薄暗い早朝、いつものようにバックパックに荷物を詰め込む。


モロッコから移動をともにしていた大地氏とはここでお別れ。THANKS。
そして、早朝からラクダの世話をしていた夢を追いかける彼とも握手を交わした。


さて、ここからが本番。本格的にブラックアフリカ一人旅のはじまり。


空にペイントをしたようなアフリカの朝日を眺め、宿を出発する。
まだ通りの少ないメイン通りで、

前方シートの裏側がむき出しのタクシーを拾い、モーリタニア東部に向かうバス停へ。


アフリカで、夜を越すような夜行バスを避けるため、
マリへ向かうために、1日に進めるだろう町として設定した目的地は、KIFFA。



8時出発予定のバススタンドへ30分前に到着。

慌しく、相変わらず「あーでもない、こーでもない」と、言い合いしながら荷物を積み込む体格のいい係員。

どの国でも同じだが、シートはすべて埋まるまで、

荷物は許容範囲を越えるまでバスのお腹部分と天井に詰め込む。リアルテトリスが完了したのが、10時前。


予定の2時間後に出発し、
さらに1時間半は少しの空きシートを埋めるべく、市内の拠点で人と荷物を限界が越えるラインまで乗せ続ける。


町を出るまでには、10分間隔で停車しながら詰め込み、そして再出発。


うーむ。


この調子だと到着は夜になってしまいそうだ。



詰め込まれたバスの車内には、アフリカン7割、アラビア系3割と自分。
子供がじゃれあい泣いている。そのヘアスタイルはコーンロウ。


町を抜け正午にはようやく一本道が続く。

窓の外を眺めていると、道路の両脇から盛り上がった砂丘の景色。
自分がまだサハラ砂漠の中にいる事を自覚するとともに、
これが北海道ならば、今の季節はこの砂丘が雪なんだろうなぁと、思うと不思議な気持ちになる。


一口に砂漠といえども、その表情はさまざま。
ここら辺では砂漠に関わらず、背丈ほどある単独の木がポツリポツリ。
以外にその他の場所で見た荒野と同じくらい木が生えているところもある。


一体水はどこから来ているのか? 

根はどれだけ地中深く張っているのか?

何気ない景色にも不思議は詰まっている。


ラクダがその木々を食べているのを見ると、
アフリカ、サハラ砂漠といえど手つかずの自然はそんなにたくさんないのかもしれないと感じる。


砂漠エリアを抜けると突然、乾燥したような枯れたような膝丈の牧草地帯が広がる。
地平線の奥まで見渡せるような、だだっ広い荒野と日陰をつくる背の高い単独の木。
辛うじていたのは牛とヤギの群れだったが、

もしここにキリンやライオンがいたら、それこそイメージの中のサバンナ。



太陽が傾きはじめた16:30。
NOUAKCHOTT~KIFFA間の中間の町にあたるAlegに到着。


まだ半分も過ぎていない。


地図で見ると、堂々と記載された『Aleg』の文字も、

実際到着してみると宿があるかも疑ってしまう程のこじんまりした町。


アジア人がめずらしいのか、女の子が手を振り、商店の人たちも親切。
おもむろに商店の中に入ると、その中の空気が一変するのがまたおかしい。


わしゃ宇宙人か!


みんなここぞとばかりに、手・足・顔・耳の穴を荒い、アッラーへのお祈り。
相変わらず選択肢の少ないご飯の代わりに、お菓子で胃袋満たす。


ゴザの上でみんなと同じようにダラダラしていると、一人のおっさんが話しかけてくれ、

何を話しているのだろうか?と、人も集まる。

10秒で終わる程度のフランス語しか話せない為、

会話は続かないが、みな怪しいアジア人がどこにいくのか興味を示してくれる。


イスラム圏ではこういうのが常にあるから、不安になることも寂しくなる事もないのがとても有難い。

なんとか意思の疎通がとれ、Kiffaに着くのが8時頃ということがわかった。


こりゃ着くなり速攻で宿探しだわ。


長すぎる休憩後、バスのエンジン音とともに、皆がバスに駆け込み再出発!


対向車もほぼない道を進み、だいぶ辺りが暗くなった頃、Kiffaに到着。
到着とともに周囲の人たちにホテルはあるか聞くと、この町に一つだけあるらしい。
しかし、翌日さらに東に行くバスは、その日と同じ時間帯の夜10時頃らしい。


どうやら1日に選べるほどバスが出ているわけではなく、朝ヌアクショット発のバスを基準にタイムテーブルが

組まれているため、明日だろうが、明後日だろうが、Kiffa発はこの時間帯。


どっちにしろ日中動けないのならば、

そのままさらに東にあるマリ国境へのアクセスが期待できるAyoun el Atrousまでそのまま行く事に。



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スプライトで喉を潤して、再出発。


これで一晩夜を車内で越せば、一息つける。
眠りにつこうとすると、Kiffaから10km程進んだ荒野で突然バスが止まった。

後部座席から運転手に大きな声が浴びせられる。


すると、次々バスから人が降りていく。
何事かと思ったら、みんな揃ってメッカの方角へお祈り。


敬虔なイスラム圏のバスでは、アホみたいに長時間休みなしで進む事はない。
それは1日5回のお祈りをするためでもあるように思える。
というか、そのウエイトはかなり大きいはず。



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    <みんな揃ってお祈り>                <銃を腰に巻きながら昼寝>



一人車内に残っていると、年頃の女の子がジェスチャー交じりに何やら言ってくる。


ん? おれも祈れってか?
逆にそれはいいんすか?


しつこく、お祈りを促している最中、バスに人が戻ってきた。


だが、様子が明らかにおかしい。
何やら激しく議論を交わしている。



「そこにいる日本人を食べてしまおうか?」
「うむ、肉付きはイマイチだが、なかなかおいしそうじゃないか!?」


えっなんすか!? 出発しないんすか?
大丈夫ッス! 自分、アッラー尊敬してますけど!


あっ! お祈りすか!?
ヤダなーもう!
もちろんガンガンひざまついてしてたの見てくれなかったんすかー!?
先輩もほんと人が悪いっすねー!


 

なんて、展開になると思いきや、


エンジンもつけずに運転手が荒野で爆睡体制。みんな揃って爆睡体制。


えー!?こんな水もない荒野で寝るんすか!?


もうなんかしょうがないし、眠たいのでそのままモーリタニアのサバンナで就寝。



早朝、厳しい汗のニオイとともに不快指数が高い中起床。

みんなさすがに朝早くからお祈りのお勤めご苦労様です。

巻きで火をくべて、みんなでお茶を回し飲みしている最中、ドライバーは相変わらず爆睡。
時間もいい加減正午を向かえ、なかなか出発しない事に少しイライラしてきた。


後で気づいたことだけど、どうやら荒野でバスが故障して動かなくなってしまったらしい。

自然の流れでサバイバルがスタートした。



一人車内にいる気のいいおっさんが呼びに来てくれた。
みんな休んでいる日陰に行くと、火を起こし、大ナベ二つで何やら煮込んでいる。



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そして、足元には剥ぎたてのヤギの皮。


大きなタライに盛られたぶつ切りのヤギ肉を大人数で囲い、手でちぎり、
ナイフを持っている人が切り分け、見知らぬ人同士でかぶりつく。


驚く事に彼らは、荒野でバスが動かなくなったので、
ポツンと一軒だけある家から、ヤギ一頭買い付け、自分達でその場で皮を剥ぎ、

固形の塩を砕いて味付けし、30人分近い昼ごはんを準備していた。


頼りになる男達よ。



ご飯を食べる時は、まず女子供に振る舞い、その後男達が6~7人でタライを囲んで手で食べる。
誰かが分けてくれた一人で簡単に食べられるような小さなパンも、それぞれ分け合う。


一人が骨に付いた肉を手で剥がそうとすると、誰かがグラつかないように骨を支えてくれる。
もちろんお腹を空かせた中とはいえ、自分勝手にガッツク人もいない。


食べ終わると、道路で通り過ぎようとするトラックから水を分けてもらい、誰かがその水でタライを洗う。
誰かが、粉石鹸をみんなに分け与え、誰かが水を流して手を洗う。


そして、どこからともなくみんなにお茶が振舞われ、横ではおっさんが晩ご飯用にもう一度、
ナベで短く切り分けられたパスタとヤギを煮込んでいる。


年配のハスキーなおっさんが、みんなを釘付けにする話しをして、夜に来るだろう応援のバスを待っている。
そして、いつしか腰に銃を巻いた警官のような人もみんなにお茶を作り続け、

いかにも戦える軍人もみんなを笑わせている。



なんと不足の事態に慣れた、たくましい人たちだろう。
水すらないこの場所で、慌てる姿など微塵も感じさせない。


「あの、僕何すればいいですかね?」みたいな人は一人もいない。


バスに乗る人なんて赤の他人同士だが、
そのあまりに自然に、それぞれが仕事も同じように"共有"できている姿が印象的だった。


彼らは、実生活で共有することに慣れている。

自分の親の時代、今よりももっともっと荒々しい程に人間同士が近い時代の日本が見てみたいとも思った。


食事が一人分で運ばれ、カウンター席なのに仕切りのあるラーメン屋、

早い段階で与えられた自分の部屋、自分の服、自分の娯楽品‥‥。


"プライベート××"という響きが、

特別感を与えるようになった日本において徐々に失われていくだろう真の共有思考。


今勘違いされているような、

ただ他人に合わせる事が協調性ではなく、真に共有できる姿こそ、"協調性"だと思った。


女性は肘付いて寝てるだけでいい。



なんて不安定に強く、たくましい男達だろう。


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まだ明るいうちに、余ったヤギ肉と短く切り分けられた麺の晩御飯もみんなに振舞われ、荒野は夕暮れ。


夜19:30にようやくヌアクショットから来た、同会社のバスが到着した。
スムーズに事が進むと思いきや、新しく来たバスの強気の運転手は何やら一人ずつお金を請求しているらしい。


同じ会社の人間が、それをするのは理解に苦しむが、こちらの団結力は強く、怒らしてはいけない軍人が激怒。

最終的にお偉いさんに連絡を入れ、事は丸く収まる。


その間にも、俺の事を気遣ってくれ、
「先に乗れ!」「ジャパニの荷物を乗せろ!」「Ayoun行きだよな?」と、

ほんとによくしてくれる。


バス2台分の人間が1台に詰め込まれ、想像を絶する暑さと、空気の悪さの中バスついに進む。



強くやさしきモーリタニアの人に助けられ、夜中の2時、ついにAyoun el Atrasに到着。

仕切りに俺の荷物を降ろすよう催促してくれ、荷物を受け取ると、

若い兄ちゃんがメシに誘ってくれ、バス停のゴザの上で夜を越す。



翌日も朝から移動は続く。
あ~長き移動。