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       『MAISON DES ESCLAVES』



フランス語で『奴隷の部屋』と書かれた入り口が、島のなんでもない通りに現れた。


その赤茶色の建物こそ、西の果てに連れて来られた奴隷のアフリカ最終終着点。

そして、アメリカ大陸への始発点。


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16世紀中頃から、約300年に渡ってポルトガル、オランダ、イギリス、フランスが支配をし

奴隷貿易が行われ、その総数は1000~1500万人とも言われている。


集められた奴隷は、ここから奴隷船に乗せられ、3ヶ月かけて砂糖や綿花とともにアメリカ大陸へと輸送された。

生きてアメリカ大陸に上陸した奴隷達を待ち受けていたのは、プランテーションでの過酷な肉体労働だった。



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1777年、オランダ人によって建てられた部屋。

二階建て構造になっており、一階に奴隷を収容する部屋がある。


"部屋"というよりただのくり抜かれた空間と言った方が適切かもしれない。



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1階には、男部屋、女部屋、処女部屋に分かれており、窓というか空気を通す隙間が一箇所だけ。

4畳位の狭い部屋の床は凸凹になっており、ここに15人~20人は詰め込まれていたという。

トイレは一日一回だけ。


男一人は銃1丁と交換されたとも言われている。


剥がれ落ちた壁と空間の放つ雰囲気から人間扱いされていなかった、当時の様子を物語る。


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建物の二階には当時の使われていた、手錠などが展示されていた。

人間が人間扱いされていなかった証拠物。


壁にはフランス語で書かれた書類も。



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海に向かって作られた、『帰らずの扉』


この扉を抜けたものは二度と戻っては来れない。



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どんな思いで、この扉をくぐっていったのだろう。


連れて行かれた人達と同じ気持ちに浸れるわけないが、少しでもここからイメージを膨らませることが大切。


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                    <この扉からアメリカ大陸へ>


イメージできるだろうか。


ここから次々と、手錠をかけられた奴隷が大西洋を渡っていく様子が。


そんな扉の前、グループでポーズを取るヨーロピアン。

奴隷が通った扉より、写真写りの方が気になるらしい。

そんな人達が一組や二組じゃなかったのに驚かされる。



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人が一人通れる位の小さなドアから、歴史は動いた。


霊的なものは感じなかったが、確かにこの目で確認した。


そして、その後から何気ない街の景色も以前と少し違って見えてきた。


またこうして、自分の中の価値観が変わっていく。