ある日、BABAの家に招待された。
いつも練習している場所からすぐ近くと思いきや、乗り合いミニバスに揺られる事約30分、
バマコの完全なる居住区に降り立った。
居住区といっても、日本のような団地とは似つかぬ、もっと人間がひしめき合っているようなところ。
背の高いアパートのような建物はなく、路上脇には1~2品のものを売る小売店が目に付く。
ここでも生活排水が道路の両脇に流れ、その色は毒々しい。ゴミも散乱している。
一般の居住区では、視覚的な統一感というものはなく、誰かの思惑で計画的に作られた風景には程遠い。
行き交う、車と乗り合いバスの排気ガス、そして巻き上がる埃、いろんなニオイ、物売り、人の多さetc、
アフリカの都市部郊外にある居住区を象徴するような場所にBABAの家はある。
少し歩いて、道の脇にある小道を中に入る。
すると、広く何件もの家が円形に向かいあっている一角にBABAの家はあった。
まだ明るいうちの中庭には、男性の姿はなく、女性・ママさんと子供達だけ。
井戸から水を汲み上げていたり、晩御飯の準備をしたり、タライに子供を乗せてお風呂に入らせたり。
男は仕事、女は家事、昔からの完全分業。
「女性の社会進出」などという言葉はここには皆無のようだった。
BABAがお祈りをしている間、子供達と戯れる。
ここに外国人が来るのが、相当珍しいのだろう。
すぐに子供が寄ってきて取り囲まれる。
そして不思議そうに髪の毛をいじられる。
調子に乗って、一人の子の似顔絵を描いたら、次から次へとおねだり攻撃が。
ママさん達も集まって来ちゃって、気持ちはさながらバマコのピカソ。
それにしても子供が多い。
お祈りを終わったBABAに子供を紹介してもらった。
<長男:MASA> <末っ子:LALA> <長女:SALA>
それぞれ違ったスタイルでカッコつける。
長男のMASAはグリオであるBABAの息子。
今はサッカーボールを追いかける事が多いらしいが、
恐らく徐々にサッカーボールがジャンベやバラフォンに変わっていくのだろう。
気の強い、しっかりもののSALA。
何か食ってるか、泣いてるかどっちかのLALA。
BABAは、2コ上で、もうすでに三人のパパ。
「アフリカ、子供たくさん、ノープロブレ~ム」と言ってたのが印象的。
アフリカに来て驚いた事、それは"子供に対する扱い"。
「優遇」なんて言葉は、遊び盛りの子供達には存在しない。
目の前にその子の親がいようと、邪魔なら青筋立てて「どけ、クソガキ!」と言わんばかりに怒鳴りつけるのは、日常茶飯事で、すべての優先順位は完全なる年功序列。
大人がその辺の子供使ってお使いを頼んだり、ものを取ってこさせたり、手伝わせたりするのは当たり前。
自分の子供じゃなかろうが、自分の子供だろうがその扱いに大差はないように思える。
親も親で、子供が何してようが、泣き叫んでいようが、少し荒い遊びをしてようが適当にしている。
ここでは、「過保護」なんて思える瞬間はまったくない。
そして、子供達も意外によく手伝い、怒鳴られようと天真爛漫に遊び続けている。
大した褒められず、何かと怒鳴られてても、関係なしに笑いながら遊んでいる彼ら。
なんとも図太い。
逆に大人が勝手に「かわいそう」と決めつけるからこそ、
子供が本当に「かわいそう」になることが多いのかなとも思う。
大人が思っている以上に、彼らは不敵で、そのキャパシティは広いなと思う事はしょっちゅある。
それは彼らの置かれた生活環境にだって言えるのかもしれない。
子供は年上に言われれば手伝い、
他人の子だろうが間違ったことをすれば目の色変えて怒る大人。
遊び盛りにお受験戦争に放り込まれ、重すぎる期待を背負わされた日本の子供達が少し不便に思えてくる。
過度に大切にされ、自我が形成される前の早い段階で社会の競争レールに乗せられ、
無限だったイメージは、狭い価値観の中に押し込まれる。
そんな環境にいる日本の子供と、アフリカの子供が一緒に遊んだらどうなるか。
自分の所有物を強く主張して「ダメ、ダメ」を連呼する子供と、
そんなもの関係なくヘラヘラ笑っている子供の構図が思い浮かぶ。
置かれた環境と国の経済的な問題に大きな差があるから簡単に何がいいのか、
なんてのは言えないけど、アフリカの子供の天真爛漫さと打たれ強さが、
話しに聞く、昔の日本のようで少しまぶしく見えた。
子供と戯れていると、BABAが家の中に招いてくれた。
平屋のこの家は、6畳ほどの居間のようなスペースと、寝室のみ。
電化製品はテレビがあったが、電源を入れる様子がないもの。
水道すらなく井戸の水を汲み上げ、炭でご飯を炊くのが一般的な家庭には、
冷蔵庫などの電化製品は存在しない。
正直少しショックだった。
BABAは、世襲制の音楽家グリオの家系。
結婚式でも彼の叩く音は、恐らく日本だけでなく世界的に見てもなかなか聞けるレベルのものではないはず。
あれだけの仕事をして、なんでこの程度の生活しか出来ないのかが不思議でならなかった。
思い出せば彼のポケットから大きなお札が出るのを見たことが無い。
他のグリオも経済的に決して楽ではないらしい。
ここで彼らと、どうしようもない壁を感じた。
国籍・国の事情はやはり違う。
家に招待してくれたことで、
「支払っているレッスン代はどこに行っているかを伝えたかった」
いつかの会話の中でそんなニュアンスの事をBABAは言っていたと思う。
どこに行って何に使われるのかわからない寄付や募金をするより、ずっと健全なやり取りな気がする。
少なくとも一方的ではなく、確実に交換されている。
"交換"を意識すると、
相手を知ろうとする、環境を理解しようとする、対等でいたいと思う。
一人の人の背景には、その国の抱える問題すら内包している。
"交換"作業から学ぶ事は多い。




