タイ最北端の地で記念撮影後、急激にミャンマー入国への思いが強くなる
奥にある青いゲートには 【UNION OF MYANMER】の文字が
本来ミャンマーに入国するにはビザが必要で、
陸路での入国は国境付近にある特定の町以外は不可。
もし本格的に滞在したい場合は、ビザ取得後飛行機でヤンゴンに行くしかないらしいが、
国境を接している町Tachileikは、ここからノービザで手数料を払って入国できる。
多くの人が行き交ってる様子とすぐそこにあるミャンマーの国旗を見てたら、
無性にその日にミャンマーに行きたくなってきた。
そして旅の途中で読んでいた”ビルマの竪琴”のストーリーが頭をよぎる。。
うーん‥
でもIMMIGRATIONのゲートが閉まるのが18時‥
今もう14時30分か‥
あんま時間ないな‥
タイのビザがあと1ヶ月残ってる‥
でもすぐそこ‥‥
だめだ我慢できん!
そのなこんな自問自答を繰り返し10$払って簡単な入国手続後、
まさかのミャンマー入国。
"ビルマの竪琴"イメージしながらミャンマー側の町Tachileik上陸。
そこでは竪琴を持った僧侶の出迎えではなく、トゥクトゥク集団による寺巡り勧誘の嵐。
普通の町並みを見るべく、観光客でごったがえすマーケットとは逆方向に歩き裏道へ。
タイから入って見た目わかりやすく変わったところは、
・車道がタイ左側通行からミャンマー右側通行へ
・男もスカートを巻いている
・仏像の顔の作りが違う(これは見たところだけかも)
・セブンイレブンがない
そして何より俄然ほこりっぽくなって、建物・車・バイク・服等、目にするものすべて色褪せてて
色味がない感じ。 店もかなりこじんまりでとにかくモノがない。
これ商店?、食堂?みたいなとこも。
<商店> <床屋>
・何年前から並べられた商品だろうか ・もちろん看板はありません
裏道歩いてたら、防犯対策で塀の上にガラスの破片を並べてる人と目が合う
なにがあるわけでもないけど、通りを歩いてるだけで緊張感と刺激が
なんか息が詰まるような
肌が、細胞がこの特殊な空気に反応したみたいな感覚
この感覚は言葉ではちょっと表現難しい。
なんて表現していいかわからないけど、
タイの小規模の町が戦後まもなくの日本の雰囲気だとしたら、
ここは、戦前の日本といったところなのかな。
戦前・戦後まもなくの日本に存在してたわけじゃないけど、イメージしてみるとそう感じた。
そんなイメージの中、自分がそこにいるという事実に鳥肌モノだった。
これある意味タイムスリップですがな。
ばあちゃん連れてくれば、イメージ通りかわかるんだけどなあ。
多分言葉は100%通じないところで迷子になるのを避けるため、観光客モリモリのマーケットへ。
タバコ売りあんちゃんの、「タバコ」「バイアグラ」「女」の三段活用があまりに
しつこかったからカメラで激写攻撃をしてなんとか回避。
そんなこんな巨大なマーケットをうろついていたらもう17時近くに。
なんとしても飲みたかったMYANMAR BEER をGET
炭酸あんまなくて薄味
なんか予想通り お店の人懐っこい子供達と戯れて
ゲートクローズの時間も迫りミャンマー出国。
出国してから知ったことだったけど、半年間にタイへの入国は3回までらしい。
もうこれですでに2回目。
ラオスのビエンチャンからタイのノンカイに抜ける一回はキープしておきたいと思ってたから、
もうミャンマーIN、タイOUTはできん状態に。
これは完全ミステイク!
っていうのもミャンマー側の町Tachileikから首長族の村に行けたけども、
明日また入国した時に見に行こうって思って、結局入国制限の関係で行けず終いに。。
一説によると、
首長族はもともとミャンマーの難民で、首を長くするのは伝統というよりは
観光客目的でやらされたとか、脱走させないようにとかいろんな憶測が飛び交ってるけど理由は不明らしい。
事実はわからないけど、どんな人たちか実際に会ってみたかった。
首長族は今回残念だったけど、
国境の町とは言え、ミャンマーの一部分に足を踏み入れて強烈なインパクトを受けれたのは
ほんといい経験になった。
裏道を歩いた時のあの感覚‥忘れられません
恐らく首都のヤンゴンとかはまた都会的だろうし、他の地区でも全然雰囲気違うだろうし、
なんか未知の国だ。




