ありのままの自分を受け入れてもらうには、人のありのままを受け入れようという記事の続きです
私にはわだかまりがある人がたくさんいる
過去にも現在進行形にも、どうしても受け入れられない人たちがたくさんいる
考えてもどうしようもないことはわかっているのに、わざわざ思い出しては悔しい気持ちになったり、怒り狂ったり、落ち込んだりと無駄な時間を費やしております
そんな人たちのありのままを受け入れることを決心しました
さてどうやって受け入れるか?と考えたとき、一番わだかまりが強かった父親を受け入れようと、地獄の猛特訓のように努力をした時のことを思い出しました
何年も何年もかかったなぁ
感情を一切捨てて、無になって事実だけを受け入れる
負の感情が出てこなくなるまで、何度も何度も繰り返した
だから練習は完璧なはず
瞑想をしながら一人ずつ顔を思い浮かべながら
ありのままを受け入れる、、、
ありのままを受け入れる、、、
と念仏のように唱えながら、その人の悪いところも良いところもただ単に事実として受け入れる
感情を入れずにひたすらインプットする、という感じでやった
とにかく「なんで?」って質問は一切しない
人数が多すぎて、ありのまま、、、っていうのが長くて言いづらくなり、アクセプト、アクセプトと唱えるように
2日目になって同じくアクセプト、、、とやっていたら、一瞬心が軽くなった
そしてどの人の顔を浮かべても、負の感情がわかなくなったんです!
はやっ!
たった二日でできちゃった\(^o^)/
でもそれって頭の中だけでのことなんじゃないの?って一人で突っ込みを入れたけど、よく考えたら他人は自分が思うように変わるわけじゃないのだから、すべては自分の考え方次第だよね
受け入れるかどうかは自分の決断
受け入れようと思えば簡単に受け入れられたのでした
ありのままの自分を受け入れて欲しかったら、まずは人のありのままを受け入れようと思ったのがきっかけだったのですが、受け入れられるようになったらちょっと考え方が変わった
ありのままの自分を受け入れてもらうのって、そんなに重要なのかな?
自分らしく生きれないのは、ありのままの自分を受け入れてもらえないからっていう言い訳があったような気がする
受け入れるか受け入れないかはその人の判断で、お願いして受け入れてもらうわけではないですよね
それに愛情をもって他人のありのままを受け入れられる奇特な人って、ごくごく稀だと思う
私のようにかなり努力をし、無機質に淡々と感情なしに情報として受け入れるか、あるいはあまり人に関心がない人だったら『あー、そうなんだ』という感じで受け入れられるんだと思う
そこまでしてもらってまで、ねぇ?
自分が受け入れてもらえるかどうかよりも、人のありのままを受け入れることで生まれる心の平穏の方が価値が大きい事に気づいた
ということで『理想の結婚相手の概念を変えれば出会えます』って占い師さんから言われたのですが、大分変ったと思うよ!
ということは出会えるのかしら?
出会いはどうだかわからないけど、また一つ必要のない呪縛を捨てることが出来て、そして心の平穏が保つことが出来たので、この占い師さんにはそれだけで感謝しています