フルニエとグルダによる演奏を久しぶりに聴きました。

フルニエのチェロに関しては、今さら何をか言わんや、という感じすね。さすがです。高音の伸びが良く、鼻腔をくすぐるような馥郁とした音が何とも言えません。


silverのブログ


一方のグルダは、かなり自由奔放に振舞っているように見受けられます。しかし、それも最初の第一楽章だけで、次第にフルニエの呼吸に合わせるかのように徐々にタッチを変えていくのが手に取るように分かります。その極め付けが第三楽章といえます。ここでのグルダのタッチは60年代に録音したベートーヴェンのピアノソナタ全集に非常に近いものに聴こえるのです。グルダがフルニエとの共演において「非常に学ぶことが多かった」と言っているのは将にこのことか、と思わず膝を打ちたくなるくらい、その変化は顕著です。レコード会社が録り直しさせなかったのも不思議なほどです。


グルダは50年代のベートーヴェンのピアノソナタ全集録音においては、骨格のがっしりとした伝統的なスタイルに、グルダ特有の疾走感が非常に聴きごたえのあるもので、今でもこちらの演奏を良しとする方も多くおられるのは承知しているのですが、私個人としては、歌心を重視した、やや軽快ともとれる演奏スタイルへと変貌した60年代の録音の方が好みです。

失意や苦境の底にいたベートーヴェンが、到底、悲壮感漂う演奏や重々しい演奏を望んだとは思えないからです。彼が望んだのは、むしろ鼻歌まじりに、軽快に笑みを浮かべながら演奏されることだったのではないでしょうか?

それを考えた時、グルダの60年代の全集はより作者の意向に寄りそうような演奏だったような気がしてならないのです。

そして、そのスタイルへの変換時期がまさに、このフルニエとの共演の時期だったのではないでしょうか?


50年代のグルダと60年代のグルダを同時に味わえる、そんな楽しみが、このチェロソナタ第3番にはあると思いました。

もちろん、そんな理屈など抜きにしても、この演奏は大変美しく、心に染み入ってくるのは今さら言うまでもないことなのですが。