国境の町モヤレに到着し、騒々しいエチオピアサイドの国境を越え、難なくケニアImmigrationに到着。


ビザ取得の為、簡単な用紙に基本的な必要事項を書き込み、
Immigrationの担当官とチャンピオンズリーグの話をしながら信じられないくらいEasyなビザ申請。


事前のちょっと古めの情報だとビザ代50$だったが、現在25$。
しかも、「何ヶ月ほしい?」と聞かれて、
これから行くウガンダ・ルワンダ・タンザニアからだとSingleで取得しても再エントリーが
できるみたいな事を教えてくれたので、「3ヶ月!」というと、あっさり「OK」。

チーターやらライオンやらが刷り込まれたビザをGETし、フレンドリーすぎるImmigrationを後にする。


ズンズン歩いていくと、閑散とした区域から徐々にトラックと人ごみが見えてくる。
エチオピアサイドより血気盛んな雰囲気の真ん中に、

エチオピアのコンソから国境を超えるのに同じルートを移動中のオーストラリア人のおばちゃんがいた。


先に行っていたおばちゃんがトラックでモヤレからナイロビまで行くトラックの交渉をしていた
みたいだったが、「俺のに乗れ!」「こっちのほうが速い!」「シート席あるぜ!」などの

プッシュが激しくて汗だくになっていた。


ここ国境の町モヤレからナイロビまでは東アフリカ縦断の際に鬼門となるルート。
地図で見るとよく分かるが、モヤレから中継のイシオロまでたった一本の道しかない。


バスなどは通っておらず、舗装されていない道の過酷さは旅の終わりを意識させるものとも言われている。
しかも数年前までは、盗賊・窃盗団が頻発していたといういろんな意味で緊張を迫られるルート。

移動手段は、国境にいるタンクローリーをつかまえるしかない。


なので、地元の人はいくらか払って、荷台に思いっきり詰まれた荷物の上にさらに乗り込むか、
少し多めに出せば助手席、もしくは運転席の後ろにあるドライバーの睡眠スペースの場所を確保できる。


おれが両替をしている間に、

なんとおばちゃんは都合のいいトラックの座席後ろにある、寝床のスペースをGETしてくれていた。

たくましすぎる…。



一台の大型トラックに対してあまりにも多い取り巻き達。
実際に乗り込むのは、2人にも関わらず、10人、15人とトラックを囲み、次々知らない人間が声をかけてくる。


しばらく待たされてトラックが動き出しても、また停車していろんな人間がなにやら主張しあっている。
時にふざけあって、一向にトラックは出発しようとしない。

そんな相変わらずの状況に呆れてただ黙って見ているケニアの我慢強い女性達。
金を払ったからというだけでは、なんの権利もない。
立場が強いのはトラック関係者。


そうやって適当に時間が過ぎた12時頃、寝床スペースに乗り込み、ついに出発。
背丈ほどの木しかない茂みの合間をぬって、凸凹を極力避けながらバスは30kmのスピードで進んでいく。


途中なんとか眠りながら、姿勢を起こして、

黙ってトラックの行く先を見つめながら1時間、1時間と時間が過ぎていく。


視界に入る180℃すべて地平線が見え、空の色が徐々に変わっていく様がよく見える。
横からいきなりゾウが飛び出してきてもおかしくない、文明から遠ざかった道のり。


グラグラの道に揺られること11時間、
再び眠気が襲ってきた夜23時にやっと最初の町マルサビットに到着。

初日はとりあえず、ここで宿泊し、また明日の昼に出発予定のようだ。



ドライバーに連れられ、適当な宿に荷物を降ろす。

虫やいろんなクズが浮いた井戸水で汗を流しベットへ……と思ったが、腕を歩いていた南京虫……。

移動中も痒みが止まらない南京虫にこれ以上悩まされるのはごめんだ…。


ベットを恐れ、木のイスに座りながら小船を漕ぐ。
朝4時、我慢できなくなりベットに就寝。



そして、翌朝朝9時起床。


ドライバーに連れられ、トラックの前に行くと荷物で一杯だったトラックはスッカラカンになっていた。
トラックの所持者曰く、「ブローカーにウソをつかれて、今日の仕事はなくなった。代わりのトラックを一緒に探す」
初めからナイロビに行くつもりのなかった見え見えのウソをつかれている。


当初、ナイロビまで2000シリング(27$)の話で、最初に払えとしつこく言ってきた時、
さすがのおばちゃんは半分の1000シリングを前払いで渡していて、

残りの1000シリングは最後に渡すという話をしていた。


その時、猛烈に「今全額を払え」と、迫ってきていた様子が脳裏をよぎる。

もし、あの時2000シリングを払っていたら、単純にハメられて返金100%なし。
なんの悪びれもなく彼らは金を巻き上げようとする。


『騙されるほうが悪い』


ちょっとしたゲームをしているような感覚でやっている。
残念ながら、アフリカではこの状況は珍しくない。


その後、連れられた別のトラックに交渉に行っても、ナイロビまで「2000シリング」という始末。
「それはモヤレからナイロビまでの料金でしょ?」というと、「おれらの料金だ」といって、

取り巻きもヘラヘラしている。


こっちからしたら迷惑極まりないが、"旅行者からいくら取れるか?"っていうゲームをしているだけ。

おばちゃんも「そんなわけないわ!あんた泥棒よ!」と怒り出している。
いつの間にか「次のトラックを捕まえるのを手伝う」と言っていた

前トラックの所有者も我関せずで姿を消している。


さんざん仲良く話していても、そんなもんです。


おばちゃんの凄いところは、揉めてる最中に次のターゲットを探す瞬発力。
揉めながら、ほんの時間の隙にとなりにいた小奇麗で「ナイロビに行く」と言う青年と

なにやらランクルをシェアするという話をもうしている。


そして場所を変え、ランクルを待つ。

商店で待っている間、おばちゃんはまだ手を緩めない。


「ちょっと偵察に行ってくるわ!荷物ヨロシクね!」
と言いながら、ガソリンスタンドで何やら話しこんでいる。


もうすっかり今回のランクルに乗り込むもんだと思い込んでいたが、
おばちゃんはこっそり別の車をヒッチハイキングしていた。


約束のランクルが登場すると、乗れるのは誘ってきたケニア人2人だけ。
散々「心配ない」と偉そうに言ってきた割に自分達のシートしかないという始末。


おばちゃんは、「うそつきばっかりね!20年前を思い出してきたわ!」といいながらも

密かにつかまえていた別の車を待つ。

なんとおばちゃん20年前に西も含めたアフリカを14ヶ月周っていたのだ。

年取ってまた来ようというのがすごい。


そして、ついにヒッチハイクして約束していた車に乗り込めた。

あっぱれすぎるおばちゃんの行動力。



昼12時。


マルサビットからナイロビのバスが発着しているイシオロへ向けて出発。

タンクローリーとは違い、ボッコボッコの道をガンガン飛ばす。
後ろの荷台席に座っていて、何回頭を天井にぶつけたかわからない。


しかし速い!


ボコボコで大変だったけどこの道のりが面白かった。
途中道を歩いている人は、超原始的な民族衣装を着たケニア人。


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女性は小サイズから隙間なく大サイズまでの首輪を重ねて、かなり色鮮やかな独特の布を重ねる。
両手、両足に何十にもブレスレット、頭にもTHE民族的なリングをつけ、時にオッパイ丸出しで歩いている。
イメージ通りのアフリカのTHE民族の姿を何度も目にした。


男性は、独特の布を腰に巻いて、背丈ほどある棒を持ち、頭にはトサカのような飾りを付け、
今から狩にいくようなスタイル。


ちょっとした村を通過するときには、集団でその姿の人が見えたときはちょっと信じられない光景だった。


「マジでこんなんがまだいるんだ!」そんな気持ちになった。


タンクローリーだと丸一日かかりそうな道もたったの4時間足らずで、中継の町イシオロに到着。
とりあえず、夜のナイロビは劇的に危険らしいので今日はここで一泊。
ここからはバスを使ってナイロビまで3~4時間でいける。


エチオピアから継続的に続くアフリカンの金に対する執念に驚かされたが、
それ以上に今回行動をともにしたオーストラリア人のおばちゃんには驚かされっぱなしだった。


20年前にアフリカに14ヶ月いたという事を差し引いてもその身のこなしが凄すぎた。

そして、一番すごいのはどんなに腹立たしい事があった直後にでも、
いつも通り些細な事に、いつも通り「Thank you」を連発できる強さ。


この厳しい環境でまるで降りかかってくる問題をも楽しんでいるような様子に、刺激されずにいられなかった。



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旅も佳境。

ケニアの次にウガンダ。


そして、最終目的地ルワンダ。

「もっと楽しめ!」と、その後姿で教えられた気がしました



パメラ! 良い旅を☆