フクロウの夜泣き

フクロウの夜泣き

オリジナルの物語などをちょこちょこと

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 こと切れた身体から女の影が次第に薄れ、出会った時の少年の姿となった。

 だが、生きてはいない。転生したフィオナが少年自身だったのだから。

 そっとこと切れた少年を大地に横たえ、男はその死に顔をじっと見つめた。

 やがて、少年の胸に突き刺さっている剣を、顔色一つ変えずに抜いた男は、ゆっくりと立ち上がった。



『お待ちなさい』

 涼やかな、何者にも拒否できない、力のこもった声が頭上からした。

「なんだ、あんたは?」

 白銀の輝きを持った人ならぬ存在が男の前に舞い降りた。

『私は西風の王。死者の道行きの先導者』

 白銀の男をただ見つめる男は目にき、何の感情もない。

『愛想のない人ですね』

「俺はあんたの恩恵には預かれぬのだから、愛想を良くしたってしかたあるまい」

『いつだって連れていってさしあげますよ。貴方が望みさえすれば』

 長い銀の髪と瞳の持ち主は優しく笑った。

 その笑みに、鼻に皺を寄せ、「断わる」と、一言の元に男は言い捨てた。

『本当につれないお人だ』

 肩をすくめてその場を立ち去ろうとした背に、西風の王の咎めるような声がかかった。

『なぜ、本当の事を彼女に云わないのですか?』

「本当のこと?」

『都合が良いことを云っているのは、貴方ではなく、本当は彼女なのだということを。都合良く記憶を塗り替え、嘘を云っているのは彼女の方だと、なぜ、云わないのです?』

「必要、ないからだ」

 なんでもないことのように男は云った。

『しかし、真実は一つ。貴方が彼女を犯したのではなく、彼女が貴方に懸想したあげく、一服盛って無理やり貴方と寝たのだと』

「黙れ!」

 黒々と闇を切り裂く鋭い瞳。

「それ以上云うな!」

 白銀の色をもった男は、薄く笑った。

『人間は、云われたくないことを云われると怒ると聞きましたが、本当ですね』

 ギリッと男が唇を噛んだ。

「俺は、もう人間じゃ、ない」

『人間ですよ、誰よりも優しく強い人間です。でも、もう充分でしょう。私と一緒にいらっしゃい』

「できない。あんたといって転生したところで俺は妹のことが忘れられないだろう。結局は同じだ」

『貴方には転生の必要はありませんよ』

「え?」

『貴方の魂は充分に白い。すぐにも天上に迎え入れられることでしょう』

「すぐ……にも?」

『ええ、すぐにも。私と来ますか?』

 スッと男は目をそらした。

「俺が……天上に行って…。そしたら妹はどうなる?」

『彼女は転生を繰り返すでしょう。これまでとおなじように』

「…では、俺は逝く訳にはいかない。…あれ一人に罪を被せ、一人救われる訳にはいかない」

『罪は彼女一人のものです。あなたがつき合う事などなかったのです。これまでも、そして、これからも』

「いや……。結局フィオナをあそこまで追い詰めたのは俺だ。妹ゆえに愛してはならぬと自分自身を戒め、必要以上に意識してしまった。俺が、フィオナを追い詰めた。薬を盛られ俺は知らぬ間にフィオナを抱いたが、それ以前に夢に現に俺は彼女を抱いていた。心の中で、フィオナを犯し続けていた。俺よりフィオナの方がよっぽど素直で、正直だ」

『しかし』

「俺がいなくなれば、彼女は本当に狂うだろう。目に見えるもの全てを傷つけ、傷つき、憎悪に狂い……。魂を黒く染めて……」

『貴方はいいのですか、それで? 一人で生き続けなければならないのですよ。忘れた訳ではないでしょう? あの養い児のことを……』

 男は顔を曇らせた。

「なぜ、知っている?」

『ずっと貴方を見守ってきましたから』

 フイッと男は顔を背けた。

 もうどのくらい前になるだろうか。

 野党に襲われた村があった。

 たまたま通りかかった男が、母親に庇われて生き延びた女の子を見つけた。

 恐怖に涙も流せずにいたその少女に情が移り、なし崩しに手元で育てることになってしまった。

 その少女がフィオナの転生だと知ったのは少女が十七才になった日。

 突然フィオナの記憶が目覚め、憎しみに狂った。

 男は涙ながらにそれまで育ててきた少女を殺した。

 以来、男はどのような人間とのかかわりも避けるようになった。

 黙り込んだ男に哀しげな瞳を向け、西風の王は息絶えた少年の身体に手をかざした。

 ポウッと現れた炎は、毒々しいまでに赤い。

『見なさい、もはやこの魂には救いがない』

「……違う、昔はもっと赤黒かった。少しずつだが魂は浄化されている。そう、俺の話しも聞いてくれるようになった。いつか、いつの日かフィオナの辛い記憶が癒される日まで、俺は彼女の憎しみを受け続ける」

 西風の王は、呆れたように大きく一つ溜め息をついた。

 その王に軽く頭を下げ、男はその場を後にした。

 再び妹が転生し、自分の前に現れるその日まで、彼は黙々と歩き続けるのだろう。

 夜の闇を、一人で。




 男を見送った西風の王は、しばらくそこに立ちつくしていた。

 やがて手の中の小さいがどこまでも赤い魂に意識をむけた。

『そなた、狂おしいほど愛した男を、ここまで苦しめてそれで、満足か?』

 むろん、返事はない。

 西風の王は深い深い溜め息を盛らした。

『お前が清くなっているのは浄化してのことでなく、あの男の清らかな魂を少しずつ喰らってのこと……。このまま、お前は兄の魂を食らいつくす気か?』

 白銀の男は、深紅の魂を空に放った。

『そう教えれば、喜んであの男は己の魂の全てをお前に与えるのであろうな……』

 空に浮かんだそれに、西風の王は険しい目を向けた。

『そなたがいなくなれば、あの男の高潔な魂はすぐにも天上界に昇れようものを』

 白銀の輝きを持つ男は、深紅の光を握りつぶそうとして止めた。

『そんなことをしてもあの男は、喜ばぬか……』

 じっとその魂を見つめる。

『かつてそなたたちが同じ色の魂を持った双子であったとは、思えぬな。兄があれほどまでに白く己を高め得たというのに……』

 微かな嫌悪に、西風の王は柳眉をしかめた。

『彼は特別かもしれぬな。闇に染まりやすい人間が、これほどまでに重い運命を背負いながら、清らかでいられるのだから……』

 西風の王は、深紅の魂を連れてフワリと空に舞い上がった。

 そして、どうすればあの高潔な男を救えるかと、思案顔で虚空に消えた。



 白銀の輝きが消えると、濃厚な闇が辺り一帯を支配した。

 シトシトと雨は止む気配もない。

 カサリと少年の屍が動いた。

 屍の胸元がもそもそと動きそこから気味の悪いものが現れた。

 拳大の蜘蛛によく似た昆虫。

 だが蜘蛛は十本足でもここまで醜悪でもない。

 何より身体と同じぐらい大きな牙などもってはいない。

 大きな邪の存在に、闇がざわついた。

 何者と、問ったのはその闇だろうか。

 その闇に、悪びれない答えがかえった。


<俺ハ、不死者ノ心ノ汚レ。汚レテハナラヌト アノ魂ガ 無理ニ棄テタ、アノ男ノ闇ノ心>


 カサカサとそれは屍の首に移動し、その咽ぶえに牙を立てた。

 みるまにその身体が赤く染まり、目に見えて大きくなっていく。

 やがて少年の血を吸い尽くし、先ほどより二廻り以上も育ったそれは牙をおさめた。

 しばらくじっとしていたが、雨の湿気の中に、死者の気配を悟ったらしい。

 喜々としてそれは平原へ姿を消していった。

  雨の闇の中、血を啜る化け物の気配が次第に大きくなっていく。

 凄惨な戦場跡に残されたのは、もの云わぬ死者と、巨大化していく化け物だけだった。



 この化け物がこれより後、どれほどの恐怖を人の世に撒き散らすか、誰が産みだしてしまったのか、あくまでも高潔でいようとする男も、西風の王も知ることはなかった―――。



                   END



 あまり後味の良い話ではないのですが、最後まで読んで下さった方がいらっしゃればとても嬉しいです。

 この話は、遠い昔、角川のなんとかいう雑誌に投稿するために書いた話です。

 実は違う話を書いていたのですが、同時期に大変凹む事がありまして。

 どす黒く落ち込んだ気分の中でいきなり思いついたのがこの話でした。

 投稿する前に試し読みしてくれた友人に「暗いし、後味悪ッ」と言われたのを今でも覚えています。

「大丈夫?」と落ち込み具合を心配されたりもしました……。ハハハ

 胸に渦巻くやりきれない気持ちを吐き出したかったんでしょうか。

 普段の遅筆ブリが嘘のように、書きあがったのも生生しく覚えています。

 しかも、切羽詰まったものが伝わったのか、良い賞を頂いてしまいました。

 評価されたのはとっても嬉しかったのだけど、書きあげた経緯がアレだったもので、複雑でもありました。

 何作かその雑誌に投稿しましたが、結局この作品が一番評価が高かった結果になりまして(笑)

 やはり普段書く私のお話は、色々な意味で甘いらしいと、実感することもできた試金石的な一作に。

 でも、どんなに評価が良いものが書ける可能性があっても、二度とあの時の精神状態にはなりたくはないです。

 甘くても、つまらなくても、書いてて楽しいものを書いていたいと思う私はやはり、アマチュアです。残念^^;)