皆様、おはようございます。

東北大学新聞で仙台の凱旋パレードの写真特集ページを開設されましたので、感謝して転載させて頂きます。

羽生結弦選手「2連覇おめでとう」パレードで報道部が取材した際に撮影した写真をまとめた特設ページを開設しました。
杜の都の感動をもう一度思い出しませんか?

羽生結弦凱旋   杜の都熱狂  〜「ありがとう」の言葉響くパレード〜


 羽生結弦選手「2連覇おめでとう」パレードが先月22日、仙台市青葉区の東二番丁通りで行われた。羽生選手が平昌(ピョンチャン)冬季五輪男子フィギュアスケートで金メダルを獲得してから2カ月。羽生選手の偉業を祝おうと、4月の仙台は熱気に包まれた。


 23歳の若さで冬季五輪連覇を果たした羽生選手。連覇を祝う様子はパレード前から見られた。金メダルを獲得した直後から、市内では「羽生選手連覇おめでとう」の横断幕やボードが掲げられた。パレードの実行委員会では、運営資金調達のために記念Tシャツを発売。パレード前日までに約7万枚を売り上げた。

 パレード当日も、盛り上がりは早朝からヒートアップした。午前6時、同区の商業施設AER(アエル)では、連覇を記念し製作されたラバーバンドを求め、100人近くが並んでいた。中には、記念Tシャツを着てラバーバンドを求めるファンも。予定を1時間半早めた午前7時半に販売が始まり、ラバーバンドを購入したファンは笑顔を浮かべた。

 パレード会場となる東二番丁通りは、近くから羽生選手を一目見ようと、歩道に多くのファンが早くから駆け付けた。中には特製の横断幕やプラカード、うちわを持つファンや、羽生選手の好きなディズニーのキャラクター「プーさん」を抱えたファンも見られた。


 10万8千人の観衆が見守る中、午後1時15分に羽生選手が登場。東二番丁通りは大きな歓声に包まれた。出発地点では出発式が行われ、村井嘉浩宮城県知事からは県民栄誉賞と玉虫塗の皿が、郡和子仙台市長からは賛辞の楯と堤人形がそれぞれ羽生選手に贈られた。

 一方、羽生選手は県と市にそれぞれ500万円を寄付。「震災復興にお役立てください」と声をかけて村井知事と郡市長に手渡した。羽生選手は式典の担当者や観衆に深々と礼をして、笑顔で謙虚に振舞った。


 出発式が終わると、羽生選手は用意されたトラックの上に乗り込み、1・1キロのコースをパレードした。道路の両サイドから「おめでとう」「ありがとう」の声がかけられ、羽生選手はファン一人ひとりに視線を向けるかのように丁寧に手を振った。時には平昌五輪のフリープログラムで演技した「SEIMEI」の決めポーズを披露し、会場を盛り上げた。


 パレード終了後、羽生選手は仙台市役所で会見に臨み、パレードの感想を語った。「僕自身ワクワクしていた」とパレード当日が待ち遠しかったそうで、声援を受けて「温かい目やおめでとうの声とかが心に、また脳裏に焼き付いた。一人ひとりの顔を見るように努力した」と振り返った。一つ一つの瞬間を大切にする羽生選手らしい発言だった。

 この会見には、小紙のほか、青山学院大と古川学園高(宮城県大崎市)の新聞部が学生記者として参加した。会見の最後に古川学園高の新聞部員から、夢を実現させるために必要なことは何かと質問。羽生選手は「夢を叶えるために犠牲にするものがあるが、やり続けているからこそ達成できる。何も恐れずに夢にかけてほしい」と答えた。最後には「頑張ってください」とエールを送った。

 羽生選手の活躍と立ち振る舞いに東北じゅうが沸き立ち、同年代の若者に勇気づけられた。羽生選手の今後の活躍を祈りたい。

(たくさんのお写真の中から一部ご紹介させて頂きます)

○出発式 - 響く「おめでとう」にはじける笑顔 

 






















○パレード - ファンと地元とともに、喜び分かち合う1.1キロ


 








○パレードを盛り上げた人たち - 羽生選手だけじゃない、あの日杜の都を彩った東北人










◯記者会見 - にじむ人柄   感謝と決意を言葉で









転載終わり

数え切れないほど沢山のお写真とお記事をありがとうございました。
パレードの先頭には警察車両や楽隊、「2連覇おめでとう」の横断幕やむすび丸くんに気付かずに申し訳なかったと思っています。

結弦さんの誠実で優しいお人柄が分かる文章にも感謝申し上げます。

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玉虫塗のお皿について

玉虫塗総本舗 東北工芸製作所様より





県民栄誉賞の授与式では、宮城県の村井嘉浩知事から賞状と記念品として東北工芸製作所による「玉虫塗 尺三飾り皿(大皿)」が送られました。史上初の2度目となる県民栄誉賞のために、玉虫塗は特別に仕上げた紫色です。また、蒔絵は手描きで、大きく羽ばたく宮城県の県鳥「ガン」のまわりに県花「ミヤギノハギ」を施しています。

羽生選手2連覇おめでとうございます。



賛辞の楯の贈呈文

仙台市のホームページより

栄誉を称えて

羽生 結弦 様

あなたは、平昌オリンピックフィギュアスケート男子シングルにおいて、たゆまぬ努力の末、見事に金メダルを獲得されました。
負傷をものともせず、銀盤上でひときわ輝きを放ったあなたの演技は、仙台市民をはじめ、被災地で復興に励む人々を勇気づけ、また世界中の人々を魅了し、称賛の嵐を巻き起こしました。
ここに108万市民とともに、その栄誉を心から称えるとともに、今後さらに活躍されることを祈ります。

平成30年4月22日 仙台市長 郡 和子


堤人形について

宮城県のホームページより

 1688年~1704年(江戸・元禄年間)ごろ,堤焼を母体として誕生したといわれる堤人形は,京都の伏見人形とともに2大源流をなすもので,郷土土人形の最高峰とされています。
 江戸時代において絢爛たる発展を見せた浮世絵の作風を立体化したとも言えるもので,文化・文政(1804~1830)の頃が最盛期と言われ,多くの人形師が優れた作品を残しています。東北の玩具として知られている花巻,米沢,高田などの土人形は,いずれも堤人形が指標となって派生,分布したものと考えられます。



制作はつゝみ人形製造所

河北新報様より


 人形は高さ21センチ、幅15センチ、奥行き13センチ。能楽や歌舞伎の演目「三番叟(さんばそう)」の一場面を表現した。22日に市内である祝賀パレードの出発式で贈呈する。
 羽生選手がフリープログラムの曲目「SEIMEI」で演技するため能楽を研究したことから、三番叟を題材とした人形を選んだ。
 人形は青葉区の「つゝみ人形製造所」の職人芳賀強(つよし)さん(76)が昨年制作した。市の要請を受け、縁起の良い演目で造作に動きがあり、記念品にふさわしいと考えたという。
 芳賀さんは「金メダルを獲得した選手に自作が渡るのは職人冥利(みょうり)に尽きる。人形を見て心の安らぎを感じてほしい」と語った。
 堤人形は約300年前、現在の青葉区堤町で制作が始まったとされる。


引用終わり

宮城県に長く受け継がれた伝統工芸品があることを知って頂く良いきっかけになりましたね。
職人の皆様がお心を込めて作られた大皿とお人形は大切に羽生家の子孫に残されていくと思いますキラキラ
結弦さん、宮城県の皆様に祝福されて本当に良かったですねおねがい

お写真はネットより感謝してお借りしました。
ここまでお読みくださりありがとうございました。