誰もが願う幸せ・・・


こうなったら幸せだろうな~


これを手に入れたら幸せだろうな~


こんな生活を送れたら・・・


こんな自分だったら・・・


と考え出すときりがありません


でも、もしかしたら幸せとは 『願う』 ものではなく 『感じる』 ものなのかもしれません


私たちは、何不自由なく見て、聞いて、歩いて、食べて、考えて、主張して、寝て・・・


それを 普通 という言葉で表現します


大切なのは、この普通


普通に感謝することで、いつでも幸せを感じる事が出来るのではないでしょうか


目の見えない人は一瞬でも目が見えたら、とて幸せに感じるでしょう


耳の聞こえない事は一瞬でも人の温かい声が聞こえたら幸せを感じるでしょう


足の悪い人は、一瞬でも自分の足で思うままに移動出来たら幸せを・・・


味を感じる事無く栄養を補給している人は・・・


普通


ありがたい事ですね


もし、その感謝すべき事に目を向けず、欲を幸せに置き換えて進んでしまった時


神様は人に『災難』を与え、本当に幸せな事に気付かせてくれるのかもしれません


失って初めて大切さに気づく・・・


私たちは、きっと毎日とても多くの幸せを神様から与えて頂いているのでしょうね



いつもありがとうございます


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