ガンガーは川を挟んで対岸サイドは不浄の地と呼ばれる。
視界で見る限り、ガートがあるサイドとはあまりに対照的な乾いた土地と木。
カースト制度が撤廃される前、対岸にはOut of カーストの人達が移り住んでいたらしく、
地元民も含めて、「対岸は危険だから気をつけろ」と言ってくる。
この社会的な立場的にも経済的にも恵まれない人たちのために、
ある日本人が無償で建てた学校があるというので行ってみる事に。
まずボートで対岸に行くことに。
はじめの値段交渉だと3人400ルピーで対岸の上流にある橋までの往復、
戻ってくるまで待っててくれるという条件付きで乗車。
二人の親子ボートマンに揺られること5分。
親父がいきなりめんどくさくなったらしく、
「やっぱり上流まで行くのやだし、帰りは待てない」的なことを言い出した。
そう、ボートを漕いでものの5分で気が変わってしまったのです。
なんとか食い下がり、「この条件だから乗ったんだぞ!」というと、親父さんかわいく、
「間違っちゃった。てへっ。」みたいなリアクションをとる始末。
そうです。インド版、林家三平です。
なにより船の上ではボートマンが有利なのです。
押し問答の末、片道途中まで200ルピーで渋々再交渉成立。
改めて対岸沿いを見るとなんにもない。
中途半端なポイントでボートを降りて歩いていくと、途中に人間の頭蓋骨が普通に落ちている。
干上がった川沿いをさらに歩いていくと、モクモクと火が上がるところがあり、
まるでキャンプファイヤーのようなとこが火葬場になっている。
危険といわれる対岸なだけに人にも警戒はしていたが、
岸に上がり長閑な街並みを眺めているとなんてことはない。
<対岸の村>
観光客の姿が皆無のこの土地では、静かにいつもの暮らしをしている人ばかり。
単純に外国人に興味を示す姿は、その他の国の田舎町と同じ心地よささえ感じる雰囲気。
町が開けていくと、ここはバラナシかと思えるほどローカル色が強くなり長閑。
町並みは、イメージにある北アフリカのような雰囲気。
静かにデートを楽しむカップルや、通学で先生に連れられる子供達、
写真に気さくに答えてくれる人たちで溢れている。
旅人、高橋 歩氏が先頭に立ち、何十人もの日本人ボランティアで建てた学校名は『Mother Baby School』。
ある人は「あっち行け」、ある人は「こっち行け」と、お馴染みのやり取りを繰り返し、何とか目的の学校へ。
<学校外観・開校して約1年>
対岸のマーケットからさらに外れにある、民家の隙間に建つ小さな学校だった。
1階は貧しい子供達でもタダで授業が受けられるフリースクール、2階がゲストハウスになっている。
そしてゲストハウスの収入を学校の運営費に当てていくという運営方法だそうだ。
またここに宿泊した人は先生として、生徒に何かを教える事もできるらしい。
異国の地で自分の特技が人に影響を与えられ、観光地巡りの旅行とは一味違った体験もできるそうな。
ここで教えられているはBasicな国語・算数・理科・社会・音楽・日本語etc
字が読めないこと、計算ができないことは、あらゆるお金のトラブルを招くきっかけになり、
学校というコミュニティーで大人になっていくための教養が磨かれていく。
可能性を模索することもできる。
学ぶ環境である学校は、子供達の未来に繋がる大きなファクター。
<2階のゲストハウス>
多くの日本人がいた。
こんな家作りたいと思うような作り。
遊び心満点。
絶対自分の別荘つくってっやる!
<日本から緊急来印した男の姿も>
何かを作り上げる時、必要なもの、超えなければならないハードルは多々あるだろう。
資金、環境、コンセプト、将来性、継続性‥‥
でも一番大切なのは気持ちの強さの部分だというメッセージが込められている。
賛同したからこそ無償のボランティアで多くの人によってアイデアと時間と労力がかけられ、
今もその考えに賛同している一部の人たちの力によって維持され、新たな活動となっている。
出発には結局資金がなければ、何も生み出されなかったとは思うが、
スタートを切ってイメージが実現していくとき、
その活動の未来には"どんな思い"があるのかがそのまま形となっていく。
くわしい活動や運営はよくわからないから口を挟むつもりはないが、
ある思いが実現しているのを目にして、誰にでもその可能性が備わっていると信じたい。




