Go For  シルバーバック


                       <手がクロワッサンなピカソ>


宿から歩いて10分ほど、

バルセロナ旧市街にある中世貴族の館が立ち並ぶ、ゴシック地区の一角にあるピカソ美術館に行ってきた。


サグラダファミリア麓で発生したマスタード事件 (サッカーバルサ戦以前の日記にて更新中)

の後味の悪さをなんて完全に吹っ飛びます。


日本にいた時、美術館に足を運ぶなんて事は皆無の私。

これもスペインマジックでしょうか。


「本物のピカソの絵があるんだから見てみよう」


そんな軽い気持ちで行ったが予想外にかなり楽しめた。



ここにはピカソ15歳までの作品から76歳までの作品が展示されており、
ピカソの原点から円熟期までの変化の流れを確認することができる。


朝一番、
アジア人観光客に紛れて、何食わぬ顔でエントリー。


今までにある、ピカソのイメージは
『曲線と直線の絵』 、『被写体がよくわからない絵』 、『子供の落書きみたいな絵』。


その程度の知識。


なのでエントリーして、まずはじめに目の前に飛び込んできた15歳までの絵を見てビックリした。
15歳までの作品のほとんどは肖像画多いが、見たままのものを描くという意味ではもうすでに完成されていた。

光の当たり具合、表情(この時の表情は真顔か悲しげな表情ばかり)、写真に近い絵。

しかも"15歳"という響きとは裏腹に、ダークな色使いと、神妙な表情をしている絵ばかり。


弾けるような陽気さとは正反対の絵が多かった。



15歳を過ぎていくと徐々に風景画も増えてくるが、弾けた色使いはまったく出てこない。
そして、その描く対象がこれまた16,7歳の人が描けるものとは思えない情景。
病気で寝込んでいる女性の表情と、そこにいる第三者のなんともいえない目の反らし方、表情、
を観察する力がかなり強いと感じた。


ただうまい絵というより、言葉で表しずらい機微を捉え、それを描く力がある。
思った以上に繊細な人なんだなとも思った。



肖像画ばかりが続いていたが、ピカソ10代の終わり頃になると風景画も増える。

そして、対象を正確に描くといったスタイルから徐々に変化を見せ、ぼやけた絵が増える。
人の顔を塗りつぶしたもの、風景を簡単に塗りつぶしたもの等、
見るものの想像力を掻きたてるような作品。

そして、それまで茶色や黒ベースの色合いから、明るさの出るカラーを使った作品の増える。


この頃何があったんだ? 恋か?



1895年の作品から年代ごとに部屋分けされているピカソの絵がガラッと変わったのが1900年から。

20歳くらいなんかな。

ピカソの拠点がスペイン、バルセロナからパリに移った頃。


部屋に入った瞬間別人の美術館に来たような目まぐるしい変化。
完全にタッチが変わった。

今まで明るい色の使い方が消極的だったのが、原色に近い赤・青・緑が積極的に使われ始める。
肖像画の対象もその人のキャラクターがわかるもの、化粧をしながら挑発的な表情をしている人や、
ドレス姿の女性などに強い明るい色を乗せて日常の楽しみやアグレッシブな機微を描くようになる。



さらにその1~2年後、


1度に使う色の種類が増え、寒色ベースから暖色ベースに切り替わる。

時にはレインボーカラー。

モノ・人を正確に描くスタイルからは完全に逸脱している為、一瞬ヘタクソなったのかな?
とも感じる作品。子供の絵みたい。


強調したい部分がはっきりわかるような作品。
描く対象も生々しい状況が増える(虐待、官能、愛情)

そして絵の中の人物が一方的に何か言いたそうな絵も増える。


挑発的。



1906年までの作品はまだ原型がわかるものが多く展示されていた。
絵を見ているだけで、ピカソの心情が少し伝わってくるようだった。
この世の絶望から恋や幸福感まで。


彼の事をよく知らなかったからこそ余計な先入観なしで、その心の変化が絵から伝わってきた気がした。

美術館の見せ方が良いのか、ピカソの絵が自分に合ったのかわからんけども、

あまり強く興味がかった分、絵を見ててこんなにも楽しめたのに自分でビックリ。


心情の変化、葛藤、爆発、よく伝わる。



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                           <隠し撮り>


部屋は進んで、

1906年までの作品から一気に10年くらい年代がジャンプして、1917年の作品の部屋に入った瞬間、


THEピカソ



直線と曲線が入り混じり、何を対象に描いているのかよくわからない積み木を重ねたような絵。

何があったんだピカソ?


絵から試されているよう。 「何に見える?」みたいに。

与えられてきたメッセージ性は見る人に委ねられたよう。


ジョジョのスタンドになりそうな絵。

実体があるようでないような。

対象がはっきりした被写体ではない分、今度は絵を通して見る側の感性を刺激する。


Imagination


どう感じてもOKなんだろう。

感じたければ感じればいいんだろう。


今までは絵から対象物を与えられていたのが、今度は見る人が創造しなければならない。

15歳までの絵からずっと見てくると、いい意味で挑発的にも感じた。



そしてこの中で1枚だけ、なんのイマジネーションも湧かない絵があった。
「~みたい」とかそういうのすら思い浮かばない絵。

完全に試されている。畜生。まったくなんなのかイメージ・予想すらできん。


立ち止まり戦うこと1時間。
ついに絵にテーマをつける事ができた。


「鍵穴」 ‥‥ きつかった。いいのか?これで?


こんな事する必要ないんだけどね。

一人旅じゃなきゃ絶対できんな。この時間の使い方。

ツアーの団体は2分でこの部屋から出て行ったもんな。


贅沢。



納得して部屋を移動すると5,60歳と思われるピカソの写真があった。
見た瞬間思ったわ。


「岡本太郎も同じ目だ!」


描いてる時のその目力。
目が合えば固まってしまいそうな鬼気迫る目。


絵は子供のような絵でも完全にぶつかって戦っている。
ストイックっていう言葉が一番しっくり来る目。



最後にピカソ76歳の時の絵も飾られていた。

もうぶっ飛んでました。


丸と三角で描く人間。

クリーミーな色。


俺の物心ギリギリついた時の絵。
もうテーマとか意味あるのかな?



いやはや、それにしても美術館にこんなに長く居たのは初めてだ。
そしてこんなに疲れたのも初めて。


絵のことはよくわからんけど、ピカソの絵は無理に何かを感じることを強要していないみたい。

何かを感じたければ納得するように感じなさいと言われてる感じ。

つまり、「見る人に任せるよ」っていうスタンスだと受け取った。


わけのわからん絵に対して、

明るい気持ちで見れば、楽しげに見えるし、暗い気持ちで見れば、悲しげに見える。


どんな風に見えるかで、今の自分が映し出され、跳ね返ってくる。


そんなピカソの絵に予想外に引き込まれてしまった。



こいつは嬉しい誤算。



スペイン滞在に新たな色が付いた。

この後のマドリード、マラガでもピカソ美術館巡り決定だな。こりゃ。