12月14日が下の妹の誕生日だったことを思い出す。

16日土曜日の命日には行けないので

仕事が終わった後お墓参りに行くことにした。

夜中に墓参りするもんじゃないとは思うけど・・・。

憑いて来られちゃうよ・・・と友達にも言われました。

雨が降っていたので会社までハルキを迎えに車で行く。

帰りにバイク取りに会社に戻ろう。


夜の雨は嫌い・・・。

視野が狭くなる。

対向車や街頭の明かりが反射して周りが見辛い。


会社から30分ほどで墓地に到着。

外灯があるとは言え薄暗い中では墓標に刻まれた名前を読み取ることは出来ない。

携帯電話のライトで照らしながら妹の名前を探す。

新しい墓石に刻まれた文字が目に入る。


「妙」


戒名でも書いてあるのかと、その下を照らし出す


「妙子 享年六十二才」


え・・・。


一瞬自分の目を疑った。


うそ・・・お母さん・・・?


死んでるよ・・・?


ハルキの顔を見て笑いながら涙がこぼれてきた。



父と母が離婚したのは15年前の事。

それから数年後 妹を連れて再婚。

高校生になったばかりだった妹は

また苗字が変わるのは嫌だから卒業まで待って

そういって養子縁組せず、母の旧姓のまま逝ったのは

16歳の誕生日を迎えた2日後だった。

その年のインフルエンザは猛威を振るい、

子供やお年寄りだけではなく若い人達の命も奪っていった。

インフルエンザ脳炎。

期末試験が終わってから病院に行き、そのまま入院。

次の日の朝 帰らぬ人となった妹。

なぜもっと早く病院に連れて行かなかったのかと母を責めた。

妹を殺したのは母だと・・・。


お葬式の後 死亡時刻を聞いた。

その時間 台所のすりガラスの向こうに白い人影を見た。

だれか・・・居るよね・・・?

ハルキとそんな話をしていた時間だった。


会いに来てくれたんだね・・・。



それから10年経った昨年2月に母は亡くなっていた。

数年前に子宮ガンになったと聞いたことはあったけど

それが再発したのだろうか・・・。

殆ど絶縁状態だったから仕方がないのかもしれない。

母が死んでも葬式には行かないと決めていた。


それでも知らせて欲しかった。


最後に会いに来て欲しかった。



あんなに憎いと思っていた母なのに


涙が溢れて止まらない・・・。


何もしてくれなかった・・・。

何もしてやれなかった・・・。


喧嘩したままだった・・・。


ごめんね・・・ごめんね・・・。

知らなくてごめんね・・・。


幸せだったのかな・・・。

「お母さんが自分で選んだ道なんだから幸せだったんだろ」



帰りの車の中で

「おじいちゃん(父)は知ってるのかな」

知らないんじゃないかな、知ってたら私に連絡くれるでしょ。

「まぁあの子の事だから言わないだろうなぁ」
私のすぐ下の妹とは犬猿の仲。

籍は父の方に残ってはいるものの音信不通。

まぁ母の所に入り浸っていたのでしょうが・・・。

わざわざこちらから連絡しようとも思わない。

お父さんが死んだら あいつには連絡しないつもりだよ。

「帰り おじいちゃんとこ寄ってみようか」

時刻は12時30分

寝てると思うけど・・・。

実家の外から見ると窓にテレビの明かりが見える。

鍵を開けて上がっていくと テレビをつけたまま寝ている父。

起こさないようにテレビを消して部屋を出る。

明日仕事の帰りに寄ってみるよ。


バイクを取りに会社に戻る。

事務所にはまだ誰か残っているらしく電気がついていた。

「先に帰ってて良いよ。日報書いてないし」


家に到着したところでハルキから電話が入る。

「あのさ・・・後ろにヘルメットあると思うんだけど・・・」

あ・・・車から降りた時 何か物足りないと思ったら・・・。

「ノーヘルで裏道通って帰るからいいよ。それか会社のドカヘル」

ダメだって!雨降ってるし何かあったらどうするの!?

20分くらいで着くから待ってなさい!

原付じゃあるまいし・・・ノーヘルって・・・暴走族かよ・・・汗


会社に戻って車の後ろのドアを開けてヘルメットを探すハルキ。

「あっ!毛布に隠れてる!だから忘れたんだ!隠すなよぉ」

さっきティッシュ探したときも毛布に包まってたから

転がらないようにしてあるのかと思って戻したんだけど?

「い~や、隠したんだろ」ブツブツ言いながらヘルメットをかぶる。

いったい今日は会社まで何往復したんだろう・・・。


スキーに行かなくなった代わりに・・・というわけではありませんが

釣りに行く事になりました。

バスフィッシングです。


きっかけは家の前を流れる農業用水でブルーギルが釣れたから。

きれいな金色の縞模様でした。

「これが大きくなると青くなるからブルーギルっていうんだよ」

と、ハルキが教えてくれました。


最初は安物のロッドとリールを買って

適当なルアーとワームを持って霞ヶ浦へ。


ただ投げて巻いてるだけで何も釣れません。


「ドック行ってみよう」

ドックとは船着場の事です。


北浦のドックは殆どが柵があり立ち入り禁止になっていますが

霞ヶ浦では一応立ち入り禁止にはなっているようですが入れます。

中には漁師さんが入るなと怒る所もありますが・・・。


足元にポチャンとワームを落としチョコチョコ動かしながら横移動。

垂らした糸が自分が移動している方向とは逆に動きました。

あれ!?

リールを巻くと重みを感じます。

水面にバシャバシャと魚が姿を現しました。

初バスゲットです!

サイズは40cm。

これがラージマウスバスって魚かぁ・・・。


それからハルキの釣り魂に火が点いてしまった話はまた後ほど・・・。


あ、ブルーギルなんですが

大きくなると確かに青くなってました。

あごの下がね・・・。


でもなんであんなに不気味になるんだろう・・・汗

女の子から相談を受けているとき

「好きな人の子供が産みたい」

と言われたら貴方ならどう思いますか?


引きますか・・・?


こいつ俺を誘ってるのか?と思いますか?


彼女の望みを叶えてやりたいと思いますか?



貴方にはパートナーが居ることを前提にしてお答えください。

買ってから半年で配車にしてしまったハイエース。

やっぱり次もハイエースに乗りたくて、探してもらいました。


前回の事故の事も踏まえて今度は4輪駆動にしました。

ディーゼルエンジンなのでガソリン車に比べると音はうるさいけど

パワーが違う!

車高も高い!気がする・・・。


雪道やアイスバーンの事を色々調べてタイヤもスタッドレスを買いました。


「せっかくスタッドレスにしたんだからスキーでもやるか!」

リアラダーとスキーキャリアも購入。

何度も行くなら・・・とウェアや板まで人数分揃えました。


雪道は絶対に運転しない!

と言う私に

「ぜんぜん大丈夫だよ。

 凍ってる所は光って見えるから

 その時はチェーン巻けばいいし」

それでも滑ったら怖いから嫌だ!しょぼん


「あの事故は俺が運転しててもやったと思うよ」

冬の東北をノーマルタイヤで走るなんて・・・と地元の人に散々言われましたって・・・。


結局一度も運転しないまま毎週のように群馬までスキーしに行ってました。


子供用の短いスキー板は初心者の私には使いやすかったです。

身長プラス10cmと言うのは古いらしいですね・・・。

一番面白かったのは1mくらいの長さの板でした。

ストックも持たずに滑るらしいのですが、不安があるので一応持ってましたが・・・。


子供の順応性は凄いです。

下の娘は直滑降でハルキと一緒に中級コースを滑り降りていきます。

私と上の娘は恐々初心者コースをのんびりと・・・。

鬼コーチのハルキに無理やり中級コースのリフトに乗せられ

半べそ状態で滑ったこともありました。


娘たちも小学校高学年にもなると親と一緒に出かけなくなってきます。

今や押入れの天袋の肥やしになっているスキー板たちなのでした。

1月に上の娘が学校でスキー教室に行くことになってます。

一度覚えたことは身体が思い出せば滑れるみたいですけどね・・・。



雪道といえば・・・。

うちの方で降ったときは帰れないと泣きつきました・・・汗

「これくらいなら大丈夫だよ。スタッド履いてるし、ゆっくり走れば滑らないって」

5cmも積もったらタクシーやバスなんてガン鉄チェーン巻いてるんですけど・・・汗

「ダメなら俺が行くから待ってろ」

行くって・・・あなた・・・バイクでしょ・・・汗


そろりそろりと走り出してみれば何て事はありませんでした。

都心の雪はみぞれ雪というか、路面の温度が高いから融けるのも早い。

融けかけたカキ氷の上を走っている感じでした。

駐車場は真っ白だったけど・・・。

少し傾斜がついているので上がれない・・・汗

建物の北側に面した駐車場の雪は1ヶ月経ってもまだうっすらと残っていました。

もちろん自分の出入りする所は雪かきしましたよ。

7時半にハルキが帰ってきました。


玄関を入ったところで固まってます。

どうしたの?


「さ・・・さむい!」


何枚も重ねて着てはいるものの、

この寒さの中バイクで移動は厳しいです。


防寒の手袋を使っていても直撃する風は冷たく

指先の感覚をなくしていきます。

洗面台にお湯を張って手を温め、熱いコーヒーで一息入れます。


さ、行こうか。

「やっぱりバイクで行くの・・・?」

駐車場あるけど、うちの車じゃ入れないよ。

高さ制限1.5mとかだったもん。


ユニクロで買ってきたフリースの上下をジャンバーの中に着せ

フェイスマスクとジャンバーのファーの襟もつけたし

中ファーのブーツを履いて 防寒対策はばっちり!?


Tシャツ・トレーナー・フリース・ナイロンの薄いジャンバー・厚手のジャンバー(ドカジャン?)

Gパン・フリース・防寒ズボン


フリースを買う前はベストや薄手のズボンも履いていたので上だけでも6枚重ね。

少しは身動きしやすくなったかな・・・。


私は長袖のTシャツに半袖のTシャツを重ね着した上にジャンバー。

ストッキングとGパンに防寒ズボン。

このジャンバーは優れもので着たまま部屋の中をうろついていると汗かくほど。

まぁ後ろならこれ位でも十分。


新都心まで40分くらいで着くかな・・・。


「アリーナ左になってるけど?」

アリーナじゃなくて、けやき広場に行きたいの!


駐輪場にバイクを停めて、階段を上がっていくとそこには

電飾で飾られたけ広場があらわれました。




時計を見ると9時55分。

イベントタイムまで後5分。


「タバコとコーヒー」

喫煙スペースを見つけて一服していると流れていた音楽が変わりました。

今まで点いていたイルミネーションが変わり 天使が現れました。





フォログラムみたいな感じででるのかと思ったら・・・電飾・・・。

想像していたのと違っていたけど

一緒に見れて良かった。

もともとハルキはバイク乗りだったので

車も持っていたとは言え、1ナンバーのワゴン車。

後ろにシートは付いていません。

宅配便のワゴン車みたいな車でした。

乗せるものといったらバイク。


その車も排ガス規制に引っかかり買い換えることに。

ずっと憧れていた車はハイエース。

友達に紹介されていった中古車店で探してもらいました。

数日後電話を貰って見に行った車に一目惚れ。

買ってしまいました。


買ってからどこへ行くと言うのもなかったので

年末に福島まで行ってスキーでもしてみようかという話になりました。

計画してみたものの、上の娘が前日から発熱。


私が何か計画を立てると必ず邪魔が入る・・・。


その時は本気でそう思いました。

初めての遠出計画だったのに・・・。


「熱 どれくらいあるの?」

ほぼ落ち着いてきたものの まだ7度5分


熱があるわりには元気な娘を見てハルキが言いました。

「子供だから多少の熱なら大丈夫なんじゃない?

 無理だと思ったら引き返せば良いんだから」


ほとんど強行突破です。


暖かい格好をさせて、布団と毛布を車に積んでいざ出発。


高速使うのは簡単だけど、一般道をひたすら北上。

それが二人の走り方。


家を出てから数時間。

福島県に入ったところで年が明けました。


あけましておめでとう。


「それだけ?他に言うことないの?」


今年もよろしくお願いします


「はい、よろしくお願いされました」


一服したところで再出発。

運転は私。


「運転代わろうか?雪降ってきたし」

路面ぬれてないし、これくらいだったら大丈夫。


そんな会話が出たときでした。

左カーブに差し掛かったその先には橋。


「左だよ!?」


そういわれても車は右へと勝手に走っていきます。


アイスバーン


右に滑ったらハンドルは右に切る・・・と頭ではわかってはいたものの

対向車のライトが視界に入った時にはブレーキを踏んでいたのでしょう・・・。


激しい衝撃が何度か繰り返され

気がついたとき車は橋の真ん中で止まっていました。

振り返るとハッチバックが開いていました。


子供たちの名前を呼びながらハルキが車から飛び降ります。

私もそれに続いてシートベルトをはずし外へと出ました。


ハルキが子供たちを探しながら呼んでいる声が聞こえます。


母親の勘でしょうか・・・。

路面に投げ出された子供たちの所へ駆け寄りました。


泣いていたのは下の娘。

「痛いよぉ~痛いよぉ~」

ごめんね・・・ごめんね・・・。

毛布に包んで抱きかかえ車に戻ります。


「あとはやっておくから、お前は病院に一緒に行け」

救急車が到着し病院へ搬送されるのに同行。

処置室の前で泣き叫ぶ声を聞きながら何もしてやれない・・・。


「おかあさん!」

振り向くとそこには若いお兄さんたちに連れられた上の娘が。

「旦那さんに頼まれたので・・・」

そういってそのまま帰っていったお兄さんたち。

ろくに御礼も出来なかった・・・ありがとう・・・。


それから数分後ハルキが病院に到着。

明るいところでよく見るとハルキ自身も顔面から血が出ていました。

「シートベルトしてなかったから前に飛んだんだよ。

 ルームミラーかなんかにぶつかったんだろうなぁ」

上唇の中と外 14針を縫う大怪我でした。

下の娘は右肘骨折。

上の娘は下の娘を下敷きにして落ちたらしく無傷。

私はタンコブが出来た程度でした。


ハルキが友達に迎えに来てくれないか電話をしています。

「明日福島まで来れないかな・・・」

明日は出かけるから行けないと断られ続けました。

私が千葉の友達に電話をします。

これから福島まで来てくれないかな・・・

「いいよ。おばさんちの近くだから道もわかるし」


「明日」と「これから」の違いでした。

後日ハルキの友達に「明日って言うから2日だと思った」とのこと。

ハルキも動揺していたのでしょう・・・。


240万の車が半年で逝ってしまいました・・・。


私のジンクスが変わりました。

≪私が何か計画を立てると必ず邪魔が入る≫

ではなく

≪邪魔が入った時は何か起こるから行動しない≫


実際先日も仕事が終わったあと走りに行こうかと言って天気を見ると

降水確率が上がったのでやめたところ

夜半過ぎから土砂降りになりました。


今でもうっすらと残るハルキの唇の傷を見るたびに思い出す事故でした。

ハルキと付き合いだしてから3年。

何度かハルキのお母さん達にも会いました。

子供達を買い物にも連れて行ってくれました。


ある日子供たちがハルキの事を「お父さん」と呼びました。

今まで私は1度もハルキのことを「お父さん」と呼ばせた事はありません。

『おふくろが教えたんだろ。名前で呼んでるのは変だって言って』

ハルキはそれで良いの?

『別に呼び方なんてどうでもいいじゃん』


それから更に2年。

上の娘が小学校に上がるのをきっかけに入籍しました。


一緒に居て良いんだよね・・・?

子供達のお父さんで良いんだよね・・・?



その一言が嬉しかった・・・。


それは出会ってから13年経った今でも言ってくれる一言


『あの二人は俺の子だ』


ありがとう・・・。

子供達はハルキのこと本当の父親だと思っているよ。

明日はハルキの誕生日です。


でも仕事が終わってから出かけてしまいました。

なるべく早く帰るとは言っていましたが・・・。

7時までには帰ってきてほしい・・・。


二人でスーパーアリーナのイルミネーション見に行きたい。

ハルキから貰ったペンダントを無くしてしまいました。

家にお風呂がなかったので銭湯通いしていたときです。

細いチェーンだったので切れたら嫌だと思い、外してロッカーに。


家に帰ってからない事に気づき、慌てて戻ったものの やはりそこにはなく

誰かに持って行かれてしまったのでしょう、番台にも聞いたけど出てきませんでした。


私の悪いくせ・・・。

言えなかった・・・。


『最近つけてないね』

そう言われてから初めて無くした事を白状しました。


『なんで無くした時にすぐ言ってくれないの?』


せっかく貰ったものを無くしたなんて言えなかった・・・。

いくらだったのか絶対に教えてはくれなかった。


『無くなった物は仕方ないよ。お金の問題じゃないんだよ!?

 気持ちの問題だよ。なんで隠そうとするの?もういいよ!』


怒らせてしまった・・・。

もう終わりなんだな・・・。


そんな時 妊娠発覚。


産んでくれとも堕せとも言わなかったハルキ。


堕す事を決めたのは私。


産めなかった・・・。



正月をはさんだので5ヶ月に入ってしまったため1週間の入院が必要になった。

『これで終わりにしよう・・・。お金は出すから・・・。ちゃんと最後まで付き添うから・・・。』

そういってハルキはその日仕事を休んでまで病院に居てくれた。


処置室と言っても外来の受診室と同じ場所での処置。


どれくらいの時間が経ったのでしょうか・・・。


腹部の痛みで気がつくと知らない部屋で寝かされていた私。

麻酔が残っているのか朦朧とした状態で自分がなぜそこに居るのか判らず

痛みと混乱で錯乱状態に・・・。

その状態に気がついた看護士さんに取り押さえられ

少し落ち着いたところで車椅子に乗せられ病室に戻る事に・・・。


あぁ・・・もう居ないんだ・・・。


一つの命を消してしまったんだ・・・。



ぼーっとそんな事を考えながら ハルキが待つ病室へ入る。

ベッドに寝かされた私を心配そうに覗き込むハルキ。

『大丈夫か・・・?』


ハルキともこれで終わりなんだ・・・。


そんな感傷に浸るまもなく一人の男性が病室に入ってきた。

「5ヶ月でしたので死産扱いになり役所に届けが必要になります。

 こちらのお寺でご供養させていただきます。」

事務的な話が終わるとその人は帰っていきました。


『お墓参り行こうな』


ハルキのその優しい一言に涙が溢れて止まらなくなりました・・・。


1年後 約束通り、二人でお墓参りに行きました。

生活していくためにも仕事を探さなければなりません。

母子家庭のため保育園にはすぐ入園許可が下りました。

家から自転車で通える範囲で探し、1年ほどダ○キ○に勤めました。


以前からトラックに乗りたかった私は教習所に通って大型免許を取ることにしました。

ハルキがトラックに乗っていたので、色々とコツを教えてくれました。

普通免許をもっていたので学科は免除。

2t車には乗ったことがあったので、運転するのは簡単でした。


『バイクの免許取ったら買ってやるよ』とハルキが言うので

どうせなら一緒に取ろうと、バイクと大型同時進行です。

『あれ?大型も取ってるよね』と、教官の間では有名になってました。


400ccのバイクを起こすことは出来ました。

同じ時間に受けた女の子が一人 起こすことが出来なくて小型に行かされてました。

走らせるのは簡単です。

何が怖いって・・・S字カーブ。

横滑りしてコケてしまうのではないかという恐怖感。

どうしてもハンドルで曲がろうとする私を見て教官が痺れを切らし

『後ろに乗れ!』

へたっぴは教官の後ろに乗せられるそうです・・・。

『バイクはこうやって曲がるんだよ!』

カーブごとに車体を倒しアクセルをあけることにより車体が起き上がる。

頭でわかっていても怖くてなかなか出来ないんです・・・。

教官ほど倒さなかったものの、カーブごとにちょっとアクセルをあけてS字を通過。

『そうだ!やればできるじゃないか!』

アクセルをあける事がポイントだったようです。


無事教習所を卒業し、試験場で免許の交付を受けハルキに報告。

『おぉおめでとう。約束だから買ってやらないとな』

教習所で乗ってたCB400SFが乗りやすかったので、それが良いなぁ・・・なんて淡い期待。


数日後ハルキが買ってくれたバイクは・・・。


100ccのスクーター・・・。


バイクじゃないじゃん!原チャじゃん!

『原付じゃないぞ。100ccあるから二段階右折しなくていいし

 速度制限も乗用車と同じだからスピードで捕まる事ないぞ』

そうかもしれないけど・・・


私の夢はこうして儚くも崩れ去ったのでした。


大型免許ですか?

運送会社に就職しましたよ。

殆ど4t車しか乗らなかったけど・・・。

大型なんて年に数回・・・。

しかもボロいトラックばかり・・・。


なんだかんだと6年半続けてました。

自分に合っていたんでしょうね。運転手。