捨てなきゃいけないのは母かもしれない 

 

私は母が大好きだし愛していると思っている

母は気がつけばいつもいつも正解を私にくれていた

母の思考能力に任せておけば何も問題なかった 母の考えはいつも私を深く感動させたし、納得させた

母はカッコ良かった 特別に見えた 選ばれた人間に見えた 

それと同時に、私の思考や感性の浅はかさを痛烈に感じさせた 私がいかに凡人であるか いかに選ばれない人間なのかを意識の根底の中に植え付けた

特別になりたい 選ばれた人間になりたい 頭が良くなりたい 素晴らしい感性を持ちたい

そうでないと

母親に馬鹿にされてしまう 母親に愛されない 母親に尊敬してもらえない

そんなことになったら私は生きていけない

だって母親は素晴らしい人間だから 美しくて賢くて面白くて優しくて強い

そんな人間に弾かれたら私なんてなんの価値もないガラクタになってしまう

きっと私はこう思っていたし、思っているのだと思う

ずっとずっと自分の思いや好みを母親に言うのが怖かった 母親の価値観に一致しないことが恐ろしかった 

私は私を否定することで抑圧し続けたのだ

私は母が好きなのだろうか

美しくて賢くて面白くて優しくて強いから好きって、好きなの?

それが無くなったら好きじゃなくなるって好きなの?

私は母が好きだった ものすごく汚い理由で

母は私の代わりに考えてくれる 強い頭で強い正解を導き出してくれる

私は母を盲信し、母はそれに応える 

私の言動は全て母親のコピペでしかない それが私を苦しめている

自分が何が好きなのか 何を望むのか 何を大切にしているのか 何を心地よいと思うのか

全て母親というフィルターを通して見ていたから何も確信を持てない 母親に認められたい馬鹿にされたくないという自分が選んだものでしかないからハリボテに見える 空虚だ

一人暮らしの家の本棚にある本の8割は母親が送ってきたもの

車のCDの8割も母親が送ってきたもの

家具も家具の配置だって

食べ物の好みだって

私は自分を知りたい 最近すごく思う 自分から創造したい それはキラキラでふわふわなんだと思う

そのためには母親を捨てなければいけないのかもしれない

安全で暗い場所から自分を突き放さなければいけないのかもしれない

自分を獲得した先に生きる喜びが待っている気がする

ハリボテを抜け出して、生身の身体で世界と触れたい