアホだな」。
その程度でアフリカンが流してくれてたらうれしい。
そんなこんなで、買い物やらちょっとした用事で出かける事がちょいちょいあった。
車の窓から外を見て、その景観で思ったこと。
それは…… 『なんかアメリカみたい』 (行った時覚えてないけど)
レンガ造りの建物はイギリス風(行った事ないけど)のようだったけど、平面に広さを感じる道路や、塀に囲まれた民家、固まるショッピングセンター。そして車がないとなんもできない町の作り。
特に思ったのはダウンタウンの町並み。背の高い建物と石の壁、ニット帽やフードを被った黒人の姿、その景観はまさにニューヨーク(行った事ないけど)。
<ダウンタウンにあるバスターミナル(PARK STATION)>
(※銃をかまえた現金輸送の警備員が腰を低くくしてエスカレーターに乗ってる様は映画の一幕のよう)
町並みといえば、気になるのがヨハネスブルグのダウンタウンでしょう。
そう、世界一危険な都市として長らく君臨し続ける場所。
ある日、みんなでソウェトにあるパブリックビューイングで、『南アフリカvsフランス』の試合を見ようということになった。ソウェトはアパルトヘイト時代に、黒人が住む場所として分けられた黒人居住区。
わざわざツアーに申し込んでいく人も多いようだが、そこはバックパッカーズ。ローカルの移動手段で行こうということで、ミニバスに乗り込んだ。
最初の乗り換えポイントは、知る人ぞ知る"カールトンセンタービル前"。
カールトンセンタービルはアフリカ南部で最も高い223mのビルで、かつてゴールドラッシュに沸いたヨハネスブルグを象徴するかのような屈指のステータスを誇るビルだった。しかし、近年の急激な治安悪化により下層階のショッピングセンターの撤退、高級ホテルのカールトンホテルもセキュリティーを維持しきれなくなって撤退、残ったのは最上階にある展望台のみとなってしまった。展望台へ行こうという人は団体でSPをつけてが当たり前らしく、単独でいく場合はビルにまでも辿りつけないことが多々あるらしい。
そして、どこから沸いてきたか"平均16秒でやられるビル"なんて呼ばれるようになったよう。
あるガイドブックにはダウンタウン全般を通して、時間帯問わず『絶対に歩いてはいけない』と記されている場所。
幸い、現在はワールドカップ期間中。
やばいことには変わりないだろうが、ここ数十年で最も安全な1ヶ月。
道路の脇でたむろしている人の姿のあまり見かけない。
実際警戒しようもないタックルに警戒しながら、中心のバスセンターまで歩く。
その途中の店屋を見ても、ガチガチに金網で防御している様子はなく、普通にファーストフード店みたいのもある。時折割られた建物のガラスは目につくものの、想像とはちょっと違い小奇麗な街にすら見えた。車も路上駐車してあり、赤信号でもちゃんと停車する車ばかり。
バス待ちしているだろうおっさんに間抜けなポーズで「アチョー」やられたり、特に真新しい危険にさらされる事もなかったが、これもワールドカップ期間中に増員された雇用と、セキュリティーの恩恵によるものだと思われる。
一見きれいに見えるダウンタウン中心部にあるバス停近くの広場も通過。
小奇麗に整備されて、期間中だからかわからないが、危険を感じる人と絡む事はなかった。
ただ外国人、白人の姿はない。
わざわざこんなとこを歩く人はいない。
旅人仲間が聞いた話によれば、同じダウンタウンでも"ヒルブロー"という、ちょっと北に位置したエリアは、現地人も恐れる場所らしい。恐らくそこが正真正銘のやばいエリア。一時的なワールドカップ効果でも改善が難しいヒルブローは、地図で見ると今回通った場所からそんな遠くはないだけに、運も良かっただけかもしれない。
ソウェトの帰り。
ローカルの移動手段を使っているだけに、バス停から帰りもダウンタウンを歩くことに。
帰りは日が落ちてすでに暗くなったダウンタウン。びっくりするくらい人影はなく、ごくたまに普通の人が通っただけだった。人がいないのは、それはそれで不気味だったが、たむろされていたら本当にやばかったと思う。
たとえセキュリティーと一緒で、10人くらいになっていても、その倍の人数で相手は来るのが常。
そして、誰かが襲われても誰も助けようとはしないらしい。当たり前の日常風景のように。
ほんとになんもなくてよかった。
<大人数で行動してたとはいえ、期間中以外は絶対に夜歩ける気がしない。というか期間中でも……>
以前、ヨハネスブルグに来た人達から聞いていた状況から大きく違う、ワールドカップ期間中使用のダウンタウンだったことには間違いない。世界一危険といわれるヨハネスブルグのダウンタウン。そこを荷物背負ったままだったり、暗くなってからだったり、あの有名なカールトンセンタービルの前を、特に行きたくて行ったわけではないにしろ、そこを歩いたっていう経験は後にも先にももうない。
そしてまたワールドカップが終われば、元のヨハネスブルグに戻るだろう。
期間中でさえ、路上に白人、そして旅行者の姿はないのだから。

