仮通夜の夜、わたしは母の横で寝た。



寝たとはいっても、一晩中明かりを灯し、灯明も線香も炊く。

ウトウトした時に、マナーモードにしたスマホが震えた。

「病院からの呼び出しか!!」

3つの病院を回り約1年、母が亡くなったことで呼び出しがなくなったことにまだ慣れない。


翌朝、葬儀社の担当者がドライアイスの交換と今後の段取りの説明にやってきた。

下の孫息子はヒイバの側を離れず、スタッフの動きを真剣に見守っている。


父が他界した26年前、今はアラフォーになった3人の孫たちも同様に、灯明や線香を交代で灯していた。

亡くなった人を間近で見ることで、生と死の意味を知る。


午後2時に湯灌をしてもらった。

湯灌の儀とは・・・

現世の汚れを洗い清め、来世への旅立ちの準備をする。

分りやすく言えば、母に最後の入浴をさせることだ。

女性スタッフがふたり、持ち込んだ浴槽に湯を張り、母をキレイに洗ってくれた。


髪もシャンプーで泡立て、わたしは母が今にも「あぁ、気持ちがいい!」と言い出すような気がした。

ヘアドライヤー後、妹と私が選んだラベンダー色の着物を着せてもらった。

そして、男性スタッフが持ち込んだ棺に移された。


最後は、お化粧。

わたしは「死に化粧」ということばしか知らないが、母は本当にキレイになった。

昔は山本富士子さんに似ていた。


4時過ぎに男性スタッフが2人で、キレイになった母を迎えにきた。

いよいよ自宅を離れる。

私たちも5時過ぎに斎場に向かった。


どこから種が飛んできたのか、庭の隅に彼岸花が咲き始めていた。




6時からは細かい打合せ。

受付は、斎場のスタッフに加え、娘と甥の妻が担当することに。


7時から始まった本通夜、新聞のお悔やみ欄を見た知り合いや友人が参列してくださった。

お寺さんの、通る声でのお経と法話。

親族に続き、参列者の焼香。

最後に、喪主をつとめるわたしが挨拶をした。


101歳で逝った母の人生に簡単に触れ、参列への感謝を述べた。

母を知る方々が、うんうんと頷いてくださった・・・


本人が生前、遺影用に準備していた写真も頷いていた・・