お誕生日記事の続きです。
一希くんはショートで同じツィゴイネルワイゼンでシニアデビュー!
その一希くんが20歳のお誕生日を迎えました。
おめでとうございます
田中さんと一希くんにケーキをと思いましたが、安七らしく和菓子でお祝いです
お茶碗は土師焼です
「中途半端な人間にはなりたくない」
友野一希を変えたスケート人生の転機
2018年5月16日 スポーツナビ様より
友野一希(同志社大)に、自身のフィギュアスケート人生を振り返ってもらうと、20歳の新鋭は苦笑いを浮かべながらこう語った。
「僕はジュニア時代にけっこう苦労した選手で、最初の4年くらいはなかなか飛躍できなかったんです」
実際、ジュニアグランプリ(JGP)シリーズの派遣メンバーを決める選考会では3年連続落選。なかなか芽が出ず、友野も「心が折れていた」と言う。しかし、2015−16シーズンに初めてその選考会に通り、JGPシリーズを経験すると、そこから2年後の今季はシニアデビューを果たす。そして、羽生結弦(ANA)の欠場と無良崇人(洋菓子のヒロタ)の引退により、繰り上がり出場した今年3月の世界選手権では5位に入るなど、大躍進を遂げた。
「ジュニア時代の苦労が今につながってうれしい」。そう話す友野は冷静かつ力強く未来を見据えている。
‖ 自分はもっとうまくなれる
――シニア1年目は大躍進のシーズンでした。
僕自身もすごく飛躍できた年になったと思います。自分が思っていた以上の結果でしたし、予想以上に早く自分が理想としているスケート像、理想としていたスケーターに近づけたのではないかなと感じています。
――世界選手権では素晴らしい演技で5位に入りました。急きょ巡ってきたチャンスでしたが、聞いたときはどう感じましたか?
「準備しておくように」とは言われていました。(出場が)決まるまでは半信半疑であまり気持ちの整理がつかない状態だったんですけど、今までもこういう経験はありましたし、大会の2週間くらい前に正式決定した瞬間にはすぐ気持ちを切り替えて、試合に向けてやるだけでした。
――世界選手権での目標はどこに置いていたのですか?
目標としてはショートプログラムを通過して、あわよくば15位以内と考えていたくらいです。ショートを通過すればGPシリーズの1大会に出場する権利をもらえるので、本当にそれだけでした。
――ショートの演技が終わった瞬間、涙を流すシーンもありました。
ショートの日はすごく不安でした。フリースケーティングはのびのびと滑れたのですが、ショートは一つ失敗したら終わると思っていたので、自分に対するプレッシャーが大きかった。この結果でたぶんこの先のスケート人生も変わってくるし、ここでやらないと間違いなくGPシリーズの出場権ももらえない。もし失敗したらこの先のスケート人生で失うものが大きいと思っていました。それが一番怖かったので、終わった瞬間はひと安心したというのが涙となって表れたんだと思います。
――まさに世界選手権の結果で、スケート人生が大きく変わったのではないかなと思います。ご自身の中で具体的に変わった部分はありますか?
やはり自覚が出てきたと思います。世界選手権5位という結果なので、それにふさわしい選手にならなければいけないと気持ちも変わってきましたし、今回は他の選手の失敗もありましたが、それでもシニアで少しは通用したということが自信になりました。今の自分の全力であれだけの点数(合計256.11点)が出せましたし、自分にはまだ技術が足りないと思っているので、そこを伸ばせばより点数を出せるという希望も見えてきました。今はとてもスケートが楽しいです。本当にもっともっとうまくなれると感じています。
‖ ターニングポイントとなった世界ジュニア
――自覚が出てきたということですが、具体的には行動にどう表れていますか?
練習に対する気持ちが変わりました。あとは私生活でも人に見られることが多くなりつつあるので、人としても成長していく必要があると感じています。それは間違いなく競技にもつながってくると思うし、僕は中途半端な人間にはなりたくない。人としても、アスリートとしても、尊敬される選手になりたいので、それを心掛けて日々生活していきたいと思っています。
――これまでのスケート人生で、友野選手にとってターニングポイントとなった出来事はありますか?
2年前の世界ジュニア選手権で、山本草太選手(中京大)が出発直前の練習でケガをして、今回の世界選手権と同じように補欠の僕が出場という形になったのですが、それが一番自分のスケート人生を大きく変えた大会になったのは間違いないです(結果は15位)。そこで初めて世界大会を経験をして、世界のレベルを知り、自分が悔しいと思えたのが成長できたきっかけだと思います。実際にその大会から成績もぐんと上がりました。自分は経験を重ねることで成長できるタイプなのかなと今は思っています。
――スケート人生で一番うれしかった出来事は何ですか?
たくさんあるんですけど、一番はやはり世界選手権で点数が出た瞬間ですね。そこに自分のスケート人生すべてが詰まっているのもあるし、僕は結構冷静だったのですが、平池大人コーチがかなり横で喜んでいたので、それもうれしかったです。
他に印象に残っていることとしては、僕はジュニア時代にけっこう苦労した選手で、最初の4年くらいはなかなか飛躍できなかったんですね。JGPシリーズもずっと選考会には呼ばれていたんですけど、3年連続で落ちて派遣されなかった。たぶんそんな選手、僕以外ほとんどいないんじゃないかというぐらいです(苦笑)。それでも挑戦して、心が折れながらも4度目の選考会で初めてJGPシリーズの派遣選手に選ばれた瞬間というのはすごくすごくうれしかった(2015−16シーズン)。僕だけ落とされたということもあって、一人でとぼとぼ帰るという悔しい思いをしていたので、やっと少しは成長できたなと感じられる瞬間でした。
そしてその次のシーズンは、JGPシリーズ2大会の出場権をいただきました。2年前までは落とされていたのに、そのころにはジュニアで一番と言われるぐらいに期待をされていた。ジュニア時代は本当に苦労しましたが、最後に成長できたし、それが今につながっているというのもうれしかったことですね。
‖ 世界の舞台に立って分かったこと
ーー逆に一番悔しかった出来事は? 今、選考会で3回連続で落ちた話をしてくれましたが。
間違いなくそれですね。もう思い出したくないレベルで悔しかったです。でも、今思えば中途半端な気持ちでスケートをやっていたことを、ジャッジの方たちに見破られていたように感じます。ただ、こうした経験をしたことで、自分を冷静に分析できるようになったし、周りの選手を見極める力というものがついたように思います。例えば、生意気かもしれないですが、選考会に来ているジュニアの選手を見て、「この子はいけるな」とか、「この子はちょっとまだ無理かな」というのが見極められるようになりました。スケートに対してどのくらいの気持ちで練習して、どのくらいのレベルでやればどれだけ通用するか。その落ち続けた3年間で冷静に分析できる力がつきましたね。
ーー具体的にどういった部分を見て分かるのですか?
具体的に、と言うと説明しづらいのですが、世界の舞台に立つ選手というのは他の選手とは練習の姿勢や、スケートに対する気持ちというのが違うんですね。技術とかではなく、目標を設定して、そこに向けてやるという気持ちが人一倍強い選手はやはり強い。そうした目標があるから、なんとなく練習することもないし、何をやればいいのか、何が大切なのか、何が自分に必要なのか、というのを常に心掛けて練習している。それを分かっている選手というのが成長できる選手だと自分なりには思います。
ーー友野選手が選考会で選ばれなかったのは、やはりそういう気持ちが……。
なかったんです。向上心というのがまだまだ足りなかったんだと思います。
ーーその向上心を持てるようになったなったきっかけは?
トリプルアクセルを下りることができたときですね。ジュニア4年目の夏ごろだったと思います。ちょうど町田樹さんが臨海スポーツセンター(大阪)で練習していたときで、初めて下りたのが町田さんの目の前でした。それを鮮明に覚えています。トリプルアクセルを下りてすごく自信がついたというのがあり、大技を習得してまだ頑張れるかなというふうに思いました。
ーーそれが先ほどお話されていたJGPシリーズの初参戦、世界ジュニアの出場につながったのですね。
そうですね。でもそのシーズンは失敗に失敗を重ねて初JGPシリーズは惨敗に終わりました(リガ杯に出場。合計147.93点の13位)。その後、世界ジュニアにも出て、そこで初めて自分がなぜだめだったのかが分かったんです。僕は世界大会というのを知らなかったので、山本選手や当時(14−15シーズンまで)ジュニアで活躍していた宇野昌磨選手(トヨタ自動車)がなぜ強いのかが分からなかった。彼らはすでに世界大会というものを経験していて、世界を相手にスケートをやっていたから強い、高い目標を持っていたからこそ国内では圧倒的な強さがあったんだと。それまで僕は国内で頑張ろうと思っていたので、世界を目標にして練習すれば、彼らのようにうまくなれるのではないかと感じられたのが、成長できた理由かなと思います。
ーー目線がそもそも違ったと?
違いました。彼らは全然違うステージに立っていた。世界大会に出てそれを感じたんです。今回の世界選手権もそうですし、出たことによってまた世界のトップで戦っている選手たちの目線や気持ちというものが分かりました。これを経験することによって自分が成長できるというのは分かっていたので、また良い経験ができたと思っています。
‖ ゴールは決めたくない、常に成長できる
ーー同年代で強い選手も多くいますが、意識している選手はいますか?
本当にたくさんいます。それこそ本当に今まで日本スケート界を引っ張ってきた先輩方はすべてにおいて尊敬していますし、まだまだ僕は全然及ばないと思っています。それで今一緒に週末だけ中京大で練習しているのですが、一番意識しているのは田中刑事選手(倉敷芸術科学大)です。これまでは雲の上の存在だったんですけど、少しずつ近づいていけているという実感もありますし、来季も必ず世界選手権の一枠を争うことになると思います。本当に尊敬できる先輩でもありますし、普段からとてもお世話になっていて、大好きな先輩の一人でもあるんですけど、スケートに関しては田中選手に勝ちたいという気持ちが出てきましたし、練習でもすごく意識はしますね。
ーーその来季についてですが、プログラムはどうするか決めていますか?
話し合ってはいるんですけど、ルール変更のこともありますし、全然確定はしていないです。
ーー4月のプリンスアイスワールドではエキシビションで新プログラムとなるペンタトニックスの『Daft Punk(ダフトパンク)』を披露しましたが、その曲を選んだ意図やコンセプトを教えてください。
自分が好きで昔から聞いていた曲だったので、これを振り付けする佐藤操先生に「やりたい」と言いました。普段はけっこう却下と言われるんですけど、今回はすごく乗り気で(笑)。僕の選曲が良かったのかもしれないです。
ーー来季に向けて、このオフに挑戦したいことはありますか?
新しく4回転トウループは習得したいです。ほかのジャンプも挑戦していきたい気持ちはあるんですけど、まず現実的なのはトウループかなと思います。あとはスケーティングスキルの向上が大切だと考えています。やはりそこが足りないので、その底上げですね。
ーー来季のプログラムには4回転トウループを?
入れたいです。そうでなければ戦っていけないので。本数もフリーではサルコウ2本、トウループ2本を入れられたら理想ですが、現実的にはサルコウ2本とトウループ1本かなと思っています。もちろん決めつけるのも良くないので、可能な限りは挑戦していきます。とはいえ4回転だけではなく、一つ一つのジャンプのクオリティーも上げていきたいですし、ケガのリスクはあるので、体に負担をかけ過ぎずやっていきたいと思います。今回の世界選手権で、技術点に関してはサルコウ2本でもそれだけの演技をすればけっこう点数がついてきたので、挑戦するだけではなく確率の高さも重視したいですね。
ーー22年の北京五輪に向けてまた新たな4年が始まります。
夢だった五輪が本当の目標となりました。これまではあやふやだったのですが、今は絶対にいけると思っていますし、具体的な目標として北京五輪を設定しています。それができるくらい五輪の存在が大きくなりました。 ーー最後の質問です。競技者としてのゴールはどこに置いていますか?
ゴールはないと思っています。常に成長できる部分もあると思いますし、4回転が全種類跳べたからと言って、5回転もあります。引退したらその先は分からないですし、今は一つの目標として五輪を目指していますが、現役を続けている限り、ゴールは決めたくないと思っています。理想にしているのは、人としてもスケーターとしても人に勇気や元気を与えて、尊敬されるような選手になりたいというのが一番です。技術的な面や競技者としては、自分の限界を決めずに、結果が出てもより上を目指して、向上心を持ってやっていけるような選手になりたいと思っています。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)
転載終わり
一希くんは2015-2016シーズンから注目していて、ジュニアの中では一番上手な選手でした!でも世界ジュニアではなかなか成績を残せず悔しい思いをしていたのも確かなこと。世界で戦うためにはやはり世界で経験を積む必要があると一希くんからの口から聞けたのは有難いですね。
新シーズンのショートの振付をされるそうですね!
前にも書きましたが、若手選手にもっと国際大会の舞台を経験させてあげてほしいのです。例えば平昌五輪前の四大陸選手権では、五輪後の世界選手権に派遣予定の結弦さん、田中刑事さん、宇野昌磨くんを除く、無良さんと一希くんを第1候補にしてほしかったなと思っていました。昌磨くんはシニアとして十分に実績があるので、四大陸に出場しなくてもオリンピックできちんと結果を出せると思っていましたからね。で、あと1人が刑事さんか村上大介さんということになりますが、刑事さんについては実績という面で少し弱い印象なので、四大陸で良い成績を収めオリンピックで良い演技ならばPCSが少しでも上がると思われますし、実際4位という結果を残しました。一希くんが四大陸に派遣されていたとして良い結果を残すことができたかは分かりませんが、何事も経験して得ることの方が今後の成長に繋がると思います。
先の世界選手権では結弦さんの欠場が発表され、補欠の一番手だった無良さんが派遣されるはずでしたが引退され、一希くんが急遽出場することになりましたね。
「ショートを通過すればGPシリーズの1大会に出場する権利をもらえる」という思いでショートに臨んだ一希くん。
1大会どころかご自身で2大会に出場できるシード権を獲得しましたよ!
そのうち山本草太くんや須本光希くんもシニアに上がるでしょうし、スケート連盟はしっかり選手を育ててほしいですね。
こちらは4月26日発表の平成30年度の強化選手です。
島田高志郎くんは怪我で成績を残せなかったからお名前がありませんが、ここから正式決定まで変わることも多いので何とか選ばれると良いですね。
女子は何だか迷走しているように感じます。
こちらは2013年に結弦さんが世界ランキングでトップになられた時の一覧です。
トップはグランプリファイナルと世界選手権を制したネイサンくんに、2番手は昌磨くんになります。
それぞれの選手の新たなシーズンでの活躍を期待しています。
それでは、おやすみなさい










