雨のカンパラから20時にバス乗車。
が、カンパラ名物大渋滞にはまり、結局まともに出発したのは2時間後の22時。
隣には片目が真っ白くつぶれてしまったコンゴへ行くウガンダ人。
その訪れた土地によって、こうもいろんな境遇と国籍、
出会う人に変化があるとそれだけでも刺激になる。
ある日外で屋台を食べていた時には、
[コンゴから金を持ってくるから日本でさばいてくれ!]と頼まれたり。
となりの青年がコンゴへ何をしにくかなんて聞けるわけもなく、バスは進む。
早朝5時
真っ暗やみの中、ウガンダ側の国境に到着。
なんなく手続きを済ますと、霧のかかるなんもない道、国と国の堺目の道を週百メートル歩く。
そして、しばらくして見えてきたのは薄い青と薄い黄色と薄い緑の国旗。
全部薄いって のが納得いかないが、ついに来た。
国境を超えると突然増える上り坂とヘビの道。
なんとなく窓の外に目をやる。
幾重にも重なった緩やかな山々、そこにちょこっと毛が生えたように見える木々のシルエット。
ほんの微かにあたりが明るくなり始めたのをきっかけに反対側の山の傾斜に見える集落とバナナの木。まだ夜明け前で明るさが十分でなくても感じられる緑の濃さ。
ここならゴリラはいる。
そんな気がして、完全に目が覚めた。通過中の山と向こう側の山との間には、今にも仙人が出てきそうなほど不自然に立ちこめた朝靄。まるで山間にもう一つ白い山が出来ているような妖しい雰囲気を演出している。
"千の丘の国"そのキャッチコピー通りの朝だった。
時計がウガンダよりもさらに1時間遅れになり日本との時差は7時間。
ルワンダ時間の早朝6時に首都キガリに到着。バスの係員に聞くと、町の中心まで20kmもある(本当は2km)ということなので、キガリに滞在する前に先に見ておきたい場所に行くべく、約2時間かけてルワンダ第二の都市であるButareに向かうことに。国境から1時間でキガリ、さらに2時間で南部の都市Butare。この国がものすごく小さいということを気付くのに十分なタイムスケジュールだった。
バスを待っている間、これからブルンジへ行くという21歳の青年と挨拶を交わしたついでに、
いろいろ今のルワンダについて教えてもらった。
約二年前から国の政策で公用語がフランス語から英語になったこと。
(フランス政府がルワンダ現大統領を国際刑事裁判の対象にしたことが大きいと思われる。
が、いまだ一般的に人々はフランス語のほうが圧倒的に話せる)
ちょうど1週間前には国全体で、フツ族によるツチ族の大量虐殺に関するセレモニーが行われたこと。ツチ族とフツ族話はあまり公でしたがらないこと。
急速にムスリムが増えていること。
(彼いわく、ルワンダのキリスト教にはビジネス的要素が多すぎる)
今のルワンダについて教えてもらうついでにルワンダ語である
キニャルワンダもちょこっと教えてもらった。
Hello - ビッディ
Thank U - ムラコゼ
How are you - アマクル
Good - (メッ)ジッザ などなど。
バスに乗り込むと熱心に虐殺が行われた場所や、村に虐殺に関する旗が抱えられていること。実際に人が殺された教会など、指を指しながら細かく教えてくれた。
バスは予定通り2時間でButareに到着。
青年に別れをつげ、当てもない宿をフラフラ探していると、いきなり叫びながら怒鳴りながら目の前に現れたボロボロの服を着たおっさん。ただでさえ目立つのに、大声をあげてついて来るもんだからほぼ全員がこっちを見てくる。フランス語かキニャルワンダかはわからないが、ところどころ合間に入れてきているだろう嫌味なたっぷりな発言にイライラしながら、なんとかやり過した。
こういうとき基本的にアフリカ大陸では、人々は見てみぬふりをするわけでなく、こっちを思いっきり見て、ニコニコ楽しそうに冷やかしで見ている。
いい迷惑だけど、他所の国にお邪魔してるわけだから仕方がない。
大荷物をしょって、汗だくでなんとか見つけた宿に荷物を降ろす。
この瞬間が至福の時。
Butareは、第二の都市とは思えないほど小さな町。
100メートルちょっとの大通りが1本あって、両脇に数軒の銀行とレストランなどがあるだけ。
道をそれると大自然が広がり、ほんとうに小ぢんまりした規模。ただ建物は新しく、ゴミも落ちていない。そこにいる人の身なりとのギャップを感じる開発中の町。
果物とトマトを買いに、定番となったマーケットにいくと、
さらにすごいギャップ。肉体労働者たちの巣のようになってて、なかなか視覚的にも激しい。
というかコミュニケーションが激しい。なんとなく他のアフリカの国とは違う雰囲気を感じる。
危なっかしさと、フレンドリーさが共存しているような目線。
ここButareから、翌日Mranbiにあるルワンダ虐殺館にいく。