頭の中で日々考えていることや、独り言を隠さずに声に出してつぶやこうというコンセプトで始めたこのブログですが、気付けば長らくご無沙汰しておりました。理由は数々ございます。
言葉にすることが恐ろしいほどネガティブな思考回路に陥った時期もあれば、自分が何を考えているのかすらよく分からないほど混乱したしたこともあった(今も多々ある)。また、仕事だったり家族のことだったり、情報漏洩になったら困るからという理由で差し控えていることもあった。
まぁ一番メインな理由は、単純にネットが繋がらない環境にあったということと、プライベートの充実に伴いボーっと考え事をしたり、PCに向き合う暇な時間が減ったというだけの話なのですが(笑)
そんなことはさておき、年の瀬ということで、今日は近況報告も兼ねてこの一年であったことを少し振り返ろうと思います。
■ 引越し
2回の引越しを終えて、また笹塚に戻ってきました。
家を建替えるため、6月から12月までは駒場の仮住まいで暮らしていました。駒場は都心なのに自然が豊かで、ゆったりと平和な印象で、個人的にはとても気に入っていました。ハロウィンやクリスマスは、お家を飾り立てたり凝ったイルミネーションを施す家が多く、私にとって平日は毎日寝に帰るだけの我が家ですが、その帰り道はかわいい飾りを見ては楽しい気持ちに浸り、癒されるのでした。渋谷からも徒歩圏内だし仮じゃなくても本住まいでも良いと思ったほど。駒場東大前、素敵な場所です。
今は笹塚に戻って3週間が経とうとしています。笹塚は笹塚でその利便性に敵うところはなく、会社までドアtoドアで25分以内と本当に恵まれています。お家は以前の築50年の和風ボロ家から、欧米風の新築に様変わりしました。目指すは物語で見るような、暖かくアットホームなお家です。
■ 仕事
かなり遅ればせながらのご報告ですが、4月に異動し、営業から、お仕事を個人のお客様にご紹介するキャリアコーディネーター(CO)に変わりました。一見かっこいい響きですが、日々ひたすら電話です。
入社1年にして職種を超えての異動となったのはレアケースで、正直なところ当時は全くプラスに受け止めることができなかった。
営業がいいとかCOが嫌とかそういうことじゃなくて、あまりに営業として何も出来るようにならぬまま異動になったこと、また、新人には珍しく非常に大手のお客様を担当させてもらいながら、その部署を一年足らずで去ることになったのは、明らかに私が思うように成果を上げられず、また続けても上げられるようになる見込みが無く、その前に私自身が潰れてしまいそうだと会社に判断されたのであろうこと、それが屈辱であり、悲しかった。当時の私は、究極の考え方しかできない状態にあり、その環境で自分の何かが変わり、成長してしっかりと成果を上げたりできるようにならないのであれば、どの部署にいっても、どこの会社にいっても、どうやって生きていくにせよ私は一生何も成し遂げられるようにならず、ずっとダメなままだと思っていた。そうやって自分を追い込んでいたことにより、異動の内示はかなり私にダメージを与えたが、まぁそうやって追い込まれている状態にあったので、続けていたら本当に潰れていたと思う。危機一髪だったかもしれない。
今でも営業、とりわけ私がいた部署や周りにいた先輩など、周囲の環境には全てが凝縮されており、あそこでしっかりできるようになっていれば、他に怖いものは無かっただろうと思うことはあるが、そんな極みの環境でなくても全ては自分次第だと今は思えるようになるに至った。
営業とCOとどちらの方が良いかとか、どちらが大変かといった類の質問をよく受ける。既に両方経験している同期は今は私一人なので当然とも言える質問ではあるが、答えに迷う。
共に数字を追いかける仕事であること、また、法人・個人の違いはあれど、お客様と接点を少しでも多く持ち、関係性を気付いていくことが重要という点において大差はない。日々ビハインドした数字はリカバリープランを立てたり、PDCAをまわして次に繋げていくべき(だがそれを実際に行うのが非常に難しい)という点においても全く同じだ。コミュニケーション能力であったり、調整能力であったり、本質的に求められてくる能力もさして変わりは無いと思う。
一方で、当然のことながら違いも多く存在する。
あくまで人材派遣業における営業とCOの話だが、自分の力ではどうすることもできないトラブルに、より多く見舞われるという点においては営業の方が圧倒的にストレスフルだと思う。法人と個人の間に常に立ち、双方から不条理なことを言われたり、板ばさみに合ったりするのは、商材がモノではなく人であるがゆえ致し方のないことかもしれないが、非常に辛いものである。また、景況感や担当企業にもよるところはあるが、営業はどこから数字をとってくるのか日々頭を悩まされる。さらに、やっととれたオーダーに対して人がいなくて結局人選できず、お客様の期待に応えられないということも多々ある。そういう意味では日々ストレスをより多く抱え込みやすいのは営業だと思う。
他方で、営業時代には思っても見なかったような大変さがCOにもある。まず、圧倒的にこなさなくてはならない業務ボリュームが大きく、目が回りそうなスピード感で物事が進む。会社にいる間は常に全速力で走り続けているようなイメージで、息をつく暇も無い。営業は日中電車の中でたとえ5分であっても眠ったり、アポとアポの間に中途半端な時間が余れば時にはカフェに入ったりすることもできる。体力や体調が厳しいときにはうまいこと直行できるようアポを入れるなど、自分の力量である程度調整ができる。それがCO業務はそうはいかない。良くも悪くも目の前の業務に没頭して、人選期日に間に合うように仕事をさばかなくてはならない。そういう意味ではスピード感が決して速いほうではなく、妥協が嫌いで物事に優先順位をつけるのが下手くそで、また、座りっぱなしが苦手な私にとって、決して楽な仕事ではない。
営業もCOも仕事の楽しさや喜びに関しては特に変わらないと思っている。受注に至ったとき、お客様の役に立ったと感じたときはやっぱり嬉しいものである。
さて、そんなCOに着任したのは4月でしたが、10月の組織替えでまた所属チームが変わり、体制や自分の担当領域にも変化がありました。
10月からの新しいチームでは、英語を使用する案件専門のコーディネーターとしてお仕事をさせてもらっています。英語を使ったお仕事という括りで選任COをつけるのは初めての試みで、他の数種の専門領域を持つ先輩COの方々と、毎日四苦八苦しながらも楽しくお仕事をさせていただいています。
実はここで自分の中で最近考え方、捉え方が少し変わったなと思っていることが一つあります。価値観とでも呼ぶべきものでしょうか。
これまで私は自分ができないこと・苦手なことを克服することを何よりも重要視してきたように思います。反対に、得意とすることを活かしたり、そこに重きを置いていくことは、何となく易きに流されている気がしてあまり好まなかったし、いけないことのように感じる時すらあった。それが、今はそうは感じなくなった。
社会人になってからというもの、あまりにもできないことが目の前に沢山ありすぎて、そこにばかり目を向けていたので正直毎日かなり辛かった。たぶん小さなことでは成長していることもあったであろうに、自分のできないことにばかり目を向けてしまうがあまり、そういった小さなことに目を向けることもできず、ただただ毎日できないできない、何で私はこんなにできないんだろってずっと自分を苦しめていた。そんな状態があまりに長く続きすぎたためか、周囲の人々の影響もあってか、捉え方が最近少し変わってきた。今は少しでも人よりもできることがあること、また、それを活かすような体制を上司が考えて下さっていることは本当に有難いことだと思っているし、少しでも自分に貢献できることがあるのであれば、それほど嬉しいことはないと思っている。もちろんできないことを克服していくことも今後も重要視していきたいが、強みを活かしたり、あるいは少しでも自分の成長している部分があるのであれば、そこにも目を向けて、たまには自分を褒めていくことも心折れないためには重要だなぁと思っていたりします(笑)
本当に今、貴重な体験を沢山させてもらっていると思う。
突然英語の電話が転送されてきたり、翻訳や英文レジュメ作成を頼まれたり、電話で英語インタビューを行ってスタッフさんの英語力を見たり、なぜか営業でもないのに北京にいるアメリカ人のお客さんと電話会議を行ったり、その他諸々あちこちから色んな依頼が飛んでくる。仕事が増えて自分の本来の業務を圧迫しているという問題点もあるものの、よくよく考えてみれば、そんな体験をさせてもらえることが自分の糧にもなっているし、それで少しでも周りに貢献できるのであれば、非常に嬉しい。語学屋さんにはなりたくないという頑なな気持ちは以前と変わらず今もあるものの、手段として英語を使用できるようにはなりたい。まさか、この会社でそんな風に感じるようになるとは思ってもみなかったし、ここにきて英語力を鍛えなくてはと思うようになるとも思ってもみなかった。
話がかなり脱線したこともあり、近況報告の要素が引越しと仕事だけというなんともかわいそうな子の事態になってしまった(笑)もう項目立てて書いていくのは面倒臭いので、ここからはやっつけで形式にこだわらずに1年を振り返ろうかな(笑)
この1年の最初の3ヶ月は間違いなく私の今までの人生の中の最もどん底の時期だった。1月はネガティブ極まりなくなり自分が大嫌いになり、2月は残る力を振り絞って朝6時前から夜23時まで働くというアホな生活を毎日送り、3月はその反動で撃沈し、身も心も悲鳴をあげた。いやぁ、思い出したくもないわ(笑)
そこから立ち直れたのは本当に奇跡だとすら思えてくる。環境が変わったこと、支えてくれた人々がいたこと、色んな要素があって、どうにか4月からまた這い上がって楽しく過ごすことができるようになりました。感謝感謝です。
同期ガールズで韓国に土日で弾丸旅行に行ったり、同期でキャンプ行ったり、ビーチバレーしたり、鬼怒川や新潟行ったり、ウズベキスタン行ったり、川遊びしたり、アスレチックパークで大はしゃぎしたり、体操部5人で念願の軽井沢旅行に行ったり・・・色々充実していました。週末を楽しむ余裕ができて良かった!
この一年は私にとって「幸せ」を意識する一年でした。もちろん楽しい瞬間も沢山あったんだけど、どうも「楽しい」という言葉より「幸せ」の方が近しい気がする。
体操部の5人での軽井沢の旅行とかその最たる例で。爆笑したり踊ったり、勿論めちゃくちゃ楽しいんだけど、こんなに仲の良い仲間がいて、こんな時間が過ごせて、あぁ私幸せだなって、じわじわと心に染み渡るものがありました。
そんなことを意識するようになったのは、年をとった証拠でしょうか。
最後の2ヶ月での出来事も起因しているかもしれない。
11月に家族が救急入院し、もう長くないという心積もりをせざるを得なくなった。珍しく会社も何度か早退させてもらい、医師からの説明にも立ち会ったりした。幸いなことに一時期の弱りからは今は少し回復し、無事年を越せそうだ。まだまだ闘病生活は続くが、あの気概と元々の強靭な体力でまた回復して退院して、新しいお家でまた一緒に暮らせるという希望も見えてきた。
そんなことがあったからか、今は今のなんてことのない生活が幸せだなと感じている。11月に甥っ子が誕生したのも嬉しいトピックスだった。
やっつけで全く脈絡が無くなってしまったが、2010年も終わり。
来年はもう少しまめにブログ更新頑張りましょっか
ではでは、皆様良いお年を~☆