朝起きて ふと思ったのが

 

車いすだからって冷蔵庫に近づけないのはおかしい。

 

以前の会社が

冷蔵庫の前に大きな段差があり

手足の動く人でも注意しなければいけなかったってこと

 

車いすを使っている人は

「冷たい物飲まないし不便を感じません」

って言ってたけど。。

 

よくよく考えると『ない』事が前提なんだよね

 

例えば駅の改札近くにエスカレーターがない

とか

例えば誰でもトイレがそれぞれの駅にない

とか

バスの乗り降り 電車の乗り降りが決まった場所でしかできない

とかとか

多分他にもいっぱい

 

元々『ない』んだ

って受け止めてるから

「ないものねだりはしない」って自然とそうなってて

 

でもそれはおかしいと私は思う

 

一般にできる事が設備がないためにできない

っていうのは

『本人ができないから』 とは関係なくて

 

だからあの時違和感を覚えたんだと思う

 

車いすの人達は生まれた時からそれが当たり前だから

 

暑い時に冷たい物飲むのは当たり前 な暮らしの一般人と違い

 

生まれた時から遠回りしてるから改札がなかろうと

エレベーターがなかろうと

 

バスや電車の乗り降りで手を貸してもらっただけで

人のつながりを感じて

 

でも 違うと思うよ

当たり前の事

 

信号無視しないのも

自動販売機で手を伸ばしてボタン押すのも

 

動く人が大多数だからって

動けない人に合わせた設備を作らないのは

違うと思うよ

 

だから 途中から動けなくなった人が

挫けるんじゃないのかな

 

朝起きて ふと 思った